「日本プロ野球(NPB)の福岡ソフトバンクは12月5日、ヤンキースからフリー・エージェントになっていたフアン・ソト外野手の獲得を発表した。15年総額7億6500万ドル(約1147億円)。米大リーグからFAになった外野手では注目の一人で、来季はホークス打線の中軸になることを期待される。26歳のソトはナショナルズ時代の2020年に首位打者タイトルを獲得。今季は打率.288、41本塁打、109打点でヤンキースのア・リーグ優勝に貢献した」――。
もしも、日本にメジャーリーグ(MLB)に匹敵するようなプロ野球リーグがあったなら、今頃はそんなニュースが流れていたかもしれない。
もしも、日本プロ野球(NPB)がMLBに匹敵する経営規模のリーグだったなら、ソト獲得を逃した読売ジャイアンツや阪神タイガースがコービン・バーンズ投手(前オリオールズ)や、アレックス・ブレグマン内野手(前アストロズ)を狙っているというニュースが飛び交っていたかもしれない。
MLBのトップ・プレーヤーが移籍先としてNPB=日本でのプレーを考えるなんて、馬鹿げた空想物語だろう。アメリカには世界最強のプロ野球リーグがあり、我らが日本のプロ野球リーグも、海外拠点の下部組織みたいな扱いに見える。だから、佐々木朗希のポスティング容認や、上沢直之の日本球界復帰について論議になるのは日本だけで、アメリカではリーグ関係者もメディアも「問題なし」。誰一人、気にしてない。
欧州サッカーに詳しい人に話を聞くと、そういう現象はプロサッカー(フットボール)リーグでは起きないらしい。いわく、「欧州各国のプロリーグの間には、対等とは言えないまでも、それに近い立場で移籍交渉ができる選手契約や移籍金(ポスティング制度で言う譲渡金と考えられる)のルールがあるから」。 日米のプロ野球と同様、欧州各国のプロサッカーの間にもプレーのレベルや収益に格差はあるらしいので、サッカーでも異国間の移籍は選手個人の「ステップアップ」や「大幅昇給」と考えられるのに、佐々木や上沢の移籍のように問題視されることは稀だという。過去数年、フランス(リーグ・アン)のスター選手キリアン・ムバッペがスペイン(リーガ・エスパニョール)へ移籍したり、英国(プレミアリーグ)のスター選手ハリー・ケインがドイツ(ブンデスリーガ)へ移籍しているが、(チームのサポーターの感情的なしこりはともかく)移籍制度そのものが、論議になったことはないという。
そういう洗練された異国間の関係や移籍ルールがあることを羨ましく思うのは、私だけではないと思う。NPBとMLBにも似たような関係やルールがあるのなら、佐々木のポスティングが問題視されることはなかっただろうし、そもそもポスティング制度なんて必要なかったはずだ。
契約金が安く抑えられる「25歳ルール」も存在せず、むしろ、若くて才能のある海外の選手ならば、サッカー同様、高額の譲渡金(移籍金)を所属球団に支払う形で、選手も球団もお互いに利益が生じる形で移籍できたはずなので、ファンの方々の複雑な感情もいくらかは軽減されただろう。
ポスティング制度はともかく、「25歳ルール」については、NPBや日本の選手会が強く、強く(あえて2回書く)異議申し立ててほしい。洗練されたNPBと、ドミニカ共和国やプエルトリコの10代のアマチュア選手を似たような扱いにするのはどう考えたっておかしいし、中南米の若手選手の契約金高騰を抑制するのが本来の目的だったのなら、日本プロ野球の逸材を青田買いするルールとして狡猾に利用されている現状は理不尽だ。
このまま何も変わらないのならば、「NPBがMLBのマイナーリーグ化している」という危惧は今後も消え去ることがない。NPBのスター選手は「より高いレベルで自分を試したい」と言ってMLB移籍を目指すけれど、普通の感覚を持った社会人なら、それだけで育ててもらった会社への忠誠心や上司や同僚に対する義理人情を捨てるわけがない。会社が容認してくれるのならば、より良い待遇の会社を選ぶ方が自然なことで、同じ仕事をしながら、年収500万円より5000万円。年俸5億円より50億円を目指すのは当然なのだ。 残された社員が考えるべきことは、「どうしてウチの会社は優秀な社員を海外の同業者に引き抜かれてしまうのだろう?」である。NPBの平均観客動員数はMLBと同規模(約3万人)で、むしろNPBの方が客が入っているというのが真実なら、「どうして、総収入はMLBの約1.5兆円に対して、NPBが2000億円以下なんだろう?」と考えて然るべきではないか。
すでに多くの著名人が指摘しているように、両国間のテレビ(ストリーミング・サービス)放映権や、高額チケット=VIPルームの数、売店収益の分配率など球場における収益の大きな違いなど、格差が生まれる土壌は明確化している。水面下で改革が進んでいるのなら、一刻も早く結果を出すべきで、まったく進んでないのなら今すぐ何か手を打つべきだろう。
インターナショナルな大企業=MLBと、ドメスティックな中小企業=NPB。日本のプロ選手たちはそんな日米格差によって、将来を大きく左右される運命にある。
NPBの契約更新ニュースから推定すると、来季のNPB最高年俸はロベルト・オスナ投手(ソフトバンク)の10億円である。2位が坂本勇人内野手(巨人)と村上宗隆(ヤクルト)の6億円で、以下、柳田悠岐外野手(ソフトバンク)の5億7000万円や、近藤健介外野手(ソフトバンク)の5億5000万円……と続く。
