レガシー戦略は招致段階から始まっている
パリの貧困地区と言われるエリアに建設された選手村。大会終了後は、低所得層や学生向けの集合住宅、オフィスに生まれ変わる予定 photo by AFLO SPORT
「インパクト&レガシー戦略評価監督委員会」と聞くと大会が終わったあとの仕事のようなイメージだが、山田氏は大会よりも2年も前の2022年7月に任命されている。山田氏はオリンピックやパラリンピックのレガシーを遺すためには、その後の意識も大切だが、招致の段階からレガシーを計画の中心に据えていこうという意識や、そこから生まれたコンセプトを準備段階からしっかりと関係者間の共通認識とすることが重要だという。パリ2024大会では、それがしっかり出来ていたことが、大きな成果に繋がっているのではないかと分析する。さらに山田氏が重要だと考えるのが、開催国や都市の事情に合わせた計画を立てるということ。
「たとえばパリ2024大会で選手村が置かれた場所は、地元では貧困地区と言われるエリアです。そうした場所や地元企業に還元していくために、大会をどう設計すればいいのかということが、今大会では重視されました。今まではサプライヤーやスポンサーには、誰もが知っているような大企業がなるというのが一般的でしたが、そうではなくてもっと地元の企業にも開かれたものにしようということで大会が設計されました。そのひとつが、地元のさまざまな企業が利用できるプラットフォームです。大会関連の契約にはどんなものがあって、自分たちが関われるものがあるのか、入札に参加するにはどうしたらいいのか、そういったことを知ってもらうためのプラットフォームで、中小企業や零細企業でも、入札に参入できるように情報やアドバイスを提供しました」
その結果、パリ大会のサプライヤーの90%がフランス企業で、75%が零細企業と中小企業という驚異的な結果となった。このプラットフォームは大会後も残され、今後パリで大きなスポーツイベントなどが開催されるときにも活用される予定だという。
「こうしたプラットフォームも無形のレガシーを有形化していくという1つの事例で大きな財産となっていくと思います。開催地によって取り組んでいくべき課題は違ってくるので、早い段階から課題をきちんと特定し、その課題に対応するためにどういったレガシープランが必要なのかを検討して設計していくということが、とても重要になってくると、改めて実感しました」
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大会ボランティアがもたらしたレガシー
街中でも大活躍したボランティアスタッフ ©Haruo Wanibe/PK
近年のオリンピック・パラリンピックではボランティアの存在は欠かせないものとなっているが、パリ2024大会でも約4万5000人の募集に対して、日本を始め世界中から30万人以上の応募があったそうだ。今後はボランティアもまた無形のレガシーとなる可能性を秘めているという。
「今大会では、ボランティアも男女同数に近づけるジェンダーバランスを重視しました。なぜかといえば、いろいろな視点からいろいろな意見を出してもらっていい大会にしていこうという考えが根底にあるからです」
そのためボランティアとして参加する人々は事前にジェンダーイシューに関する認識を高めたり、差別への対応について学んだりといったトレーニングを受けたそうだ。
「ボランティアの方々が大会を、単に与えられた仕事をするだけでなく、人として成長する機会として捉えてくれているか、大会後もまたボランティアをやりたいと思ってくれているかどうかということも重要になってくると思うので、そうしたことも今後検証していきたいと思います」
また、今後のスポーツ界の課題としてボランティアだけでなく、運営に関わる人たちが得た知識や経験、スキルをその後にうまく活かせていないことがあると山田氏は言う。
「この大会には、どういったスキルを持つ人が求められているのか。また、あるスキルを持った人がいたとして、その人が大会のどのポジションに適しているのかということが整理しきれていないので、せっかくオリンピックのような大きな大会に携わっても、その後に活かせる道がなかなかないということも課題のひとつです。携わってくれた人たちがキャリアの1つとして、うまくそれを繋げていくためにパリ2024大会では、バーチャルプラットフォームというものを立ち上げました。このプラットフォームでは、例えば、こんなスキルを持っている人は、大会の中でこんな仕事が適切ですよとか、こういう仕事の機会がありますよといったことを明確化できるようにしました。建設関連からスポーツイベントのマネジメント、警備や観光に携わる仕事など、幅広い仕事の情報を掲載しています」
このプラットフォームも先に紹介した中小企業や零細企業向けのプラットフォームと同じく、今後も残るそうなので、これからフランスで行われる大きなイベントでも生かされることが期待される。
「ボランティアをするなら、スポーツの大会だけではなくて他のイベントだってあるわけです。今回はたまたまスポーツイベントだったけれども、パリ2024大会をきっかけとして、今後は他のイベントのボランティアにも関わりたいと思ってもらえたのなら、これも市民参加型のパリ2024大会のレガシーと言えるのではないでしょうか」
山田氏がある取材で「スポーツは自動的に平和につながるものではない」と言っているのを目にした。レガシーにも同じことが言えるのではないだろうか。オリンピック・パラリンピックを開催したからといって、自動的にレガシーが生まれるわけではない。今を生きる私たちが、平和や健康な暮らし、人々の幸福を実現するための課題を意識すること。その課題を共有し、目標に向かってみんなで協力し合うこと。それによって人々が成長することが、レガシーとなっていくのではないだろうか。
PROFILE 山田悦子
日本スポーツ振興センター(JSC)副主任研究員
2014年より国連開発と平和のためのスポーツ事務局(United Nations Office on Sport for Development and Peace、ジュネーブ)で勤務。SDP(Sport for Development and Peace:開発と平和のためのスポーツ)分野の国連事務総長特別顧問の任務遂行をサポートし、国連加盟諸国のSDP政策採用促進に取り組む。国連基金を用いたSDPプロジェクト支援を担当し、公平で客観的な選考過程の構築やプロジェクト・マネジメントやモニタリング・評価の観点から実施組織に対する技術的支援を行う。現職では、SDPを地方自治体の政策や施策、各団体の戦略等に組み込むための普及・啓発・人材育成等に取り組んでいる。『SDGs達成へ向けたスポーツの活用ガイドブック スポーツを通じた社会課題解決のための政策/事業の設計・実施・モニタリング・評価方法』を英語・日本語・スペイン語でsportanddevと共同開発。また、パリ2024組織委員会により立ち上げられた「パリ2024インパクト&レガシー戦略評価監督委員会」の委員へ任命され、活動している。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
key visual by AFLO SPORT