角田裕毅との“レッドブル昇格レース”を制したリアム・ローソン、その強みはどこに。スーパーフォーミュラ時代に垣間見えたもの

 角田裕毅がレッドブル・レーシングへの昇格を逃した。成績不振で契約解除となったセルジオ・ペレスに代わって、誰が2025年にレッドブルのマシンをドライブするのか注目される中、F1で4年の経験を積んできた角田は2択まで絞られたドライバー候補のひとりまで残った。しかし、最終的に選ばれたのはもう一方のドライバー……F1フル参戦経験のない“後輩”、リアム・ローソンだった。

 既に一定の実績を残している角田を差し置いて、F1での経験が浅く、現状では角田にリザルトで劣っているローソンを昇格させるべきだったのかということについては、角田の母国である日本のファンだけでなく、世界中で議論の的になっている。ただ日本人という色眼鏡をなくして見れば、ポテンシャルなど定量的な数字以外の面を考慮するという考え方自体は分からなくもない(今回の決断が正しいか正しくないかは別としても)。海外報道ではローソンは技術的フィードバックやメンタル面で優れていて、フェルスタッペンのチームメイトとしてプレッシャーに耐えながらマシン開発に貢献できると判断された、という話もあった。

 こういった評価がどこまで真実で、具体的に今回の人事にどれほど影響を与えたのかを推し量るのは難しい。いずれにしてもレッドブルは、リアム・ローソンという男をトップチームで走らせるドライバーとして選んだわけで、彼がいちレーシングドライバーとしてチームから高く評価されていることは確か。昨年彼が参戦したスーパーフォーミュラでも、その強さの一端が垣間見えた。

■適応力が高く、“持ってる”男

 F1以外のカテゴリーもフォローしているレースファンであれば「今さら言われても……」という感想を抱くかもしれないが、ローソンはその適応力の高さを様々なカテゴリーで証明してきた。

 2021年に乗ったドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)では畑違いの箱車カテゴリーながらチャンピオンまであと一歩のランキング2位。2023年には前述の通り日本のスーパーフォーミュラに参戦したが、デビューウィンを含む3勝をマークしてこちらもランキング2位だった。所属したのがチャンピオンチームでエンジニアリング能力に長けるTEAM MUGENだったことも加味して評価する必要があるが、それでも日本の経験豊富なドライバーたちと渡り合ってタイトルを争ったことを考えれば、立派な活躍だったと言える。

 こういった“ポン乗り”での速さは本人も自負している。スーパーフォーミュラ参戦が決まった直後、ローソンにドライバーとしての強みを尋ねると、彼は「多くのドライバーと初めて戦うことになるので一概には言えないけど、僕は基本的に新しいマシンに適応するのが速いと思う。フォーミュラカーだけでなく、DTMとか色んなマシンを走らせてきたからね」と話していた。

 もうひとつ、彼は“持ってる”男だと思わされる部分もあった。スーパーフォーミュラではデビュー戦で優勝を飾り、センセーショナルに取り上げられた。その優勝自体をフロックだと言いたいのではなく、「デビューウィン」という考え得る中で最もインパクトの大きい仕事を成し遂げる、一種の勝負強さがあるということだ。無名時代に母国ニュージーランドのレースに出場した際、たまたま他のドライバーの視察に訪れていたヘルムート・マルコの前で大活躍し、それがきっかけでレッドブルジュニア入りを果たしたというエピソードからも、彼は“持ってる”と思わされる。

 逆に未知数なのは、“伸びしろ”や“爆発力”。早い段階からスピードを示し、安定して結果を残すことには定評があるが、目の覚めるような速さでポールポジションを獲得して週末全体を制圧するようなレースをするタイプではないように見える。レッドブルとしては、フェルスタッペンのチームメイトとして“大崩れしない”ことが何より求められているのかもしれないが……。

■フィードバック力はスーパーフォーミュラで培った?

