『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち』(集英社新書)の第一章では、40年以上仕事をともにしてきた松任谷由実について語られている。中でもライブパフォーマンスにかける情熱は他ミュージシャンの追随を許さないと評し、その熱量が結実したのが伝説となっている「YUMING SPECTACLE SHANGRILA」だ。松任谷由実と武部聡志が当時のパフォーマンスを振り返る。〈全3回の2回目〉
ユーミンの音楽の世界観とは
――武部さんは本書でこう話しています。どれだけショーアップ化されても、ライブのベースにあるのはつねに「ユーミンの音楽の世界観」だ、と。音楽監督として、由実さんの音楽の世界観をなによりも大事にしてきたということですね。
武部聡志(以下、武部) ええ。ユーミンは好奇心旺盛だから、テーマは無数にあると思うんです。でもなるべくユーミンが描いた景色を一緒にイメージできるようにと思って、僕はステージに上がっています。悩んだ時は必ず歌詞に立ち返るようにして。
松任谷由実(以下、ユーミン) 武部さんが好きだと言ってくれる私のナンバーは、「ああ、わかってくれてるな」と思うものばかりなんです。「夕涼み」(82年)とか「July」(93年)とか。武部さんは私の世界観、その匂いや湿度まで理解してくれているんですね。嬉しいです。
武部 温度や湿度や、例えばむせ返るような夏の情景などを、音楽であそこまで描いていることがすごいことだと思うんです。映画ならともかく、歌でその情景を。
ユーミン たぶんボーカルだけでなく、時間が経つと聴いた人の記憶と混ざり合って、そのナンバーが育っていくところもあるんです。ボーカル単体ではとても難しくて、なんか申し訳ないっていう感じ。
武部 いや、そうは言ってもユーミンの声でないと、ああはならないんですよね。「夕涼み」を、もっと歌い上げるタイプのボーカルの人が歌ったら、あのムードには絶対にならないわけだし。
ユーミン うん、ムードね。
武部 それこそがお客さんにいちばん伝わるものじゃないですか。ユーミンのツアーを通して学んできたことです。
ユーミン よく言いますよ(笑)。
武部 いや、本当に(笑)。ユーミンのツアーは毎回学びの場で、ツアーごとに新しい発見や気づきがある。だから続けてこられたところもあるんです。
ユーミン それは武部さんが学ぼうとしているからかもね。このお立場になると、サポートメンバーをする機会がまずないでしょう?
武部 うん、そうね。
ユーミン テレビ番組やライブで音楽監督をすることはあっても、あるシンガーのサポートをして、ツアーをやることはないかもしれない。でも本数をある程度やらないと、学びって起きないじゃない?
武部 我々のショーの場合、一回ごとにミーティングをして、毎回クオリティーを上げていくような作り方をしているから、つねに発見があって、それを次のショーに生かせるんだよね。
ユーミン これまできちんと結果を残してきたから、無理難題が出てきてもきっとクリアできるはずという信頼関係がある、すべてのスタッフとの間に。毎回が結果の積み重ねというか。それこそ「YUMING SPECTACLE SHANGRILA」(1999、2003、07年)なんて、ねえ?
武部 よくできたなって思うよね。
ユーミン ほんと。時代もよかったよね。ああいうことをやらせてもらえる時代だったし、興行的にも失敗しなくて。
武部 そうそう、結果がちゃんと伴ったからね。
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SHANGRILAと羽生結弦のアイスショー
ユーミン それぞれの立場で、まったくやったことのないことをしたんだと思うけれど……話は少しそれますが、武部さんが音楽監督を務めた羽生結弦さんのアイスショー「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome」を観にいって、すごく誇らしかったのと同時に、「SHANGRILA」のノウハウみたいなものが、とくにタイミングに生きていると思った。
武部 そうかもしれないね。
ユーミン パフォーマンスに対する音楽の、コンマ何秒のタイミング。
武部 羽生さんもそういうものを求めていたから、うまくできたんだと思う。漫然とパフォーマンスして、漫然と音楽を作っているだけだと、観客には何も伝わらないから。
「SHANGRILA」は、ユーミンの音楽の世界観がベースにあるけど、ユーミンのボーカルやパフォーマンス、我々の演奏、ライティング……いろいろな要素をすべて融合して、それを演出の松任谷(正隆)さんが形にしていった。
いちばん大変だったのは松任谷さんかもしれないけどね。
ユーミン うん、大変だったし、好きな部分だったと思う。エフェクトで見せていくショーは多いけれど、ストーリーがなかったりするじゃない? 必要なのは心に残るストーリーだよね。
武部 そうじゃないと、ただ派手なだけで終わってしまう。
ユーミン そう、テクニカルなことで終わっちゃうけれど、「SHANGRILA」はそこにハートがあった。
武部 今話していて思ったのは、ユーミンの音楽も、松任谷さんの演出も、最先端のものを追い求めているだけじゃなく、すごくアナログなもの、人間の根源的な部分をつねに見失っていない。それがこれだけ長いあいだツアーを続けてこられた、いちばんの要因だと思うな。
ユーミン 作品を作っている途中で、気づくことがあるんだよね。人はこれで及第点をくれるかもしれないけれど、何か足りないなって。プロデューサーからも、いいと思ってないだろうと言われて、合致する時がある。
そこからレコーディングに入っていくんだけれど、最初のインスピレーションやアイデア、そこの0を1にする時の実感がなければ、その1を100とか、2000とかにはしてもらえない。そこで妥協してこなかったことは、シンガー・ソングライターとして誇りに思う。
その感覚がなくなったら、ステージも何もできないと思うな。一緒にやるミュージシャンにも、楽曲が説得力を持てないから。
武部 我々ミュージシャンの立場からしても、ユーミンの作る音楽が魅力的なのは、ユーミン自身がインスピレーションや動機を大事にして、つねに高いところを目指してきたからだよね。だからこそそこにハートを感じられるんだと思う。それが言葉の壁を越えて、海外のミュージシャンたちとも通じ合えた理由じゃないかな。
例えばロサンゼルスでレコーディングをした時は、LAのミュージシャンたちが詞を完璧に理解していなかったかもしれない。でも大切なものは、こうやってきちんと伝わるんだと思った気がするな。
#3に続く
取材・文/門間雄介 撮影/伊藤彰紀
武部聡志ヘアメイク/下田英里 松任谷由実ヘアメイク/遠山直樹