「だれでも映画を撮れる時代」をテーマに、年齢や性別、職業、若手とベテラン、メジャーとインディーズの垣根を越えた映画制作を目指す短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」 。伊藤主税、阿部進之介、山田孝之らがプロデュースし、2021年よりシーズン1~5まで俳優、映画監督、漫画家、ミュージシャンなど総勢42名が監督した短編映画をオムニバス形式で公開。本作、シーズン6は、俳優の小栗旬と浅野忠信、一般公募から選ばれた俳優の岡本多緒、鬼木幸治、増田彩来が監督を務める全5作品となっています。今回はこのプロジェクトのプロデューサーのひとりであり、浅野忠信作品『男と鳥』に出演した阿部進之介さんにお話を伺います。
――阿部さんは昔から映画がお好きだったのですか。
映画はもちろん好きです。子供の頃から家族でレンタルビデオ屋さんに行ったりもしましたし、週末には皆で『スター・ウォーズ』を借りて観たりもしました。小学生ぐらいの時は、母親と一緒に映画館に行って1日3本ハシゴするみたいなこともしていました。母親は大人の作品を観て、その時間に僕は『ジュラシック・パーク』を観るみたいな感じでした(笑)。
――「映像業界に入ろう」と思ったきっかけを教えて下さい。
実は「俳優になろう」とか「映画(映像)を観たから俳優をやりたい」と思った訳ではないんです。“当たり前に映画がそこにあった”という感じです。映画が好きなことは、僕の中では当たり前で特別ではありませんでしたので、特にきっかけとなる作品はありませんでした。それでも何となくですが、“映像に関わる仕事をしたい”というのはありました。それで母親から「オーディションでも受けてみたら」と言われて、背中を押された感じです。その後、「書類を出したら、一次通ったよ」と言われた時は、本当に驚きました(笑)。
――何のオーディションだったのですか。
その時は、映像の制作会社が自社でも俳優を抱えて、俳優事務所を創りたいということでのオーディションでした。当時16歳ぐらいで、大阪に住んでいたのですが、最初のオーディションが東京で開催されて、5日間ぐらいのワークショップをして、最終日にオーディションをするみたいなものでした。後日連絡が来て【準グランプリ】を頂きました。そこからは稽古する度に夜行バスで東京に通っていたので、高校生の途中から週末は無かったですね(笑)。
――凄いですね、初めてお聞きしました。今年は阿部さんにとって激動の1年というか、人生の中で記憶に残る1年だったのではないでしょうか。エミー賞を受賞し、ゴールデングローブ賞ノミネートとなったドラマ「SHOGUN将軍」にも出演されていますし、プロデューサーを務める『MIRRORLIAR FILMS』が、今月、企業版ふるさと納税を活用した地方創生の良い事例として、映画のロケ地となった秋田県秋田市が、地方公共団体部門で大臣表彰をされました。
確かにそうかもしれません。『MIRRORLIAR FILMS』の活動も幸いなことに仲間と続けられていますし、どんどん拡大していっている感じがしています。ドラマ「SHOGUN将軍」も評価して頂いて、自分自身の状況も大きく変わってきています。
――私は『MIRRORLIAR FILMS』制作発表会見のことを覚えています。山田孝之さんをはじめとする企画メンバーとお話されていた当時を振り返って今、現在をどう感じられていますか。
確かに少しずつ少しずつ形が出来てきたというか、本当に手探りでやっていたので、それから認知もしていただいて、今回は映画制作に企業版ふるさと納税を使っています。色々な自治体から「うちでもやって欲しい」という問い合わせをいただいたり、企業からは「寄付したい」というお話もいただいています。取り組みが認められて来たという実感はあります。
秋田市では、「SEASON5」「SEASON6」の撮影をし、ワークショップを行って学生たちに映画を作ってもらったりもしました。そういう取り組みの中で地元の人たちに刺激を与えることが出来たという実感が凄くあります。ワークショップに参加した学生たちからは懇親会で、「夢が見つかりました」「私はプロデューサーになります」という言葉をもらったりもしました。そう考えると当初、思い描いていた「映画を制作して関係人口を広げて、仲間を増やす」という皆が漠然と思っていたことが「こういう形で叶っていく」という体験を通して実感しているところです。
――プロデューサー、監督(『MIRRORLIAR FILMS Season2』の『point』)、俳優と、阿部さんは仕事をしています。これを踏まえて俳優という仕事は、プロデューサーと監督を体験したことで考え方や見え方など変化はありましたか。
説明するのが非常に難しいのですが、俳優は演じる役のことを誰よりも一番に考えていないといけないと僕は思っています。誰よりも役のことを愛していないといけない。ただその役に対する愛し方、構築の仕方が大筋とズレてしまうと監督の演出やプロデューサーの方向性とズレてしまう、噛み合わなくなってしまうんです。だからそういう意味でいうと、全体を引いて見るという目が凄く培われたと思っています。脚本を読む力もそうだと思いますし、そもそも自分がこの映画でどんな存在でいるべきなのかを凄く引いた目線で前よりも見られている気がします。なおかつ、そこから自分の役についてミクロとマクロではありませんが、ギュッとフォーカスして“狙いはここ”と思った時に正しい方向で役に集中することが出来るようになったと思います。言い換えると、立場にあわせて目線の高さを使い分けて演じられるようになってきたと思っています。
