ドラマ「ハンニバル」のハンニバル・レクター博士役をはじめ、マーベル作品に「ファンタスティック・ビースト」、「インディ・ジョーンズ」シリーズなどなど。数多くのビッグタイトルに出演し、魅力的な悪役を演じてきた“北欧の至宝”ことデンマーク出身のマッツ・ミケルセン。そんな彼がディズニーの最新作『ライオン・キング:ムファサ』(12月20日公開)に参加している。演じているのはもちろん、主人公の前に立ちはだかる凶悪なヴィラン、キロスだ!
日本からの人気も凄まじいマッツ・ミケルセン / 撮影/垂水佳菜
1994年に名作アニメーション映画として誕生し、2019年には超実写版が公開された『ライオン・キング』。本作はその前日譚にあたり、苦難を乗り越えてプライドランドの新たな王となったシンバの偉大なる父、ムファサの知られざる物語が描かれる。両親と離ればなれになり、孤児となった幼いムファサが出会ったのは、王の血筋を引くタカ。彼こそがのちにムファサを死に追いやった若き日のスカーである。2人は友情を深め、血のつながりを越えて兄弟の絆で結ばれる。しかし、平和に暮らしていたムファサたちの前に強大な敵、キロスが現れる。
強靭な体躯と真っ白な体毛が目を引くキロスは、他者に対する支配欲が強く目的のためには手段を選ばない冷酷なライオン。一方で、ミケルセンが声を当てていることもあり、スクリーンからはどこかセクシーさも伝わって来る。そんなキロスにどのように命を吹き込んだのか?12月初旬に来日したミケルセンへのインタビューを敢行し、一筋縄ではいかないそのキャラクター性や、『ライオン・キング』の思い出についても語ってもらった。
■「これまでになかったクリエイティブな時間でとても楽しかった」
これまでにミケルセンは、『モンスターズ・インク』(01)のデンマーク版でランドール役を担当しているほか(オリジナル版はスティーヴ・ブシェミ)、盟友である小島秀夫が手掛けたゲーム「デス・ストランディング」でもモーションキャプチャーと声優で参加している。とはいえ、『ライオン・キング』のようなワールドワイドな作品でメインキャラクターを演じるというのは、また違ったプレッシャーもあったはず。
“北欧の至宝”は東京の街並みもよく似合う / 撮影/垂水佳菜
「オファーをいただいてとても光栄でした。『モンスターズ・インク』の吹き替えも経験しているので、声の演技自体は初めてではなかったのですが、当時はオリジナル版の演技に忠実に演じていました。今回は映像が出来上がる前だったので、(監督の)バリー・ジェンキンスとシーンのイメージを共有しながら収録し、そのあとにバリーが映像制作に戻って調整するといった工程を繰り返していましたね。これまでになかったクリエイティブな時間でとても楽しかったですよ!」。
ディズニー作品と言えばミュージカルシーンも見どころの一つ。本作でもキロスが「Bye Bye」という楽曲をノリノリで歌いながら、自身の力強さを誇示し、配下のライオンたちに対して高圧的に振る舞っている。ダンサーとしても活動していたミケルセンに歌唱シーンに挑戦した感想を聞いてみると「ナーバスだった…」との回答が。
「結果的にはすごく楽しかったのですが、心のどこかに『自分はシンガーではないんだよな』という後ろ向きな気持ちがありました。ちょっと不安というか、もろい状況でした。でも最終的には、いいものができたんじゃないかな!と誇らしく感じています」。
■「大きな喪失を経験したキロスの内面には共感できる」
『ドクター・ストレンジ』(16)のカエシリウスしかり、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(22)のグリンデルバルドしかり、ミケルセンが演じる悪役にはどこか人間味があり、複雑なバックグラウンドも抱えているなど共感できるところがおもしろい。だからこそ、世界中で多くの熱狂的な支持を集めているのだろう。そういった要素は今回のキロス役にも当てはまる。
マッツ・ミケルセンは、ムファサたちを追う冷酷な敵ライオン・キロスを演じる / [c] 2024 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
他者を恐怖で縛り付け、ある因縁からムファサたちを執拗に追い続けるキロス。しかし彼には、かつて仲間から迫害され、はぐれ者となり、同じような境遇のライオンを集めて自身を頂点とする独自のコミュニティを形成していったという経緯がある。このようなキロスのキャラクターをどのように捉えているのだろうか?
