3度のMotoGPクラス王者であるホルヘ・ロレンソは、2019年にドゥカティからホンダへ移籍しているが、ここには当時ホンダのマルク・マルケスによる思惑も関わっていたようだ。
ロレンソはMotoGPクラスではヤマハYZR-M1を駆り3度タイトルを獲得してきたが、2017年にドゥカティへ移籍することを決断した。
しかしドゥカティとの関係はわずか2年で終わってしまった。1年目はデスモセディチGPへの適応に苦しみ、2年目についに勝利を収められるようになったときには、既に契約延長の扉は閉ざされてしまっていたのだ。
ドゥカティは現在圧倒的な強さを見せているが、マルケスはロレンソがドゥカティに加入した当時、その将来を相当警戒していたという。当時ロレンソは、マルケスがチャンピオンシップを席巻していく中で、2015年に唯一彼を破ることのできたライダーだったことも、無関係ではないだろう。
なおロレンソのドゥカティ時代のデータは、後にドゥカティにケーシー・ストーナー以来の王座をもたらしたフランチェスコ・バニャイヤも活用している。ロレンソが残留していた場合、バニャイヤよりも早くドゥカティにタイトルをもたらしていた可能性もあったかもしれない。
マルケスはDAZNのドキュメンタリー番組の中で、「ロレンソがドゥカティに入ったとき、僕は『来たぞ』と話していたんだ」と当時からホンダに警告していたことを明かしている。
一方でロレンソは、ドゥカティ時代を回顧すると、次のように語った。
「予感はしていた。もっと早く適応できると思っていたのかもしれない。(ドゥカティは)ストレートでは速かったし、ブレーキングでも安定していたけど、ヤマハのような旋回性はなかった。基本的に、僕はドゥカティをヤマハのように乗りたかった」
「2018年にはより良いスタートを切れると思っていたけど、逆だった。さらにヘレスでの多重クラッシュで、マルケスとタイトルを争っていたドヴィツィオーゾ(当時のチームメイト、アンドレア・ドヴィツィオーゾ)もクラッシュする不運があったけど、ドゥカティはあまり良い顔はしなかった。僕が難しい状況にあると思った時、直接アルベルト・プーチ(ホンダのマネージャー)に電話したんだ」
そして2019年にはロレンソのレプソル・ホンダへの移籍が実現したわけだが、マルケスはホンダを強化するだけではなく、ドゥカティにロレンソのような強力なライダーを残さないことでドゥカティの成長も妨げようと、ホンダにロレンソとの契約をプッシュしたという。
「僕はホンダに『ロレンソを連れてきて、うちに置くのがベストな戦略だ。さもなければ、ライバルブランドが勝つだろう。ロレンソはロレンソであって、5度の世界チャンピオンなんだ』と話したんだ」