第59回:ミュージカル・クライムドラマ 仏出品、スペイン語映画『Emilia Perez  (原題)』の女優たち

サンローラン発信映画とは

映画とファッションの関係性の歴史は長い。しかし、ブランドのメゾンそのものが長編映画製作に乗り込んでくるというのは、今まで聞いたことがない。就任から8年以上が経ったファッションブランド「サンローラン(SAINT LAURENT))」のクリエイティブ・ディレクター、アンソニー・ヴァカレロは自ら映画通を公言。彼のシンプルかつ洗練されたファッションセンスは自らが見てきた映画から触発されてきたと語っているそうで、創業者イヴ・サンローランの服が、『昼顔』のカトリーヌ・ドヌーヴの衣装として映画の中で主人公の体の一部として生きていたことが印象的だったそうだ。

ヴァカレロ率いるサンローランの映画進出は自然な成り行き。彼がクリエイティブ・ディレクターに就任してから、ブランドCM制作のために出会ったのがフィルムメーカー、ギャスパー・ノエとウォン・カーウァイやジム・ジャームッシュ。ブランドの美学を映画の中に見出したヴァカレロ。映画製作を本格的に開始するために、巨匠ジャン=リュック・ゴダールとやりとりを開始したものの、ゴダールが22年に他界。しかし、ヴァカレロの映画への情熱は絶えることなく、2023年にサンローラン・プロダクションを設立。敬愛するスペイン監督ペドロ・アルモドバルの短編西部劇『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』(2023)をプロデュース。1910年が舞台のこの映画は、イーサン・ホークとペドロ・パスカルが主演。男性社会で生きるゲイ保安官たちのドラマを描き、アルモドバル監督らしいカラフルな色彩に合わせたヴァカレロの衣装デザインも見どころである。

今年のカンヌでは、『エミリア・ペレス』のほかに、パオロ・ソレンティーノ監督作、ゲイリー・オールドマン出演の映画『Parthenope (原題)』とデヴィッド・クローネンバーグのアートハウス・ホラー『The Shrouds(原題)』と、彼がプロデュースした3作品ともコンペ作品に選ばれ、メゾンの目指すシネマワールドにはハリウッドも注目。自らのラジカルなビジョンを開花させる上で影響を受けた監督たちの作品をまず最初にプロデュースしたかったと語っていたヴァカレロ。今後、新進気鋭の若い監督たちともコラボしたいと、夢を実現する自信に満ちたファッション界の鬼才のセンスは『エミリア・ペレス』の女優たちが歩く赤絨毯のドレスに反映されることは間違いない。

文 / 宮国訪香子

映画『Emilia Perez  (原題)』

弁護士リタは、麻薬カルテルのボス、マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、イギリスで新たな人生を歩むリタの前に現れたのは、新しい存在として生きるエミリア・ペレスだった。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみを絡め、彼女たちの人生が再び動き出す。

監督・脚本:ジャック・オーディアール

出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス

配給:ギャガ
  
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2025年3月28日(金) 新宿ピカデリーほかにて全国公開