丘みどり 20周年記念アルバム『JOURNEY』全曲レビュー、カバーとオリジナル曲で巡る一篇の物語

演歌歌手としてコンサートやテレビの歌番組に出演するかたわら、舞台やバラエティ番組、旅番組など様々なフィールドでマルチに活動する歌手・丘みどり。2024年8月に歌手活動20年目に突入した彼女は、今や老若男女あらゆる世代に愛される存在となった。そんな丘みどりが12月25日のクリスマス当日に20周年記念アルバム『JOURNEY』をリリースする。

このアルバムは色々な場所を巡りながら出会いと別れを経験し、自立していく一人の女性の物語を描くコンセプトアルバムとなっており、彼女のオリジナル楽曲+幅広い年代のカバー曲+ナレーショントラックの計18曲が収録されている。彼女は常日頃から「今まで演歌を聴いたことがない人に演歌を届けたい」という想いを公言しており、これまでコンサートやバラエティ番組で昭和歌謡から80年代アイドル楽曲まで様々な歌をカバーしてきた。そんなこともあって、このオリジナル&カバーアルバムが20周年という節目を飾るのも、新たな層へのアプローチという観点で考えると特に不思議なことではないだろう。

アルバムは華やかな赤いドレス姿が目印の通常盤と、端麗な青いドレス姿がカバーを飾る初回限定盤の2種類で発売され、初回限定盤のみスペシャルブックレット付きの20周年ベストアルバムがDISC2として同梱される。ベストアルバムには「おけさ渡り鳥」「北国、海岸線」「何度も何度も~母への想い」「霧の川」「佐渡の夕笛」「鳰の湖」「紙の鶴」「白山雪舞い」「明日へのメロディ」「みどりのケセラセラ」「雪陽炎」「椿姫咲いた」「走馬燈」「Rebirth」「あなたと、君と」「花の旅・夢の旅」の計16曲を収録。デビュー曲や、紅白歌合戦で歌唱した代表曲など、丘みどりの20年の軌跡がレコード会社の枠を跳び越えて余すことなく収められているため、丘みどり入門編としてもぴったりな1枚となっている。

今回はDISC1に収録されているオリジナル+カバーについてレビューをしていこう。上述したように、このアルバムは港町や田舎町、異国を巡りながら1人の女性が自立していく様を曲の舞台や歌詞の心情を交えながら描いており、その物語の補強として、丘が朗読する5曲のナレーショントラックも所々組み込まれている(M1,5,9,12,15)。主人公の女性がどのような気持ちで舞台を巡ったのか、レビューを読みながら紐解いていこう。

M2「涙唄」




失恋してしまった女性が、雨が降る寒い夜の日を思い出すところからこの物語は始まる。現代女性の孤独と悲しみがつづられた、2024年2月に発表された丘のオリジナル演歌歌謡だ。誰もが共感する普遍的なシチュエーションを描いた歌詞と、心の寂しさと諦念を込めた丘の力強い歌声は、聞く者の心を激しく揺さぶってくる。失恋直後というストーリーも相まって、街で見かけるカップルの幸せな雰囲気に当てられる様や、「あたしの人生 何なのか」と寂しげに吐露する姿など、主人公が感じる悲しみは最早どん底。サビの「寒いよ」という虚空に消える心の叫びは、誰が聴いてくれるのだろうか。

M3「みずいろの雨」




主人公の悲しみはまだまだ続く。原曲は1978年に発売された八神純子の楽曲で、躍動感と疾走感のあるピアノとパーカッション、所々で聴こえるブラスやホイッスル、ラストの印象的なギターソロなど、サンバの要素を取り入れたアップテンポなサウンドでありながら、聴き進めていくと焦燥と哀愁がどんどん募っていく不思議な1曲だ。今回のカバーではリズムをあえて崩すような原曲のボーカルの抑揚は控えめにしている一方で、丘の張りのある歌声と圧倒的な声の伸びを前面に押し出した内容で構成。特にサビの「私の肩を抱いてつつんで 降り続くの」のロングトーンが段階的に力強さを増していく様は丘の歌唱技術があるからこそできる匠の技だ。

M4「難破船」




別れた相手への未練と後悔、そして自身が抱える寂しさを歌った加藤登紀子による昭和の名曲で、今回のカバーではこの楽曲の知名度を押し上げた中森明菜のカバーバージョンのアレンジが採用されている。丘の元々の歌声に一本芯があるため、今にも消えてしまいそうな中森版と比べると感情の込め方は強めに聴こえるが、アルバムの物語の主人公がこのあと自立していくことを加味すると、この表現の方が適切なようにも思えてくる。

