かつて石井紘基という政治家がいた。オウム真理教や統一教会の被害者救済などに関わり、日本道路公団をはじめ特殊法人への不正追及で注目を浴びた政治家だった。驚くような情報を持って政府を質問攻めにして、「国会の爆弾発言男」とも呼ばれた。

 しかし石井は02年10月、自宅駐車場で暗殺された。犯人は右翼団体代表を名乗る男。金銭トラブルが動機だと犯人はいったが、あまりにも不自然で不可解だった。犯人が捕まったのを理由に、警察はそれ以上の捜査をしなかった。石井は何か大きな情報を握り、それが世間に出ることを怖れた者が暗殺を画策したのかもしれない。

 元明石市長の泉房穂は石井の秘書を務めたことがあり、泉は石井から大きな影響を受けてきた。本書で泉は政治家・石井紘基の足跡を辿り、その思想と行動について考える。

 日本は官僚社会主義国家である、というのが石井の見立てだった。石井は中央大学法学部を卒業後、早稲田大学法学部大学院に在学中モスクワ大学へ留学した。モスクワ大学で博士号を授与されるが、モスクワで彼が見たのは官僚に支配されるソ連社会の実態だった。

 石井は帰国して、日本も官僚に支配されているのは同じだと痛感する。社会を官僚から市民の手に取り戻すことが石井の願いであり、政治家としての目標だった。

 泉は衆議院議員を2年務めた後、明石市長になる。就任してすぐ財政部から告げられたのは「明石市は3年後に破綻する」ということだった。

 当初は泉も真に受けた。しかし3年経っても4年経っても破綻の兆しはない。担当者を問い詰めて明らかになったのは、呆れるような事実。想定した数字は、市の収入が最小になった場合と市の支出が最大になった場合を組み合わせたものだった。

 なぜそんな非現実的な数字を出したのか。根底にあるのは自己保身と組織防衛だ。中央官庁であれ地方自治体であれ、官僚は自分と自分が所属する官庁のために働く。市民の幸福なんて1ミリも考えていない。しかも中央官庁は地方を従僕のごとく考えているから始末に負えない。打倒官僚支配が彼の信念となる。

 泉は「廃県置圏」を訴える。都道府県は国と市町村の間の中間管理職にすぎず、市町村が自由な政策を取ろうとすると足を引っ張るだけ。都道府県を廃止して、市町村を全国300の圏域に変えることで、さまざまな政策や予算執行のスピードは速くなり、いろいろなムダも省けるというのだ。

 実際、能登の地震災害などを見ていても、間に県が挟まるより、国と市町村がダイレクトにやりとりしたほうがいいのではないかと思うことがたくさんある。

 本書の後半は、石井の娘で秘書だった石井ターニャ、石井暗殺の真相究明プロジェクトを続ける弁護士の紀藤正樹、経済学者の安冨歩の3人が泉と対談。 石井紘基暗殺を命じたのはいったい誰なのか。真実を知りたい。

《「わが恩師石井紘基が見破った官僚国家日本の闇泉房穂・著/1045円(集英社新書)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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