第58回:ゴールデン・グローブ賞 主要部門含む4部門ノミネート! 舞台ミュージカルを超えた 映画『ウィキッド ふたりの魔女』

第82回ゴールでン・グローブ賞が発表された。ハリウッド外国語映画記者協会から売却され、営利組織として再開した新体制のゴールデン・グローブ賞ノミネート結果に対し、相変わらず、米批評家からの批判が話題。デッドライン誌はまず、女優賞にマイク・リー映画『HARD TRUTHS (原題)』の英国出身黒人女優マリアンヌ・ジャン=バプティストがノミネートされていないことに、スター・ハングリーなアワード賞だと不服をコメント。さらに『デューン 砂の惑星PART2』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、『ウィキッド ふたりの魔女』の監督ジョン・M・チュウなど、役者が多数ノミネートされている映画の監督がノミネートされていないことを上げていた。師走、映画『ウィキッド ふたりの魔女』旋風が巻き起こったアメリカ。アカデミー賞前哨戦のこれまでの予測を覆すほどの出来の良さは12月4日、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で作品賞、監督賞、主演女優シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデの2人がスポットライト賞を受賞。米感謝祭の週末、ディズニーの『モアナと伝説の海2』に興収No.1を奪われたものの、4日からまた1位に再浮上。ゴールデングローブ賞では、ミュージカル・コメディ映画作品、主演、助演女優賞、卓越した興行成績を記録した作品におくる賞の4部門にノミネート。アカデミー賞に向けてのイエロー・ブリック・ロードが敷かれ、日本待望の公開も来年3月7日と決定。このコラムでは一足先に作品の話題をお届けしたい。

誰も知らない、もう一つのオズの物語

ライマン・フランク・ボームの名著「オズの魔法使い」(1900)にヒントを得て、児童書作家のグレゴリー・マグワイア作「Wicked: the Life and Times of the Wicked Witch of the West」(以下、「Wicked 」)が出版されたのが1995年。そのファンタジー・ワールドはオズの世界を全く別の着眼点から描き、動物が人間と会話できるほど知的だったり、マンチキン(オズ・シリーズに登場する小人国およびその住人)たちが中流の生活を送る平和な国だったという設定。物語は「オズの魔法使い」の悪い魔女ー西の魔女の幼いころを中心に、善悪の提議を考えさせられる小説である。

1996年、友達の勧めで「Wicked」の存在を知ったNYブロードウェイ作曲家のスティーヴン・シュワルツ。読む前から、タイトルだけで創作意欲が湧き、内容に共鳴。さっそく弁護士を通して舞台の権利を打診。すでに原作の映画化オファーは殺到し、映画会社ユニバーサルとの契約が決定していたが、送られてきた脚本がいまひとつの状態で承諾していなかった原作者マグワイア。そう感じていたのはユニバーサル映画のプロデューサー、マーク・プラットも同じ。原作から感じた魔法が感じられないと悩んでいたところに、シュワルツからのミュージカル舞台劇の提案が到来。もともとミュージカル好きなプラットは、これなら行けると映画化を寝かせることを決意。

シュワルツのピッチには、最初の曲のタイトル “ No One Mourns the Wicked (誰も彼女の死を嘆かない)”という5つのワードが書かれており、「誰も西の魔女の死を嘆かない」という、集団の敵意のこわさを危険信号とした内容が歌に込められていた。原作で意図した内容を呼応したピッチが原作者を口説く決め手だったという。

NYシアターガイドによると去年4月で7486回上演を記録。アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「キャッツ」を抜いて4番目のロングラン上演ミュージカルとなっている。最初の上演の大成功でトニー賞(2004)では10部門にノミネート。エルファバ(西の魔女)を演じたイディナ・メンゼルがミュージカル主演女優賞、そのほかミュージカル衣装デザイン賞、ミュージカル装置デザイン賞も受賞。グリンダ(東の魔女)を演じたクリスティン・チェノウェスと両者とも新作映画の中でカメオ出演している。主演イディナ・メンゼルはあの『アナと雪の女王』のエルサの声優でもあるほど、その歌声は抜きん出ていてシュワルツのウェブサイトに当時の反響が記録されている。代表曲「Defying Gravity」の歌曲は、彼女がキーをオクターブ上げたいというリクエストで書き直された曲。劇場から映画館への移行はプロデューサーが映画化を急がずに待った甲斐もあって、映画館では、ミュージカルファンが、歌い出したそうに席でうずいていたほどで、上映時間2時間40分はあっという間。この映画は物語の前編で、続編は来年後半に全米公開予定。王道のミュージカル映画の幕開けが今、始まったばかりである。