M6「DEPARTURES」




旅立ちのナレーションを挟んで流れるのは、“出発”を意味する90年代を代表するglobeの名曲。丘みどり×小室哲哉サウンドの組み合わせの意外性はこのアルバムの中でもフックとなっており、こぶしを交えた丘の力強い歌声のイメージが先行している人ほど、この曲での彼女の繊細な歌声に驚くはずだ。この曲の特徴の一つは、サビで一気に高音へと変化するボーカルレンジの広さ。それを苦にせず伸びやかな高音を響かせる丘の歌声に惚れ惚れすること間違いなし。

M7「かもめの街」




旅立って最初に降り立った場所は、かもめが飛び回る港町。地方の寂れた港町を舞台に、ここで生きていくしかない1人の女性の人生をかもめに重ねた歌謡曲だ。原曲の繊細な歌声の雰囲気を踏襲しつつ、セリフのようなAメロの抑揚の付け具合、感情をたっぷりと乗せたサビの表現、そしてラストの「あ~あ~」での様々な感情を吐き出すようなこぶし回しなど、演歌に近い歌謡曲ということもあって、丘の力強い節回しを存分に味わえる1曲となっている。悲しく落ち込んでいたこれまでの楽曲と比べると、本曲の女性はこの街で生きる運命を受け入れている。アルバムの主人公も、徐々に心が上向いてきたのだろうか。

M8「桜色舞うころ」




失って初めてその愛の大きさを知る。噛み締めるように歌う儚くも優しい丘の歌声、そしてピアノとハープの美しい音色は、ここまでの激しい悲しみの感情が徐々に落ち着き、その悲しさが良き思い出に変わりつつあることを示唆しているのだろう。中島美嘉の2005年の名バラードのカバーは、アルバムの主人公の心の変化を示す大きなアクセントになっている。演歌の情感の強さとは対極にある楽曲だが、慈しむような伸びやかな高音など、丘みどりはこのような繊細な歌唱表現も一級品なのだと改めて示す形となったと言っていいだろう。

M10「伊那のふる里」




寂れた港町から我が故郷へ。演歌ではお馴染みの“故郷”をテーマにした、いつまで経っても帰らぬ人を想う気持ちを歌った王道の演歌歌謡は、2018年にリリースされた自身の代表曲の1つである。豪快さと繊細さを両立させた和笛や筝の音色など、バックで流れる華やかなサウンドが印象的で、それに負けないくらい力強くこぶしを回す丘の歌声も惚れ惚れするほど気持ちが良い。長野の雄大な自然が目に浮かぶ歌詞にも注目だ。

M11「帰ってこいよ




津軽三味線を鳴らして歌う姿が有名な演歌歌手・松村和子の代表曲のカバー。2017年リリースの1stアルバム「The First Album〜みどりの風〜」にも収録されている楽曲だが、今回はキーを半音ほど上げた新録版となっており、その影響もあって、東京に出ていった女性を想う湿っぽい歌詞にもかかわらず、全体的にカラッとした印象を抱いた人も多いはずだ。はつらつとした津軽三味線の音色も心に沁みわたることだろう。

M13「異邦人」




故郷の田舎町から海外へ。オリエンタルな雰囲気で大ヒットした久保田早紀の名曲のカバーであり、彷徨いながらも前に進むしかない女性の心情を描いたこの曲は、傷心旅行のシチュエーションにぴったりである。この曲の特徴の一つは、歌い出しから哀愁漂う短調の音色で展開されていた楽曲が、サビに突入した瞬間に広がりのある長調へと転調していく一連の流れだろう。切り替わるポイントがはっきりしているため、歌い方によってはABメロとサビが分離してしまいがちだが、丘の歌声がシームレスに転調を繋いでいるおかげで違和感なく聴くことができる。これも彼女の歌唱技術があってこそだ。

M14「フライディ・チャイナタウン」




心の傷も癒え、軽やかに異国の地を歩く。近年のブームの影響もあって若い世代にも大人気の1曲となっている、1981年リリースの名シティ・ポップのカバー版。これまでのカバー曲とは全く雰囲気の異なるファンク・テイストのおしゃれなサウンドだが、それをものともせずしっかり乗りこなす丘の歌声は流石の一言だ。この楽曲の魅力の1つであるサビの「So」のパワフルな高音部分が、丘の安定した歌唱力のおかげでどこか余裕が感じられるようになっているのも面白い。

