受賞者からの厳しい批判
光量子仮説は、確かに理論物理学にとって重要な成果です。
しかし、相対性理論の方がより画期的で目を引き、21世紀においても有名だと思われるでしょう。
ノーベル物理学賞の受賞者を選定するスウェーデン王立科学アカデミーにも、相対性理論によるアインシュタインの受賞を推薦する回答が多く寄せられました。
アインシュタインは1910年から1922年まで、ほぼ毎年受賞者としてノミネートされていたのです。
しかし、物理学界の中にはアインシュタインの成果に対し異論を唱える科学者もいました。
そこで物理学賞委員会は1921年、二人のメンバーに説明を依頼しました。
その一人が、1911年に生理学・医学賞を受賞し、物理学賞受賞者にノミネートされたこともあるグルストランドです。その批判には誤りがあったことがのちに判明します。
もう一人が1903年に化学賞を受賞したアレニウスです。アレニウスが提出したのが、光電効果に関する説明でした。この説明も、アインシュタインの受賞に対し否定的なものでした。
こうして1921年のノーベル賞受賞者決定は暗礁に乗り上げ、延期されました。翌年、アインシュタインは受賞者にノミネートされます。
グルストランドは再度、相対性理論を批判。一方、光電効果に関する説明は、賞賛に満ちたものでした。
委員会も光電効果に関する研究成果を認め、アインシュタイン受賞をめぐる対立はついに解消されました。
ノーベル物理学賞委員会と、アインシュタインの研究成果。グルストランドとアレニウスは二人ともノーベル賞受賞歴をもつ/Credit:Kakimochi
そしてアインシュタインはノーベル賞受賞を日本への船上で知らされることになるのです。
受賞が発表されたのは、1922年11月のことでした。授賞を伝えるスピーチ役は、アレニウスが務めました。
ノーベル賞で感じる、科学と日常のつながり
相対性理論は有名ではあったものの、「時間の遅れや物体の縮みが起こる」「光が曲がる」といった直感に反する結果も導きます。
広く理解されるには難しさがある理論であり、このことが受賞への反論につながったのかもしれません。
科学の研究成果は絶えず批判的な検証にさらされます。アインシュタインの成果ももちろん、例外ではなかったのです。
そしてノーベル賞は提供者であるノーベルの遺言により、人類に最も貢献した人物に授与されることが定められています。
ノーベル賞を受賞した研究は必然的に、私たちの日常生活とどこかでつながっているといえるでしょう。
量子力学も、例えば半導体などを用いる電子機器や量子コンピューターなどの開発につながっています。
ノーベル賞の受賞者発表や授与式のときには、科学の歴史を感じながら、日常生活とのつながりを意識して研究を眺めてみるのも、楽しみ方の一つかもしれません。
※今回の記事は2022年10月17日発売『身の回りにあるノーベル賞がよくわかる本 しろねこと学ぶ生理学・医学賞、物理学賞、化学賞』(翔泳社)の著者かきもち氏より、本書の一部を抜粋しナゾロジー読者向けに編集していただいたものです。
ノーベル賞について研究内容を中心にイラストとともにわかりやすく解説されておりますので、今回の記事で興味を持たれた方はぜひ書籍の方もチェックしてみてください。
参考文献
『物理学天才列伝 上 ガリレオ、ニュートンからアインシュタインまで』ウィリアム・H・クロッパー著 水谷淳訳(講談社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062576635
『ニュートン別冊 ゼロからわかる相対性理論 改訂第2版 この1冊で相対性理論がよくわかる!』(ニュートンプレス)
https://www.amazon.co.jp/dp/4315523224
『一般相対論入門 [改訂版]』須藤靖(日本評論社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4535789010
『科学史事典』 日本科学史学会編
https://www.amazon.co.jp/dp/4621306065
The Nobel Prize in Physics 1921
https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1921/summary/
元論文
RAVIN, James G. Gullstrand, Einstein, and the Nobel prize. Archives of Ophthalmology, 1999, 117.5: 670-672.
https://jamanetwork.com/journals/jamaophthalmology/article-abstract/411928
バラニー アンダシ. ノーベル物理学賞の 100 年. 学術の動向, 2002, 7.7: 22-25.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits1996/7/7/7_7_22/_article/-char/ja
ライター
かきもち: サイエンスライター、イラストレーター。2018年から活動を開始。科学にモヤモヤした経験を活かし、文章執筆やイラスト制作を行う。著書に『これってどうなの?日常と科学の間にあるモヤモヤを解消する本』(翔泳社)、『身の回りにあるノーベル賞がよくわかる本 しろねこと学ぶ生理学・医学賞、物理学賞、化学賞』(翔泳社)など。
編集者
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。