「キロスは大きな喪失を経験していて、生涯はぐれ者でした。一方で、どこかに帰属したいという欲求もあります。やり方には問題があるんですけどね。でも、そういった彼の内面には共感できますよね。キロスが求めているのは忠義なのですが、誰かを愛することを知らずに生きて来たので、強引な方法でそれを求めてしまう。そこが一番の弱みでもありますね。彼の人生に少しでも愛があれば、いい王様になれたのかもしれないのに。でも、こういう複雑さがストーリーに溶け込んでいるからこそ、観客に愛される作品になっていくのだと思います」。愛を求めているにもかかわらず、独善的に攻撃を繰り返してしまう矛盾。過去を想像し、内に抱える弱さを掘り下げ、様々な解釈ができるところもキロスを魅力的なキャラクターたらしめている。
マッツ・ミケルセンが考えるキロスの弱さとは「愛を知らないこと」 / 撮影/垂水佳菜
ムファサとタカ、兄弟となった2人の物語が軸となる本作。ミケルセンにも「スター・ウォーズ:アソーカ」のスローン大提督役などで知られる一つ年長の兄、ラース・ミケルセンがいるので、お兄さんのことは意識したか?と問いかけてみたところ、「ノー!いやいや、ないね(笑)」と笑顔を見せ、そこは否定。
そのうえで、「ムファサとタカほどドラマチックな関係性じゃないですからね。この作品は2人のブラザーシップが中心になっていて、そこからヒロイズムだったり、臆病さだったり、いろんな感情が導きだされていくんです」と説明し、ムファサとタカの関係性は強く興味を引かれるものだったことを明かしてくれた。
孤児となったムファサは、王の血筋を引くタカと出会い、兄弟の絆で結ばれていく / [c] 2024 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
■「『ライオン・キング』は娘と一緒に観てファンになりました」
1994年公開の『ライオン・キング』は第67回アカデミー賞の作曲賞&主題歌賞に輝き、2019年の超実写版もディズニー映画の世界歴代No.1のヒットを記録した。このほか、ミュージカルや舞台など長年にわたって親しまれている。「ライオン・キング」というコンテンツとの思い出を聞いてみると、以下のような答えが返って来た。
ムファサはいかにして偉大な王となったのか? / [c] 2024 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
「ある程度の年齢になると誰もがディズニー作品に触れますよね。1994年のアニメーション版は娘にとってのそのタイミングの作品で、一緒に観た思い出があります。それからミュージカル版もロンドンで観ていて、たしか1万回以上も上演されているんですよね。なので、娘と一緒にファンになったという感じです」。
さらに突っ込んで、ミケルセンにとっての“ディズニーラバー”になった作品は?と問うと、1938年に製作された『牡牛のフェルディナンド』をセレクト。「クリスマスシーズンになるとクリスマス関連の作品をみんなで観ながら過ごすのですが、そのなかでも特に思い出深いタイトルです。フェルナンドは闘牛なので本当は戦わないといけないのに、花が好きで香りをずっとかいでいるというキャラクターでした」と懐かしい記憶も振り返ってくれた。
【写真を見る】超貴重!マッツ・ミケルセン自らにシャッターを押してもらったセルフィー
セルフィーのお願いにも気さくに応じてくれたマッツ・ミケルセン / 撮影/垂水佳菜
■「渡辺さんなら、オリジナルのキロス役でもバッチリ演じてくれたでしょう」
本作の超実写プレミアム吹替版でキロス役を演じるのは渡辺謙。渡辺の印象について「すばらしい俳優」と話し始めると、「たしかミュージカルもやられていましたよね(「The King and I 王様と私」に出演)。歌も歌えるし、渡辺さんならオリジナルでもキロス役をバッチリ演じてくれたと思いますよ」と絶賛していた。
ミケルセンと渡辺に共通するのは、ハリウッドで活躍しながらそれぞれの母国作品にもコンスタントに出演し続けていること。こういったスタンスについては、「すごく恵まれたポジションにいる」と捉えている。「デンマークは私の故郷であり、母国語の国であり、人生の物語がある場所。一方、アメリカはデンマークでは難しい大規模作品、特にアドベンチャー系の作品に参加できるのが魅力ですね。両方を愛していますよ!」。
マッツ・ミケルセンが演じてきた名悪役の歴史に新たな1ページを加えるに違いない『ライオン・キング:ムファサ』のキロス。彼がムファサたちを執拗に追い続ける理由とは?その複雑な内面にも注目しながら劇場で鑑賞してほしい。
取材・文/平尾嘉浩