キサラリ「耳長お化け」の使い方
2巻14話ではキサラリ「耳長お化け」というものが登場します。萱野茂(かやのしげる)さんの『アイヌの民具』で紹介されており、漫画でもそれを元にしてはいますが、使い方はだいぶアレンジされています。
漫画にもあるとおり、これは子供をおどかして泣き止ませるための道具で、アシㇼパは「窓の外からチラチラ出しながらこの世のものとは思えない声を出して子供を驚かす」と説明しています。
そして、杉元にためしにやらせてみますが、情けない声しか出せないので、子供たちはみんなしらっとした顔で見ています。そこで、アシㇼパが手本を見せて「ゔぇろろろろごうろろろあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ! !」という声を出すと、子供たちが叫び声を上げてこわがるという展開です。
しかし、この元ネタである『アイヌの民具』を見ると、「歯をかみしめ、唇を引きかげんにして強く息を出し、ぐふーう、ぐふーうと、けものか鳥かわからないような音を出す」(256頁)と書かれていて、アシㇼパの上げている声とはだいぶ違う趣きです。
私は、アニメのこの部分のアフレコに立ち会った際に、監督から「実際にはどんな声を出すのか」と訊かれたのですが、やっているところを見たことも聞いたこともないし、おそらく漫画で描いてあるような声の出し方ではないだろうなと思っていたものですから、おおいに困りました。
あのシーンはほとんどアシㇼパ役の白石晴香さんのアドリブです。
(広告の後にも続きます)
キサラリは「鳥の化け物」を模した道具
このキサラリは「鎌の刃のところへ黒い布を巻きくちばしのように見せて、二十センチくらいの長さの赤い布を巻きつけて耳を作ります」とありますので、要するに鳥に見立てているわけです。
子守唄にも、「お前が泣くと、化物鳥がやって来て、お前をつついて、おっかないよ」などとおどかして、泣き止ませるという歌詞がよくあります。
そういえば、9巻88話では、村を占領していた偽アイヌたちに本物のアイヌであることを証明させるために、杉元がこのキサラリを持ち出して、レタンノエカシにその使い方を見せろと迫る場面があります。
彼が変な使い方をしていても、本物かどうか判定できない杉元に業を煮やした尾形が、「俺が正しい使い方を当ててやる」と言って、思いきりレタンノエカシの足の指をキサラリで叩きます。
レタンノエカシが「痛たあっ」と日本語で叫んでも、まだ杉元はその正体に気がつかないのですが、それはともかく、実はこの足を叩いている部分は、鎌の刃に布を巻きつけてくちばしに見せかけたところですので、「メキッ」というより、ぐさっと刺さってしまうのではないかと思います(そんな凄惨な場面にならなくてよかったと言いたいところです)。
キサラリのようなものが沙流(さる)地方以外にもあるのかどうかは、私にはわかりませんが、千歳(ちとせ)地方では子供が泣き止まないとこっそり表に出て、窓の陰からホチコㇰ「アオバズク」という鳥の声真似をして、大きな声で「ホチコㇰ! ホチコㇰ! 誰が泣いているの? 泣いてる子は、叺(かます)に入れて、さらっていっちゃうよ」と叫びます(『カムイユカㇻを聞いてアイヌ語を学ぶ』20頁)。
たぶん、子供はその声を聞いたらびっくりするでしょう。そして、子供というのはびっくりしてそれに気をとられると、それまでなんで泣いていたのかを忘れてしまい、そのまま泣き止んでしまうのではないかと思います。
このアオバズクの声は、1回聞くと忘れられない鳴き声なので、ネットで検索して聞いてみてください。確かにホチコㇰと聞こえます。日本中どこにでもいるらしく、私は沖縄で聞いたことがあります。その時もアイヌ語でホチコㇰと鳴いていました。