〝過ごした時間〟を撮るという場面が生まれたその理由は
——前原さん=拓也と小西さん=りえが、「お話をする時間をものすごく大切にされていた」とおっしゃっていましたよね。
そうしたいですよね。ドキュメンタリーをこれまで長くやっていたので(渡邉 崇監督の代表作品『LE CHOCOLAT DE H』2019年 世界を舞台に活躍するショコラティエ、辻口博啓氏の素材探しから新作完成までに密着したドキュメンタリー)。そういう意味では、素敵に撮れる瞬間が、過ごした時間の中での〝とある一回〟ある時訪れるわけじゃないですか。それを待っているんです。
——撮りたいから撮れるってやつではないということですよね。
はい。で、偶然取れるように仕掛けていったりするんですけど。それをなんとなく無意識のうちに、今回の映画のなかでもやろうとしていたというのがあって…。現場でのこういうふうなことじゃない? っていう演出をするというよりは、割とその前段階で、人物の心の動きというものを作っておきたかったというのがあったんです。ディスカッションを繰り返して、僕が伝えたいことはもう伝えきっているので、撮影が始まると演者さんはその役になっていて。そこで出てきたものを撮れればいいんだって。そう思ってました。だから、役者のみなさんと会話をするっていう時間がすごく多かった、事前に多かった。なので、現場が始まってからは、僕からNGを出すってことは、ほとんどなかったと思います。
——それ、わかります。そう思います。私も現場ではボヤボヤしてるだけで、あと天気を見たりとか、みんなが理解してるかなとか、それしか考えてなくて。〝過ごした時間〟を撮るという場面が生まれた理由は、そこにあったんですね。
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役者さんから、監督の想像を超えた提案があった! 名演技は細部にまで宿っている!
——そして、役者さんたちの名演っていうのをすごく感じました。拓也を演じた前原さん、りえを演じた小西さん、拓也の先輩、伊東京子を演じた内田 慈(うちだちか)さん、りえの恋人、猪山 衛を演じた奥野瑛太さん、りえの母親を演じた那須佐代子さん、拓也の父親を演じた酒向 芳(さこうよし)さん、皆さんのここがすごかった! と感謝されていることなど、一人ずつ教えていただきたく。
拓也は32歳という設定なんですね。32歳の頃って、まだ不完全だし、自分はどうやら特別な才能の持ち主じゃないなと気づいてはいるんだけど、少しだけ特別かもしれないって信じたい。そんな時期じゃないかなって思うんですよね。そこを前原くんはすごく理解していて。まだ自分に何か期待も持てているし、まだ将来が見えきっていないっていう、狭間のライフステージにいるような人間を自然と演じてくれたなっていう感じがあって、迷いながら演じてくれたようなところもあって、すごく素敵でした。感謝してます。何かこうズバッとこうなんだよって言えるキャラクターでもないんですよね拓也って。まあ表裏一体のキャラクターなんで、それを曖昧なまま受け入れてくださって、解釈していただいたというのが、彼の人となりの幅の広さだなって感じました。
——監督の想像を超えた演技をしてくれたという。
はい、そうですね。そして、小西さんは、すごくりえという人物をわかろうとしてくれていて、小西さんとの意見交換のなかで、りえのバックボーンとかが決まっていったり、彼女のセリフが決まっていったりということがすごくあったんです。男だからとか女だからとか、というのは作品の性格づけには関係ないんですけれど、どうしても監督である部分=自分は男っていうこともあり、どこか気づけないような部分もあったりして…。そんな面を小西さんがすごく補強してくれたなと感謝しています。
——男では気づけない点というと、作品の根幹にもなっている部分ですかね、やはり。
はい、その通りです。
——ありがとうございます。
伊東京子役の内田 慈さんは、これまで男女の関係性を扱う作品をすごくたくさん経験されてきているので、やっぱりこの映画のテーマである〝ありきたりな言葉じゃなくて〟ということを、すごく真摯に受け止めてくださっていて、大切に扱わなきゃいけない題材であると感じてくださっていて。そういった観点からもすごくセリフの一つひとつに、「こういうことなんですよね」っていう、内田さんとしての解釈を僕に伝えてくれたんです。「だったらこういうセリフがいいんじゃないですか?」という提案もいただいたりすることが多々あって。僕より年下なんですけど、年上のお姉さんみたいな頼りがいがあって、人生経験豊かな、すごく助けていただいたなって感じています。