(広告の後にも続きます)

全て生演奏で収録された楽曲

映画『クレイジー・リッチ!』(2018)の監督ジョン・M・チュウは中国系アメリカ人監督。監督とミュージカルの関係は知る人ぞ知る。南カリフォルニア大学(USC)で作ったミュージカル短編映画がスピルバーグの目にもとまったというハリウッド映画界を担う若手監督。幼いころ映画『オズの魔法使』(1939) を見て夢中だったチュウ監督にとって、この映画の監督に抜擢されたことは夢のまた夢。リン=マニュエル・ミランダの傑作ミュージカルを映画化した『イン・ザ・ハイツ』(2021) でもその演出の手腕を発揮。長年「Wicked」の映画権利をあたためていたプロデューサーのマーク・プロットは、まさに宿命的に、これだけ多様性のあるキャストやクルーにめぐまれたと映画の出来、公開のタイミングにも満足の様子。チュウ監督は、「この映画は、幸せが常にゴールじゃない」こと、「自分自身を表現すること、仲違いしてもお互い分かり合うまでコミュニケーションをとること」の重要さを主張。原作「オズの魔法使い」が出版されたときの風潮と同じく、原作「Wicked」が出版されたときもアメリカは9.11以降から湾岸戦争に突入した時代だったし、「WIcked」は時代の変わり目にあるんだ、と熱く語っていた。

監督は2人の主役を演じる配役探しも入念におこなったことも記者会見で明かした。多くの俳優がオーディションに参加したなか、英国生まれのシンシア・エリヴォはカジュアルにジーンズとTシャツでオーディションに登場。舞台「カラーパープル」でトニー賞(2016)ミュージカル主演女優賞を受賞し、映画『ハリエット』(2019)ではアカデミー賞主演女優賞、主題歌賞にもノミネートされている女優でもあり、彼女が歌う「The wizard and I」(魔法使いと私)は、チュウ監督自身も初心に戻ったように痺れる輝きに満ちていたそうだ。

アリアナ・グランデは、その知名度もさることながら、数々のミュージック・アワードを誇る有名シンガー・ソングライター。しかし、その完成された歌声は映画のグリンダ役がふさわしいかと監督は半信半疑だったという。しかし、アリアナ自身、幼いころから、このグリンダ役に憧れていてオーディションでも真剣勝負。監督が本当のグリンダに出会ったかと錯覚に陥ったと言うほど、彼女の不思議な魔力は、映画を観る人も納得の魅力溢れる配役である。歌曲はすべて生演奏、生収録でおこなわれ、臨場感のある撮影にはスタッフも涙したほどだそうだ。

米ピープルマガジンでは、一冊「Wicked」特集を設け、初の英語圏外ミュージカルは2007年の劇団四季であることにもふれている。西の魔女の歌う「Defying Gravity」は”自由をもとめて”と訳されているそうだが、直訳すると「重力に逆らって」という意味で、倒れても起き上がる、立ち直る力を意味している。SNSでは、米政権が変わることに対してのLGBTQコミュニティ連帯のシンボルとされるほどに、映画から、縛られない自由の価値観が共有され、クリスマス店頭も「Wicked」フィーバーで溢れている。

冊子&店頭写真 / 著者撮影

文 / 宮国訪香子

映画『ウィキッド ふたりの魔女』

魔法と幻想の国オズにある<シズ大学>で出会ったふたり― 誰よりも優しく聡明でありながら家族や周囲から疎まれ孤独なエルファバと、誰よりも愛され特別であることを望むみんなの人気者グリンダは、大学の寮で偶然ルームメイトに。見た目も性格も、そして魔法の才能もまるで異なるふたりは反発し合うが、互いの本当の姿を知っていくにつれかけがえのない友情を築いていく。ある日、誰もが憧れる偉大なオズの魔法使いに特別な力を見出されたエルファバは、グリンダとともに彼が司るエメラルドシティへ旅立ち、そこでオズに隠され続けていた“ある秘密”を知る。それは、世界を、そしてふたりの運命を永遠に変えてしまうものだった‥‥。

監督:ジョン・M・チュウ

原作:ミュージカル劇「ウィキッド」

出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、ピーター・ディンクレイジ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラム

配給:東宝東和

© Universal Studios. All Rights Reserved.

2025年3月7日(金) 全国ロードショー

公式サイト wicked-movie