ホンダと日産が経営統合との噂……両社の強みを”モータースポーツの視点”から分析する

 ホンダと日産が経営統合に向けて話し合いを行なっているという話題が、連日大きく取り上げられている。

 両社は今年の3月、「自動車の知能化・電動化に向けた戦略的パートナーシップ」 の検討開始に関する覚書を締結した。今回の話は、その”検討”が一方前に進んだということだろう。

 しかしモータースポーツファンとして気になるのは、両者が経営統合した場合、それぞれのモータースポーツ活動はどうなるか? ということだろう。

 ホンダはHRC(ホンダ・レーシング)で、日産はNMC(日産モータースポーツ&カスタマイズ)で、モータースポーツ活動を担っている。ホンダと日産が経営統合した場合、このHRCとNMCはどうなるのか……これについては、まだ双方とも話せる段階にはないはずだ。そもそも、本体の経営統合が”決まった”というわけではなく、”経営統合することについて話し合いが行なわれているらしい”という段階。将来の両社のモータースポーツ活動を現時点で論じるのは、時期尚早だ。

 ただ今回検討されている”戦略的パートナーシップ”は、規模を拡大し、ソリューションやコンポーネントを統一することで、世界的な競争力を高めようということもさることながら、両社の長所を持ち寄り、両社の弱点を解消しようという目的もあるはずだ。

 では、両社の長所とは何なのか? 我々motorsport.comがこれまで取材してきたものの中から、いくつかお知らせしよう。

■日産がフォーミュラEで培う”電費”の効率化

 日産は世界初の市販5人乗りEVであるLEAFを発売するなど、電気自動車のパイオニアとも言える。その立場を活かして、2018-2019年シーズンから電動フォーミュラシリーズであるフォーミュラEに参戦している。

 フォーミュラEに参戦することで、市販EVに活かせることが数多くある。日産フォーミュラEチームでチーフ・パワートレイン・エンジニアを務める西川直志氏は以前、motorsport.comのインタビューに次のように答えている。

「制御系の部分は、市販車との親和性が高いと思います」

「もちろん市販車にそのまま使うことができるわけではありませんが、フォーミュラEをやることで(EVで目指すことのできる)頂点を把握できると、その理想となる点が描けます」

 また西川エンジニアは、効率化を向上させるという点でも、フォーミュラEが市販車に活かせると語る。

「フォーミュラEは、同じバッテリーを使って、どれだけ走れるかというレースです。どの同じバッテリーでも、効率を上げることで航続距離を伸ばすことができるんです」

 つまり大容量のバッテリーではなくとも、長い距離を走ることを目指せる……フォーミュラEを戦うことでその精度を高めることができ、市販車にもその考え方をフィードバックさせることが可能だということなのだ。

 現在の市販EVは、登場した当初と比べるとその航続距離もかなり伸びたものの、それでもガソリン車に比べると劣ると言わざるを得ない。また、急速充電できる設備も、まだまだ設置場所が限られている。それを考えれば、効率を上げることで航続距離を上げられれば、メリット以外の何者でもない。

■ホンダ、F1で持続可能燃料を実用化

 一方でホンダは、電気と並び将来のエネルギー候補と言われる持続可能燃料の分野での研究開発を推し進めている。それもF1を使って。

 2026年からF1は、持続可能燃料100%で走らねばならない。この持続可能燃料は、ひらたく言えば、石油由来ではないガソリンを作りましょうということ。具体的には植物や廃棄された食用油などを原料に生み出すこともできるし、水と空気を合成することでも生み出せる(石油は基本的に炭素と水素の化合物なのだ!)。地中深くに埋蔵された炭素を大気中に放出するわけではないので、カーボンニュートラルなのだ。

 この持続可能燃料は、エネルギー企業が作るわけだが、自動車メーカーも研究を進めている。そしてホンダは、独自に設計した持続可能燃料をエネルギーメーカーの協力を得て精製。F1で実際に使った実績もある。

