Credit: canva, ナゾロジー編集部

XとY、性染色体同士の血塗られた歴史があったようです。

人間の性別はX染色体を運ぶX精子が受精すれば女性が生まれ、Y染色体を運ぶY精子が受精すれば男性が生まれます。

しかし今から約5万年前、突如として出現した「変異X染色体」はY染色体をもつ精子を殺し、女性だけしか生まれないように誘導していた可能性が、デンマーク・オーフス大学(Aarhus University)による2022年の研究で示されたのです。

変異X染色体はかつて、人類集団の中での「女性」の勢力拡大を狙ったのかもしれません。

ですが、もしそうであるならば、人類はいかにして絶滅の危機を乗り切ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年3月8日付で科学雑誌『Cell Genomics』に掲載されています。

目次

X染色体とY染色体の血塗られた歴史5万年前に人類のX染色体は塗り替えられてしまった染色体たちの「忘れられた世界大戦」

X染色体とY染色体の血塗られた歴史

あまり知られていない事実ですが、私たち人類の「X染色体」と「Y染色体」は長年にわたり、殺し合いをしてきました。

ヒトの性別はX染色体が2つで女性(XX)、X染色体とY染色体が1つずつで男性(XY)になり、男女比が等しい場合、X染色体とY染色体の勢力比は3:1となります。

人類にとって、このX・Y比率は男女比が等しくなるため、大変都合がいいものとなっています。

しかし生物の遺伝子には、自らのコピーを少しでも多くしようとする「利己的」な性質があり、ときには競合者の直接的な排除や殺害という露骨な手段が取られます。

近年の研究では、驚くべきことに、この暴力的な利己性がX染色体とY染色体の間にも存在することがわかってきました。


X染色体とY染色体の血塗られた歴史/ Credit: canva, ナゾロジー編集部

人類をはじめXY染色体の組み合わせで性別を決めている生物にとっては、XYどちらの染色体も種を維持するために必要不可欠な存在です。

(※ 大部分の哺乳類やニジマスなどの一部の魚、チョウ、ハエなど一部の昆虫もXY染色体で性別を決めています)

しかしX染色体にとっては、Y染色体が存在しない方が自らの勢力比を高くすることができ、Y染色体にとってもX染色体の比率が低ければ低いほど、自らの勢力を拡大することができます。

積み重ねられた遺伝的な解析は、X染色体とY染色体が長い長い歴史の中で、相手を殺す攻撃方法と自分の身を守る防御方法の両方を競い合うように進化させてきたことを示しています。

X染色体とY染色体の戦いの「完全決着」は種の絶滅を意味しますが、利己性の塊のような遺伝子たちにとって、そんなことはどうでもいいようです。

このような暴力的な染色体同士の抗争が人類の進化の過程でも起きていたのか、また起きていたのなら今の私たちの遺伝子にどのような影響を与えたのでしょうか?

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5万年前に人類のX染色体は塗り替えられてしまった

人類のX染色体とY染色体の間にも凄惨な殺し合いが起きていたのか?

その謎を解明するため、研究者たちは2022年に世界各地の男性から162種類のX染色体を採取し分析を行うことにしました。

もし人類のX染色体とY染色体も進化の過程で殺し合いをしてきたのならば、DNA配列になんらかの「戦いの痕跡」が残っている可能性があるからです。

結果、アフリカ人以外の人類のX染色体の19個所において、極めて共通性の高い(配列パターンが似ている)領域があることが判明。

最も共通性が高い領域はアフリカ人以外の人類の91%に存在することがわかりました。

この結果は、現在に生きるアフリカ人以外の人類のX染色体は過去のある時点でほぼ「一色」に塗り替えられてしまっていたことを示します。


5万年前に人類のX染色体は塗り替えられてしまった/ Credit:L. Skov et al . Extraordinary selection on the human X chromosome associated with archaic admixture (2022) . bioRxiv

そこで研究者たちはDNAの配列パターンから、塗り替えイベントが起きた時期と発生地点の算出を試みました。

すると人類のX染色体の塗り替えイベントは、今からおよそ4万5000年~5万5000年前の東アジアを震源地としていることが支持されたのです。

これらの結果は、今から5万年ほど前に東アジアで出現した変異X染色体が、それまで存在した人類の多様なX染色体を駆逐して、アフリカ人以外の人類に急速に拡大したことを示します。

実際、塗り替えイベントの痕跡がある共通性の高い部分では、現在のアフリカ人以外の人類が持っているはずのネアンデルタール人の遺伝子がほとんど存在しませんでした。

人類は今から25万年ほど前にネアンデルタール人と混血し、X染色体にもネアンデルタール人の遺伝子が多くちりばめられています。

ところが5万年前に起きた変異X染色体の塗り替えイベントは、古代から継承されたネアンデルタール人由来の遺伝子のいくつかを上書きしてしまったのです。

しかしそうなると気になるのが、その方法です。