M16「浪漫飛行」




様々な場所での出会いと別れを経て、長い旅を終えた主人公のナレーションの後に流れるのは、言わずと知れた米米CLUBの国民的楽曲である。爽やかで大らかなポジティブソングなだけあって、主人公の吹っ切れた気持ちがこちらにも伝わってくるかのようだ。体が浮くようなふわふわした印象の原曲と比べると、今回のカバーは一本芯の通った彼女の歌声も相まって、どこか地に足が付いた雰囲気が感じられる。一方で、彼女の歌声には丸みを帯びた柔らかさが同居しているため、楽曲本来の心地良さがまったく失われていないのも大きなポイント。いつまでもこの楽曲の世界観に浸っていたくなる。

M17「大阪 LOVER」




4つ打ちのリズムで展開される、遠距離恋愛の女性を主人公としたDREAMS COME TRUEのポップソング。大阪弁を交えたコミカルでキュンとする歌詞を生き生きと歌う彼女の姿は、普段の親しみやすい丘みどりの姿に一番近いかもしれない。最初のナレーションの時点で、アルバムの主人公の恋がこのような結末を辿ると想像できた人はいただろうか?この結末を聴いたうえで、改めて最初からアルバムを聴き直してみても面白いだろう。

M18「トリドリ夢見鳥 feat. DJ KOO」



https://www.youtube.com/embed/i80rcWPspTI?si=wfCMb9NVPrnDxmSY

日本盆踊り協会の公式タイアップソングにもなっている、今回のアルバムのために書き下ろされた新曲は、三味線や和笛、さらには花火の音も取り入れた和風テクノなお祭りソング。ゲストボーカルとして盛り上げ隊長・DJ KOOも加わったことで、盆踊り会場という名のフロアが爆上がりすることは間違いなしだ。楽し気な丘の歌声と、はやし立てるように随所で挿入されるDJ KOOの合いの手の相性は意外にも抜群。最後に頭を空っぽにしながら踊り明かす様は、様々なことがあったアルバムを締めるのに相応しいだろう。

カバー曲は原曲のアレンジを踏襲することで丘みどりの歌声だけにフォーカスが可能となり、彼女の類まれな歌唱力と多彩な表現力をじっくり堪能することができるようになった。そして合間で挟まれるオリジナル楽曲も、様々な曲の雰囲気と照らし合わされることでその魅力がより引き立ち、新たな味わいを発見することができるで。丘みどりの20周年記念のアルバムとしても、1人の女性の気持ちの変遷を描いたコンセプトアルバムとしても完成度が高い1枚となっている。また、どんな楽曲を歌わせてもその楽曲の良さを引き出せるのは、演歌歌手としてはもちろん、ボーカリストとしての実力が屈指であることの証。このアルバムは彼女の様々な可能性を感じられる1枚にもなっている。

年明けの2025年1月2日からは、自身が主演を務める舞台「おちか奮闘記」が東京・三越劇場で公演予定。丘にとってはこれが舞台初挑戦。演歌で培った表現力がどのように発揮されるのか、ファンのみならずとも注目だ。今後も、演歌歌手というしっかりとした軸を持ちながら、様々なフィールドに挑戦する丘の姿を見ることができるに違いない。20周年はただの通過点。演歌歌手としての円熟味を深めながら、丘みどりは今日も歌い続ける。

Information



20周年アルバム『JOURNEY』

発売日:12月25日

buy:https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICX-91189/

listen:https://king-records.lnk.to/OkaMidori_JOURNEY




初回限定盤 豪華ケース+スペシャルブックレット付

品番:KICX-91189

価格:¥7,500(税込)

収録内容:

<DISC1>

M01:都会-Narration-

M02:涙唄

M03:みずいろの雨

M04:難破船

M05:旅立ち-Narration-

M06:DEPARTURES

M07:かもめの街

M08:桜色舞うころ

M09:故郷帰行-Narration-

M10:伊那のふる里

M11:帰ってこいよ

M12:渡航-Narration-

M13:異邦人

M14:フライディ・チャイナタウン

M15:帰国-Narration-

M16:浪漫飛行

M17:大阪LOVER

M18:トリドリ夢見鳥 feat. DJ KOO

<DISC2:20th Anniversary Best>

M01:おけさ渡り鳥

M02:北国、海岸線

M03:何度も何度も~母への想い~

M04:霧の川

M05:佐渡の夕笛

M06:鳰の湖

M07:紙の鶴

M08:白山雪舞い

M09:明日へのメロディ

M10:みどりのケセラセラ

M11:雪陽炎

M12:椿姫咲いた

M13:走馬燈

M14:Rebirth

M15:あなたと、君と(三田村邦彦・丘みどり)

M16:花の旅・夢の旅




通常盤

品番:KICX-1189

価格:¥3,500(税込)

収録内容:

初回限定盤<DISC1>と同じ