 本田技術研究所の先進パワーユニット・エネルギー研究所の橋本公太郎博士は、この持続可能燃料について、次のように語る。

「ダイレクト・エアキャプチャーという方法で、空気中のCO2を吸着剤に吸着させて集めて、濃縮されたCO2を作り出します」

「そして水素は水を電気分解して作ります。このCO2と水素を使って燃料を作れば、持続可能燃料になります」

 この持続可能燃料がすごいところは、既存のエンジン車でガソリンの代わりにそのまま使えるということ。だから既存の自動車をそのまま使い続けることができるし、ガソリンスタンドなどのインフラも活かせる。

 ただネックとなるのは、水素を分解する時に電力が必要だということ。この電力を生み出すのに火力発電をしてしまっては元も子もないから、いかに水力や風力による発電……再生可能電力を確保できるかが鍵になる。

 橋本博士は次のように続ける。

「再生可能電力をそのままEVなどで使う方がいいのか、それとも液体燃料を作るために使った方がいいのか、今後どちらかに決まってくると思います」

 この持続可能燃料が実現すれば、EVに完全移行……という世の中の流れが変わるかもしれない。現在でも、すでにEVの普及スピードは減速しつつあると言われていて、その代替として、あるいはEVに完全移行するまでの繋ぎとして、持続可能燃料には大きな期待が寄せられている。

■飛行機も、空飛ぶ車も作っている、ホンダの強み

 ホンダは自動車以外にも、様々な移動機器を開発している。有名なところでは飛行機”Honda Jet”であろう。

 飛行機も、ガソリンではないものの、石油由来の燃料を使うため、カーボンニュートラルを推し進めるための解決策が求められる。その代替策のひとつが、前出の持続可能燃料である。

 飛行機用の持続可能燃料はSAFと呼ばれるが、精製する工程、原料は、自動車用の持続可能燃料と同じ。つまりホンダは、持続可能燃料の知見を飛行機にも活かすことができるわけだ。

 またF1で使われるバッテリー技術、モーター技術は、より高出力のモノが求められる空飛ぶ車=eVTOLにも活かされている。

 F1ではパワーユニット(PU)の構成するコンポーネントのひとつにエナジーストアというものがあるが、これが電気自動車で言うバッテリーにあたる。このバッテリーは、各PUメーカーが独自に開発することができる。

 eVTOLは様々な会社が開発しているが、ホンダはエンジンで発電し、バッテリーに貯めた電力でローターを回して飛行するタイプの開発を進めている。そして離陸時などにはかなりの電力が必要であり、そのためにはF1で使っているようなタイプのバッテリーが必要不可欠なのだ。

 かつてF1用PU開発を担当し、今はeVTOL開発を率いるホンダの津吉智明LPLは、「F1のバッテリーに求められるのは、高出力だということです。これは、実はeVTOLで求められるバッテリーの性能によく似ているんですよ」と、motorsport.comの取材に答えている。

 自動車/バイクのみならず、空、海、そして宇宙へと視野を広げているホンダ。その視野の広さは、間違いなく彼らの武器であろう。

■モータースポーツ開発のスピード感

 ホンダの三部敏宏社長と日産の内田誠社長は8月の会見の際、EVの分野でテスラやBYDなどの新興メーカーに遅れをとっている理由について聞かれた際「スピード感」だと口を揃えた。

 このスピード感こそ、モータースポーツを手掛けていることの最大のメリットではなかろうか?

 モータースポーツの車両を開発する際には、市販車のように何年もの開発期間をかけるわけにはいかない。例えばF1ならば、毎年毎年、新しいマシンを登場させる。シーズン中には新たなパーツを開発し投入する。こんなことが日常茶飯事に行なわれるわけだ。

 前出の橋本博士は、F1と関わるようになった時、その開発スピードの速さに舌を巻いたと語った。

「F1に関わって一番感じたのか、開発のスピードですね。めちゃくちゃ速いですし、締め切りも決まっています。そこは学ぶべきことが多かったですし、一緒にやっていて実感しました」

 そう取材の際に語っていたのが印象的だった。

 そのホンダと日産が培ってきた”モータースポーツの開発スピード”をEVなどの市販車に活かすことができれば、ライバルメーカーとの厳しい競争に太刀打ちすることができるかもしれない。

 ホンダの創業者である本田宗一郎の出身地は、「やらまいか精神」(何事もまずはやってみよう)で知られる浜松。そして今の日産の標語は「やっちゃえ」。企業風土はかなり違うと言われるが、実は目指すところは近いのかもしれない。