 各方面で言われているようにローソンの技術的フィードバックが評価されているのであれば、それはスーパーフォーミュラでの経験も一助になっているのかもしれない。

 日本と欧州のレース界を比較する一例としてよく言われるのが、日本のレースではエンジニアとドライバーが密にコミュニケーションをとって究極のマシンセットアップを追い求める一方、ヨーロッパのレース……特にF2やF3などのステップアップカテゴリーでは、ドライバーはチームの用意したセットアップに従うだけのケースが多いということだ。

 例えば岩佐歩夢はF2時代、DAMSでチームと積極的にコミュニケーションをとってマシンを改善していったと語っているが、これは異例のことである。スーパーフォーミュラでローソンを担当していた小池智彦エンジニアによると、ローソンがF2時代所属したハイテックとカーリンは「これに乗ってくれ」系の典型的なヨーロピアンスタイルだったようだ。

 しかしながら小池エンジニア曰く、スーパーフォーミュラでの1年間ではレーシングカーの基本的な構造やセットアップの考え方について、ローソンと工場でみっちりコミュニケーションをとったのだという。ドライバー側の走らせ方による挙動の変化と、マシンのセットアップによる挙動の変化、これらを適切に切り分けて考えられるドライバーでないと、究極のフィードバックはできないからだ。

 理論派でクルマ好きな岩佐とは違い、「クルマの構造がどうなっているか、どういうものがセットアップに使われているかなどに興味のないドライバーも多い気がします。ただ、基本的には知っていて損はないと思います」と語る小池エンジニアは、こうも続けた。

「昨年リアムと取り組んだのはまさにそういったところでした」

「工場で『サードダンパーはここについてるよね』とか『こういう風にロッカーアームを伝ってダンパー、サスペンション、ホイールと繋がっていくよね』とか。実際に見ながら説明しました」

「クルマの構造はメカニックが一番詳しいので、そこはメカニックと話して、セットアップについてはエンジニアと話して……逆にドライビングのことは我々には分からないので、彼に聞いて……そういった本当に細かいところの話をみんなで話しました。そういった機会は個人的には大切にしています」

■放つ“オーラ”はメンタル由来か

 ではメンタル面はどうか? 確かにローソンは、どんな相手にも物怖じしない。兄弟チームのドライバーであるペレスを相手に激しくバトルし、レース中に中指を突き立てたメキシコシティGPでの振る舞いは批判を浴びたが、かつてのミハエル・シューマッハーのような図太さも感じられた。スーパーフォーミュラでもチームメイトでタイトルを争う野尻智紀を相手に、もてぎ戦のスタートでは一歩も譲らない先陣争いを見せ、最終鈴鹿大会では予選中に接触ギリギリの駆け引きを見せた。(ちなみにこの駆け引きに関しては、後日小池エンジニアが「自分の指示だった」とトークショーで明かしている)

 かといって、ローソンが単なる危険人物だったり“嫌な奴”と感じたことはなかった。取材対応に関しても誠実な印象。ただ、あくまで個人的な感覚ではあるが、ローソンからは一種の“オーラ”のようなものが感じられた。にこやかに話している中にも、どこか奥底から漂う緊張感のようなもの……。友人や知人に向かって話しているわけではない、あくまでプロフェッショナルとしてその場にいる。そんな雰囲気があった。

 F1に近い場所にいる外国人ドライバーなら、みんなそういうものなのでは? と思われるかもしれないが、2024年に来日したF2チャンピオン、テオ・プルシェールにはローソンと対照的な印象を受けた。オフのスーパーフォーミュラテストに参加したプルシェールに初めて取材した際、彼はローソンと比べるとリラックスし過ぎに感じるほど自然体で、スーパーフォーミュラのテストを心の底から楽しんでいるように見えた。薄いバリアのような、張り詰めたものは感じなかった。どちらが良い悪いと言うつもりはないのだが。

 その後ローソンはレッドブルのポッドキャスト番組の中で、家族が自身のレース活動を支えるために家を売るほど全てを捧げていたということ、高校も出ずに親元を離れ、単身ヨーロッパに渡ってひたすらに夢を追いかけていたことを明かしていた。それを聞いた時、ローソンの“オーラ”の正体はそれかと、なんとなく腑に落ちた自分がいた。人間の覚悟や背負っているものの大きさは顔つきやオーラにも表れる、ということなのかもしれない。

 いち日本人としては、角田裕毅がレッドブルへの昇格を逃したことは非常に残念だ。ただ、その彼に代わってトップチームのシートを射止めた男……日本という極東の島国で大きな衝撃を残し、爪を研いできた男の行く末も、しかと見届けたい。