F1アブダビGPのフリー走行1回目で、平川亮がF1公式セッションデビューを果たした。しかもマクラーレンから……これはちょっと驚きだった。
マクラーレンは圧倒的有利な立場にいたとはいえ、コンストタクターズチャンピオンを巡る最終決戦に挑むという状況だった。そんな中で平川を走らせるというのは、今までには考えられなかったことだ。
もちろん、平川の能力を卑下するつもりなど1ミリもない。スーパーGTでも、そしてWECでもタイトルを獲得した経験を持つ、紛れも無いトップドライバーである。しかし義務とはいえ、F1公式セッションを走ったことのないドライバーに、タイトルがかかった最終戦の走行を任せる、しかも日本人ドライバーを乗せるというのは、これまでの歴史を見返してみると隔絶の感がある。F1の歴史に新たな1ページが加わったというのは言い過ぎだろうか?
その後平川は、グランプリ開催後に行なわれたポストシーズンテストで、ハースF1のマシンを走らせた。わずか1週間ばかりの間に、2チームのF1マシンを走らせることなど、なかなかできるものではない。しかもいずれのマシンも、搭載しているパワーユニットが違う……マクラーレンはメルセデスだし、ハースはフェラーリなのだから。
それもこれも、トヨタが大いに汗をかいた結果だと言えるだろう。
ここ最近のトヨタのモータースポーツに対する熱の入れ方は、半端ではない。もちろん、世界耐久選手権(WEC)や世界ラリー選手権(WRC)に注力してきたのは承知している。しかしそのフェーズが、最近ではF1にシフトしてきたように感じられる。
そしてさらには、スーパーフォーミュラのテストに、アンドレア・キミ・アントネッリやオリバー・ベアマンを参加させた。アントネッリの来日は、本人の体調不良により叶わなかったが、それでもベアマンがやってきて、鈴鹿サーキットを走ったのだ。
ベアマンは来季ハースからのF1フル参戦デビューが決まっており、今季はすでに3戦に出走……しかもデビュー戦はフェラーリからという離れ業を演じて見せた有望株中の有望株だ。そしてアントネッリはメルセデスF1の秘蔵っ子。いずれもトヨタ陣営のスーパーフォーミュラのマシンに乗った(乗る予定だった)。こんなの今までだったらありえない。そして、それを実現させたトヨタには大いに脱帽である。
トヨタはこの平川、ベアマン、アントネッリの事例だけでなく、ハースF1との提携も発表した。そしてそれを存分に活かして、スーパーフォーミュラをはじめとした日本国内のモータースポーツも盛り上げようとしている。
トヨタとともに日本のレース界を牽引、特にF1では一歩も二歩も先を行っているはずのホンダは、このトヨタの最近の動きについてどう思っているのだろうか?
「別に他社さんがどうっていうのは特にないです。でも、トヨタさんが動いて、日本においてF1が盛り上がるというのは大歓迎ですし、そういう意味では一緒になってやっていきたいですよね」
そう語るのは、ホンダ・レーシング(HRC)の渡辺康治社長だ。ただスーパーフォーミュラのテストに参加させるドライバーの人選など、HRCの考え方はトヨタ陣営とは少し違う部分があるという。
「我々はどちらかというと、本当に(レギュラー参戦の)候補となる人をテストするというスタンスです。正直これまでは、それ以外のことはあんまり考えていなかったというところはあります」
「どんなドライバーも、基本的には本当に乗せるかどうかのテストです。しかも基本的にはチームが主体。チームがテストする候補のドライバーを出してきて、そのドライバーを走らせるということの方が多い……つまりホンダ主導で『この人を乗せる』ということは、これまであまりやってきませんでした」
しかしながら今回、トヨタがベアマンやアントネッリからスーパーフォーミュラをテストするという確約を取り付け、実際にそれを実現したこと、さらにはその効果という側面は、HRCとしても賞賛すべきだと渡辺社長は言う。
「彼らのやり方を、否定なんてできません。彼らの方法によって、スーパーフォーミュラのレベルを理解することができたり、シリーズそのものが盛り上がることになるかもしれません。F1との直接的なつながりももっと増えます」
「なので、色々と柔軟に考えていければいいと思います」
またHRCの武石伊久雄専務取締役も、今までは”テストだけ”のドライバー起用ということは考えてこなかったと認めつつ、あくまでチームが主体であると、渡辺社長の意見を支持した。
「F1に絡むような、そんなドライバーがスーパーフォーミュラのテストにきたらそれは盛り上がるだろうなともちろん思います」
そう武石氏は言う。
「でも今までは、そういう考え方の中では進めていませんでした。でも実際には、チームがどういう風に決めるかということは、すごくリスペクトしなきゃいけない話だと思います。だから今は今のやり方をやっています」
とはいえこれまでホンダは、ストフェル・バンドーンやピエール・ガスリー、リアム・ローソンや岩佐歩夢といった、まもなくF1に挑む有望株を数多くスーパーフォーミュラに参戦させてきた。またスーパーGTにまで目を広げると、ジェンソン・バトンというF1チャンピオン経験者を走らせたこともある。そういう意味では、海外の一流ドライバーを連れてきて、日本のレースを盛り上げようとする意気込みは、ホンダもトヨタも、甲乙つけがたいと言うのが公平であろう。
日本にも素晴らしいドライバーがたくさんいるが、日本のレースの魅力を世界中に知らしめたいというのもまた事実。そのためには、海外の一流ドライバーが参戦”してくれる”のは、その一助となるのは間違いない。
ホンダとトヨタが、世界からどんな一流ドライバーを連れてきてくれるのか、実に楽しみであるし、期待している。
ちなみにF1は、今年から来年にかけて、ドライバーラインアップが大きく変更される。F1からあぶれてしまったドライバーも少なくはない……彼らはどこに行くのだろうか? 日本という選択肢はどうだろう?