——もしかしたら自分のホームの仲間だけじゃなくて、初対面の現場でも、たくさん仕事をされてきた方なのかもしれないですね。
拓也の初脚本作品の撮影現場のシーン。左から二番目、拓也の隣で先輩として見守る伊東京子(内田 慈)
奥野瑛太さんは、芝居をするなかで、セリフ以上に身体表現ってことにこだわりのある部分が見えたんです。一度、まだ段取り段階の時、「まぁ、ここにいましょうか」ってお願いすると、「いや、そこよりこっちにいた方がおもしろくないですか? そして、こう動いたらおもしろくないですか?」と 提案してくださったんですね。割と言葉先行の映画シナリオにおいて、猪山っていうキャラクターは、この映画で身体を使ってくる唯一のキャラクターでもあり、そこをうまく表現してくださったので、言葉だけじゃない、演技の身体性な部分をふと気づかせてくれる瞬間が多かったんです。すごくありがたいなって。
——確かに、おっしゃる通りです。それはすごく感じます。
左、りえの彼氏を名乗る猪山 衛(奥野瑛太)。中央、拓也。右、伊東京子(内田 慈)
りえの母親役の那須さん。すごく難しい役だったと思うんですけど、小西さんとたくさんお話されていて、那須さん自身に娘さんがいらっしゃるというのもあって。そう考えると、監督としてすべてわかっていなきゃいけないのかな? って僕は思っていたんですけど、正直、那須さんほどの芝居のキャリアと人生経験をお持ちの人を前にすると、僕の考えをお伝えすると、そこに対して、いただけるもののほうがすごく多いので、そこに頼ってもいいんじゃないかなと思わせていただいたというか、教えていただくっていうスタンスでも、それもありなんだなという、素直に学ばせていただいたような感覚がすごくありました。
母(那須佐代子)に本音をぶつけるりえ(小西桜子)
——拓也の父親役の酒向さんは?
段取り段階から、「あ、そういうふうにしてくるんだ、スゴい!」っていう本当にそれこそ想像を超えた芝居をしていただいているんですよ。自分の中で拓也の父親像がもう完全につかめているんですよね。シーンの中で、これがあると締まってくるというのがあるんです。実は、ビールを飲んでるシーンで、「ザーサイくれない?」と酒向さんから言われて。最初はビールだけだったんですけど、ザーサイ置いただけで、ものすごいポリポリいわせて、いい時間が流れたんですよ。それって、僕は当初考えつかなかったなぁっていう。「ザーサイ一個あるだけで、こんなに〝時間〟を見せることができるようになるんだな」みたいな。この辺って、やっぱり経験。上世代の方々から、よい教えをいただいた現場でした。
中華料理店を営む拓也の父(酒向 芳)と母(山下容莉枝)
——そういう人たちが集まってくると、監督としては本当にしびれる瞬間ですよね。自分が描いていたことを自分が言わずとも、周りが動いてくださって、バッとやってくださった瞬間って。
そうですね。最初の頃は、ある意味気張って現場に行かなきゃという感じが僕の中にあったんですけど。意外とそれがなくなっていき。本当に皆さんに助けていただいた形だったなと感じました。
——主役の前原さんが、想像を超えた演技をされたと、先ほどおっしゃっていました。すべてのシーンがいいシーンだと思うんですが、その中でも最も想像を超えてきたなと思われたシーンを具体的に教えていただけないでしょうか。
クライマックスの屋上のシーンとかで感情が高ぶる芝居っていうのがそこですね! 今回の映画は、ほとんど順撮りしていっているので、本当に最後の日ぐらいに撮ってるんです。でも、そこに至るまでに、すでに想像を超えられたというか。前原くんが素晴らしかったというのは、拓也が刷り上がった台本を開いて、脚本藤田拓也と記されているのを見た時の顔っていうのは、なんかそれってやっぱり拓也自身が個人的にとても頑張って一度はつかんだ栄冠なので、その瞬間の拓也の顔っていうのは心の底からうれしい顔をしていたなっていうのが、鮮明に僕の脳裏にこびりついていて。あれって撮影2日目ぐらいだったと思うんですけど、「ああ、拓也ってやっぱそういう顔するんだな~」って。
——超舞い上がって顔くしゃくしゃで、拓也は「自分が自分が」って感じでしたよね、ナチュラルに。
その顔を見た時には拓也なんだなって思いましたね。
——キャラクターが乗り移りつつも、役者さんが自身で表現されたなっていうことを感じ取った瞬間、それがクランクイン2日目に訪れたんですね。
拓也とりえ、二人の過去に何があったのか…