値段の書いていない割烹での衝撃体験!? 京都『割烹 市川』にて

 「京都のカウンター割烹に1人で行く」。これほど緊張するミッションがあるだろうか。旅先で気ままに…なら良いのだが、雑誌・あまから手帖の和食特集に際して、どうしても1人で(素性を明かさずに)伺う必要があった。そんな私が帰る時に心底驚いた理由とは。

割烹の品書きってどうしてどこも達筆なのだろう

 いわゆる〝御所南〟…最近イイ店が増えていると噂のアツいエリアである。駅で言うと烏丸御池と丸太町の間ぐらい。静かな通りに『市川』は暖簾を掲げる。

 予約をして1人で伺うと、「カウンターの真ん中と端が空いてます」とのこと。よく考えずに真ん中を選んだが、大将・市川達也さんの真ん前だった。左右にはお弟子さん2人。「大将の前を陣取るって、一見客がやっちゃいけないマナーでは…」と正解が分からない。でも市川さんはにこやかな笑顔で「よろしくお願いします!」と迎えてくれた。

 市川さんは〝割烹の店主〟という肩書からは想像できない、イタリアンのシェフのような軽やかな佇まい(圧を感じないという意味です!)。

突き出しは、きのこの椀と、

棒寿司や枝豆の盛り合わせ

 品書きを見ると、うわ~値段が書いていない!どうしようどうしよう。以前、値段が書いていない割烹で、驚くほど高額だったことがあるので、そのトラウマが邪魔して好きな物を注文できない。

 とりあえず、「らっきょポテサラ」「京都海老芋からあげ」「京地どり塩焼き」と高級食材を避けているのがバレバレなオーダーをしてしまった。恥ずかしい。でもここは締めに蕎麦がある珍しい割烹なので、最後に腹を空けておかなければ。

 左は東京からの常連客、右は昔ながらの地元客。すっぽんが名物らしく、グツグツ煮え立った鍋が両隣に運ばれる。巨大な松茸を手にした市川さんが「天ぷらよりフライが良いんですよ」と話すのを聞いて、隣客はすかさず注文。私もそれ下さい、と声を上げてみた。誰かの注文にのっかって頼めるのが割烹の醍醐味かもしれない。

海苔にのせていただくらっきょポテサラ、

しばらく楽しめました

 なんと市川さん、全部1人前ポーションで出して下さった。割烹では当たり前なのかもしれないが、締めの蕎麦が入るようにという配慮もあったのだと思う。「洗い物は変わらないのに申し訳ないなあ」と心の中で謝ってしまう。

 しかし市川さんもお弟子さんも、客あしらいのうまいこと…!私は特にコミュ障というわけではないが、店主と話すのがそんなに得意ではない(こんな仕事しているのに)。

 この日もオドオドしながら隣客の会話なんかを伺っていたのだが、市川さんは分け隔てなくカウンター客に話題を采配しつつ、場を離れる時はお弟子さんが会話を継いで、戻ってきた市川さんがまた話を続けて…とリレーが実に巧みだ。「お客さんが手持ち無沙汰になる時間」を作らない、その気遣いに長けているのだと感じた。

 海老芋の唐揚げはサクッと歯を入れると中はねっとり。「僕の地元に近い泉州産が良いんですよ」。松茸は高価なものは仕入れず、手の届く値段にできるよう「国産でも安価で美味しい岩手産が出たら買い占めます(笑)」。仕入れの工夫も教えてくれた。

地鶏なのに固くなく、ジューシー。

皮もパリッと。

 締めの蕎麦は毎朝打つという。みずみずしく喉ごしと香りの良い二八、「蕎麦専門店出した方が良いですよ」と無責任にアドバイスしたくなるほど本格的だった。

フライのソースも自家製だそうで、

タマネギやリンゴなど野菜の甘みが凝縮。

 お酒も逃げ腰で、1杯だけで我慢しておいた。そんなこの日の会計、2万とか言われたらどうしよう…松茸も食べたし、けっこうお腹いっぱいだし。とドキドキしていたら、「7800円です」。金額を二度見したほどだ。

ざるそば800円。

街の蕎麦屋さん価格ですね!

 ちょっと良い居酒屋並みの会計だった私に、市川さんは「また来てくださいね!」とお見送り。そんなこんなで、あまから手帖12月号「和食が食べたい」では、『割烹 市川』さんのすっぽん鍋や鴨つけ蕎麦などを紹介しています。今度は、ちゃんと名物をいただきに行こう。親を連れて来よう、と心に誓ったのである。いいムスメ。

『割烹 市川』

住所/京都府中京区 夷町572-1

※こちらの記事は、関西の食雑誌「あまから手帖」がお届けしています。

あまから手帖=https://www.amakaratecho.jp/amakaratecho/