グレゴリー・ポランコ外野手(ロッテ)、有原航平投手(ソフトバンク)、山田哲人内野手(ヤクルト)、浅村栄斗内野手(楽天)が5億円と続いている。
一方、MLBの年俸ランキング(その多くが可変式なので年平均)は、1位が大谷翔平(ドジャース)の7000万ドル(107億9,085万円)、2位が冒頭に挙げたソト(メッツ)の5100万ドル(78億5979万円)となっており、以下、ザック・ウィーラー(フィリーズ)の4200万ドル(64億7050万円)、アーロン・ジャッジ(ヤンキース)の4000万ドル(61億1145万円)……と文字通り桁外れの金額が並ぶ。 MLBの大谷やソト、NPBのオスナはそれぞれのリーグの「別格」と考えられるが、彼らより(平均)年俸が少ない選手たちでも日米格差は10:1前後もある。それに、NPB最高年俸のオスナでも、MLBでは196位のアーロン・バマー(ブレーブス)、ハンター・レンフロー(ロイヤルズ) 、マウリシオ・デュボン(アストロズ)と同等だし、来オフのMLB移籍を狙う村上は、同259位のカッター・クロフォードの385万ドルや、同260位のタナー・ハウク(ともにレッドソックス)の375万ドルを少し上回る程度だ。
ちなみにバマーはメジャー8年間で通算5セーブの中継ぎ左腕、レンフローは9年間で通算192本塁打のベテラン外野手、デュボンは内外野を兼任できる貴重な万能選手で、決してスター選手ではない。
クロフォードやハウクは、今後も怪我なく先発ローテーションを守り続けることができれば、FA権取得後は村上はもちろん、オスナも楽勝で抜く高額契約を結ぶことになる。それがMLBの年俸上昇のパターンであり、結果的にNPBで成功した選手たちが、若くしてMLBに移籍したいと思う要因の一つとなっている。
もしも、NPBがMLBに匹敵するようなリーグだったら、「トップクラスのクローザー」であるオスナは、23年オフにソフトバンクから自由契約になった際、4年総額40億円超の契約ではなく、エドウィン・ディアズ(メッツ)やジョッシュ・ヘイダー(パドレス)のように、年俸1900万ドル(29億円)超の大型長期契約を結んでいただろう。
もしも、NPBがMLBに匹敵するようなリーグだったら、「NPB屈指の若手スラッガー」である村上は22年のオフに3年総額18億円ではなく、同年夏、同じ三塁手のオースティン・ライリー(ブレーブス)が結んだ球団史上最高総額の10年2億1200万ドル(約32億6480万円)規模の大型契約で残留に合意し、ヤクルトは未来のFA流出を阻止できたかもしれない。 NPBがそうなるためにはまず、外国人枠を全面的に撤廃しなければならないし、MLBの10分の1以下とも言われる球団の経営規模の格差を埋めないといけない。さらに球団と地域社会の関係や、貨幣価値の相違、外国人労働者の流入などなど、日米格差解消のための課題は数え切れない。だが、それを解消できない限り、今後も日本から米国へ旅立っていく選手は増え続けるのみである。
日本だけでは心許ないのなら、世界的な企業も多い=経済力のある韓国(KBO)や台湾(CPBL)を巻き込んで、全28球団のアジア・スーパーリーグみたいなものを新たに立ち上げて、MLBに匹敵する経済規模のリーグを作ったっていい。そうなると、「日本一」や「セ・リーグ優勝」という枠組みが問題になるだろうけれど、我々日本人なら伝統を崩さず、MLBと比肩できるような国際的なリーグにすることは可能なのではないか。
野茂英雄の時代には「メジャー挑戦」と言われていたことが、もはや「メジャー移籍」と言われるような昨今である。ならば、いつまで経っても「日本プロ野球がメジャーリーグのファーム組織化している」と嘆くのではなく、ロブ・マンフレッドMLBコミッショナーや、MLB各球団のオーナーが、「なに考えてんだ、日本人? あいつらヤバくね?」と思わせるぐらいの画期的な変革を断行すべきなんじゃないのかーー。
そんな風に物思いに耽っているところに、35歳の菅野智之投手が、単年1300万ドル(約19億5000万円)でオリオールズに移籍したというニュースが飛び込んできた。
立場も実績も状況も大違いなので、栄転したような感じになっており、佐々木や上沢の時のような反応とは当然、大違いなのだが、「主力選手が他球団に移籍する」という現象は同じじゃないかなと思う。なぜなら、稚拙なポスティング容認も、アメリカからで戻ってからのFA移籍も、35歳の海外移籍も、本質的には同じ構造上の問題=「日米のプロ野球リーグ間に埋めようのない格差がある」からこそ起こったのだから。
もしも、日本にMLBに匹敵する経済規模のリーグが存在したのなら、菅野はかつてあんなに入団を熱望した巨人を後にしてまで、オリオールズに移籍していたのだろうか。
そう思わずにはいられない、2024年の年の瀬なのである――。
●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。’97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した’01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。’08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
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