他には責任という点でもそうです。自分が役をいただいても、どういうプロセスで映画が作られて、どんなドラマを作るのかを俳優として参加すると、最初からではなく途中から入ることになるので理解しづらいんです。でも、資金集めや脚本作りなど色々なことを経験し、実感したことで、途中から俳優として参加した場合でも責任感への意識に変化が生まれました。
――そんな中で、ドラマ「SHOGUN将軍」で真田広之さんと共演されました。ハリウッドでプロデューサー&俳優として活躍されている真田広之さんに刺激をもらったのではないですか。
いや~もう、何と言えばいいのか。超人にしか見えなかったです(笑)。やっぱり真田さんはキャリアが‥‥、5歳ぐらいからやられているんですよね。本当に百戦錬磨というか、色々な経験を積まれて、どんな状況でも実力を発揮出来るようになっているようでした。決して現場の環境のせいにしない、自分のキャパシティですべてを乗り越えて来たんだと思うんです。だからこその余裕というか、それが人間の器からも感じました。どんな状況もすべて受け入れて、要求するよりも自分がその中で能力を発揮する。それをやりつつプロデューサーとして、撮影が無い時も毎日現場にいらっしゃっていましたし、常に周りに気を遣っているんです。
役のイメージから真田さんは、静かで厳しい人かと思っていたのですが、実はとても気さくで皆を気遣って下さる方でした。インタビューで「もう役のことはずっと考えてきたし、プロデューサーとして「SHOGUN将軍」には関わってきたので、役作りは済んでいます。だから着替えたら直ぐに「じゃあ、やろうか」と自然に出来たんです」と言っているのを読んで、驚きました。そのインタビュー内容を知って、“そんなはずはない”と正直思ったんですが(笑)。でもそれぐらい役者としての能力というか、適応力や、演技の引出しを沢山持っている方がプロデューサーもやられている現場に参加でき、大変評価される作品になったことは今も信じられない気持ちです。
――「SHOGUN将軍」という作品を通して、阿部さん自身も世界から知られることになりました。これからのフィールドも広がったと思います。
そうですね。チャンスは増えるのではないかと思っています。かと言って「海外の仕事だけをしよう」という訳ではありません。もちろん『MIRRORLIAR FILMS』もやっていきますし、その時々のタイミングとご縁で仕事が出来たらいいと思っています。
――今は海外と日本の合作も多く作られていますね。
そうですね。合作の作品も「SHOGUN将軍」の後にやらせていただく機会がありました。その作品はフランス、ベルギー、日本との合作だったのですが、とても刺激的な経験でした。
――今後の指針を教えて下さい。
変わらず俳優として、自分を見てくださる方々の為に演じていきたいという想いがベースにあります。日本だから、アメリカだから、フランスだからとか関係なく、自分の中の感覚をしっかり持って、意識することなく色々な人と関わっていけたらいいなと。それが僕の生き方にも繋がっていったら、楽しい未来が待っていると思っています。人との関わりを大切にしたいですね。
阿部進之介さんによると、浅野忠信さんと「SHOGUN将軍」で共演した際に、『MIRRORLIAR FILMS』の話をし、監督をしないかと浅野さんを口説いたそう。物語の主人公であるゾンビ侍は、「SHOGUN将軍」の中で亡くなった侍のその後のストーリーを作ったらどうなるかという発想から生まれたとのこと。まさかの人間によるコマ撮り、そして雪深い秋田県でのロケ、阿部さんは鳥の衣装をつけてホウキにまたがるという前代未聞の撮影は忘れられない思い出になったそうです。
取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 岸 豊
作品情報
映画『MIRRORLIAR FILMS SEASON6』
浅野忠信監督作品、箱をめぐる摩訶不思議な冒険譚「男と鳥」。ある屋敷に入り込んだゾンビ侍は、神から「この箱を5分後に届けなさい」と頼まれる。ゾンビ侍が眠気をこらえながらも進んでいくと、そこへ箒に乗った鳥が登場。箱に関心を示し、ゾンビ侍を追いかけ回して、しつこく奪おうとしてくる。やがてゾンビ侍が眠気に負けてしまうと、鳥は箱を盗んで逃走。中に何か良いものが入っているはずだと開けようとするが、箱の蓋は固く、自らゾンビ侍の元へ戻っていく。また箱を持って、目的地がわからずあちこちを彷徨うゾンビ侍。そしてひょんなことから、ゾンビ侍と鳥は大工(板橋駿谷)に作業場での手伝いをさせられることに。またもゾンビ侍がうたた寝をしてしまった隙を見て鳥は箱を狙い、トンカチを落として開けようとする。それでも箱は開かない。動きたがらないゾンビ侍を無理やり鳥は引き連れ、2人は階段にたどり着く。目的地らしき場所に着いた2人を「会えた‥‥やっと持ってきたね」と待ち受けていたのは‥‥。
監督・脚本:浅野忠信
出演:田中一平、阿部進之介、大原海輝、板橋駿谷
配給:アップリンク
©2024 MIRRORLIAR FILMS PROJECT
公開中
公式サイト films.mirrorliar
イベント情報
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