「小児性犯罪が起きるのは“水”に関する場所が多い」は本当か? 職業や立場を利用した卑劣な性暴力の実態

令和2年の厚労省の調査によれば、1日に1000人以上の子どもが性被害に遭っているという。子どもたちを守るために今、必要なこととは?

小児科医「ふらいと先生」として知られる今西洋介氏の新著『みんなで守る子ども性被害』より一部を抜粋、再編集してお届けする。

学校の教員による性暴力の実態

加害者が子どもに接触するための方法として、「子どもに接する職業に就く」があります。彼らにとって、これはとても有効な手段です。アメリカでは、「小児性暴力の多くが、意図的に子どもと接触できる雇用やボランティアの機会を求めている」と指摘する研究もあります*1。

私は小児科医としても、子育て中の親としても、日本ではこのことがもっと問題視されなければいけないと感じます。

そんな職業のひとつが「先生」です。小児性被害に関心がある人なら、「学校の教員や職員から児童・生徒が被害を受けた」というニュースが多いことにはお気づきでしょう。子どもへの性加害はあるまじきことですが、子どもを預かり、教え導くことを職務とする教員が、その加害者となる─。それが特に許しがたいと思うのは、ごく一般的な感覚でしょう。

ゆえに報道でも取り上げられやすく、印象にも残りやすいという事情もあるとは思います。では、その実態はどうなっているのでしょうか。学校での性被害については、いくつかの統計があります。

文部科学省による「公立学校教職員の人事行政状況調査(令和4年度)」では、2022年度に児童・生徒らへの性犯罪・性暴力(わいせつ行為)や同僚らへのセクハラで処分された公立学校教員は、242人だったと報告されました。

前年度と比べて26人増であり、10年連続で200人台を記録しています。処分されたうち、約98%が男性の教員でした。児童・生徒にあたる18歳未満の子どもへの性暴力で処分を受けたのは119人、そして被害者全体のうち、45.1%(109人)が「自校の児童・生徒」でした(図3–5)。

もちろんこれは、氷山の一角です。小児性被害は被害認識を持ちにくいということはすでにお話ししましたが、学校という場、教員と生徒という関係は、性暴力の認識・発覚を著しく妨げます。被害を受けながら、それを性暴力だと思っていない子ども、誰にも言えずひとりで心身の傷を抱えている子どもは、過去にも現在にも必ずいます。

学校で教員からされたことを「あれは性暴力だった」とあとから気づくケースも多く、その全容とこの数字のあいだには大きすぎる隔たりがあると断言できます。

子どもにとって学校は、家庭に次いで長い時間を過ごす場です。〝先生〞と呼ばれる存在を子どもは基本的に信頼しますし、親・保護者も同様だと思います。教員になるために大学で学び、資格を取り、そして教壇に立っている│真面目で、愛情深く熱心な人物が理想でしょう。

同時に、〝先生〞と児童・生徒のあいだには、圧倒的な上下関係があります。昔から「先生の言うことを聞きなさい」と言われます。私自身も聞いてきましたし、親世代のみなさんも同じでしょう。ご自身のお子さんにもくり返し言い聞かせていると思います。

しかし、加害教員がそれを利用していると知れば、考えが変わるのではないでしょうか。教員の言うことをよく聞く従順な子どもにはグルーミングを行いやすい。そして、子どもは子どもで被害に気づかないか、気づいても隠そうとします。学校の教員は加害行為をしても、その発覚を回避しやすい立場だということです。

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塾講師や習いごとの先生が加害

誤解してほしくないのは、大半の教員は教育者として適切に児童・生徒に接していることです。ですが前述のとおり、小児性加害者、あるいは小児性加害の願望をもつ者が子どもに近づくには、「子どもに接する職業に就く」のが有効なアプローチ法になります。

ただ、実際の加害者らが「最初から子どもへの性加害が目的で教員になった」のか、「教員の仕事をはじめてから、それを実行しやすい環境に気づいた」のかは、わかりません。これもニワトリが先かタマゴが先かという側面があります。

私は小児科医で、同じく子どもに日々接する職業ですが、専門医となる前に「子どもに性的関心をもっているかどうか」「子どもに性加害をしたことがあるかどうか」を問われたことは一度もありません。

私自身、これまでに同じ小児科医の男性が「女の子の診察だと、ちょっとうれしいよな」と話すのを聞いたことがあります。ゾッとしましたが、ペドフィリアは「100人に1人」という推計を考えると、小児科医のなかで彼ひとりがそうであるとは思えません。

自己申告でのチェック機能に限界があるのは当然ですが、現在の日本ではそれすらもなく、子どもを狙う人物たちがいとも簡単に、子どもに接する職業に就けます。

「子どものそばにいる」「子どもと密室でふたりきりになるチャンスがある」「行動をともにしてもあやしまれない」というのは、子どもを狙っている者たちにとってはうってつけの条件です。

小児科医や学校の教員だけではありません。学童保育指導員、児童養護施設の職員、塾の講師、スポーツクラブや習いごとの指導者、幼稚園バスの運転手……教育関係で子どもに近づきやすい仕事はたくさんあります。子どもは本来、多くの大人に見守られながら育っていくのが理想ですから、それを逆手に取っているともいえるでしょう。

2023年、東京都にある大手の学習塾で、講師として勤めていた20代の男が、当時7〜11歳の女子生徒12人の下着などを盗撮していたことが発覚しました。それだけでなく、勤務するうえで知りえた女子生徒らの名前、住所、学校といった個人情報とともに、その写真をペドフィリアが集うグループチャットに投稿していた─このニュースは、子育て中の親にとって衝撃だったと思います。

翌年に東京地方裁判所で行われた公判では、裁判官が判決を言い渡すときに、「塾の講師の立場を利用して被害者の警戒心がないことをいいことに、下着が撮影しやすい体勢をとらせるなどして撮影した。発覚しづらい犯行だ」と、職業・立場を利用した犯行であると明言しました。

塾講師は、学校の教員と違って特に資格もいらないだけに、より性加害目的の人物が入り込みやすい要素はあると思います。

習いごとにおいても、子どもにとって先生や監督、コーチなどは自分たちを指導し、大会や発表会に出るメンバーを選ぶ決定権をもつ、目上の大人です。ここにも、あきらかな上下関係があります。

アメリカでは2018年、米国体操連盟所属の男性スポーツドクターが、長年にわたって女子選手に性加害をしていた事実があかるみに出ました。被害者のほとんどは10代で、その数はわかっているだけでも150人以上です。

治療と称した望まない性行為を男に強いられたとする告発が相次ぎましたが、連盟が信任する医師なので、女子選手らが告発するには多大な勇気が必要だったはずです。男は現在、禁錮60年の刑に服しています*2。

ドイツのスポーツクラブの調査では、参加者の約3分の1が性被害を経験しているという結果が出ました*3。ここでも言わずもがなのことですが、多くの指導者は子どもが楽しくスポーツに取り組み、各競技の力をつけていくべく教え導いています。

そうやってつくり上げられた信頼関係を利用して、子どもを襲う加害者がいる。彼らにとって入り込みやすい構造があることが、問題なのです。

芸能や競技スポーツなどにおいて、子どもにも競争心、課題達成へのプレッシャー、野心はあります。真剣に取り組んでいる子ほど強いでしょうし、そうした気持ちとどう付き合うかを学ぶ機会は、成長過程においてたいへん貴重でもあります。しかし同時に、子どもが指導者と依存関係に陥りやすく、指導者を勝手に理想化するというリスクと隣り合わせです。