〈このマンガがすごい!2025オンナ編1位〉よしながふみが16年寝かせた『環と周』を連載する際に変えたもの「男女における『わかりやすいすれ違い』は、もう描かなくていい」

「若い世代の力になりたい」という気持ち

——第3話の「アパートの近所に住む独身女性・環と少年・周」の話は、昭和のホームドラマのようでした。

この話は、30代半ばで独身かつ不治の病にかかった主人公・環が、近所に住む少年・周と出会って、彼のお世話をすることで充実した時間を過ごす物語です。70年代末ぐらいの設定で、向田邦子さんや山田太一さんのような世界観にしようと思っていました。

このエピソードも、想定よりもだいぶ話の方向性を変えました。

——どのように変えたのですか?

担当編集さんをはじめ、自分の周りの人たちが50歳に近くなったぐらいで「若い世代の力になりたいと思うようになった」と話されることが多くなったので、それを反映させたくなりました。

環は、周のお母さんから「どうして私たちに優しくしてくださるの?」と聞かれますが、それは環の中にある「若い世代の人たちを助けることができたらとてもうれしい」という気持ちゆえなんです。

年齢を重ねると、人には親心みたいなものが生まれると思うんです。子どもの有無に関係なく、男性にも、独身の人にも芽生える感情。漠然とこういう気持ちを持っている人は多いように思います。

若い人に「何か伝えたい」という気持ちが空回りすると、説教になってしまうのかもしれないですが……。

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人生は何度でもリトライできる

——時系列だと最初にあたる江戸時代のエピソード(第5話)では、環と周の関係は男女の悲恋のように見えました。よしながさんは、かつて「恋愛部分をフォーカスして描くことに食指があまり動かなかった」と話されていましたが、心境の変化があったのですか?

いえ、実はあんまり変わっていないんですよ(笑)。今も男女の恋愛以外の形で人の絆を描きたいという気持ちが強いです。このエピソードは、環が「周のことをすごく愛しているものの、周と結ばれることを最終目的としていない」というのがポイントでして。恋というか……愛?

私は「愛とは、たとえ自分と離れた場所にいても相手の幸せを祈る」ことなのではないかと思っています。恋とは少し違う。だから、環は自分以外の誰かと結ばれたほうが「周が幸せになる」と思えば、周に対する恋が破れても、そこまで悲しくない。

話を戻すと、この物語は、環がその最終目標に向かって人生をリトライし続ける話とも言えます。

——「結婚=ハッピーエンド」ではなくて、その先に別れがあるかもしれないし、さらにその先で恋愛してもいいという可能性を感じます。

私自身、結婚制度に懐疑的なわけではないですが、結婚がベストだとも思っていません。一応、時系列で最後となる現代のエピソード(第1話)は夫婦という形を取っていますが、あの2人は決してドラマチックな関係ではないんですよね。

——結婚したり、親友だったり、ベストな関係はさまざま。以前よしながさんは「結婚してうまくいかなかったと思ったときに、そこから逃げ出せるぐらいに誰もが経済力をつけられる世の中になるといい」と話されていたのを思い出しました。

ですね。私が子どものときは、まだ今ほど一生働き続ける女性が少なかったので、幼少期の自分は将来を悲観していた部分がありました。人生で再挑戦のチャンスがなくなるとつらいので……。でも、今はそうではなくなりつつあるように感じます。

結婚に限らず、人生は何度でもリトライできる。常にそういう状態でいられるようにしておきたいんです。その気持ちが漫画に出ているのかもしれません。

※本記事は2023年10月23日に公開した内容に加筆・修正して、新たに公開したものです。