誰にでも待ち構えている老後。LGBTQ当事者たちにとっては将来の大きな課題のひとつかもしれない。しかし、老後の孤独について悩みを持つのは彼らだけではない。人々との関わりについて東京・新宿二丁目で発信を続ける「たいこん」さんこと山田泰輔さんに話を聞いた。
「老後の心身の不自由は誰しもが関わること」
LGBTQ当事者たちが多く集まることで知られている東京・新宿二丁目。そこで「認知症サポーター養成講座」を開き、「多様性を包摂(ほうせつ)し、いろんな立場の人同士で助け合う」ことを目的とし活動している団体「NPO法人コラルト」。
こちらの代表者の「たいこん」さんこと山田泰輔さん(57)は、
「おひとり様の老後が増えていくことは避けられない。認知症や、老後の心身の不自由は誰しもが関わること。だから、みんながもう少し老後について知識を得ることで、もっと住みやすい世の中になるのではないか」
と考えている。
彼は大学卒業後、上場企業と大手外資系企業を渡り歩いた過去を持ち、社会人学生として早稲田大学大学院にてMBAを修了。
現在は、東京都のパートナーシップ制度に登録済の自身のパートナーを含め、数人のLGBTQ当事者たちとシェアハウスで暮らしている。
ゲイイベントに数多く関わってきたこともあり、新宿二丁目界隈にも知り合いは多く、その経歴ゆえ公私ともに相談を持ちかけてくる人は多いという。
そんなたいこんさん、一見華々しく恵まれた立場にあるように思えるが、「いえいえ、これまで本当に大変なことばかりで」と、微笑みながら振り返る。
「母子家庭の長男として育ち、幼少期から水商売に出かける母を見送り、弟妹の面倒を見つつ、金銭面での苦労はいつも身近で感じてきました。
幸いにも勉学に励んだおかげで、大学卒業後も大手企業に就職。その後、ヘッドハンティングされいくつかの有名企業に勤めたんですが、東日本大震災を経験したことで漠然とした不安を抱き、それを払拭するために一念発起してサラリーマン生活にピリオドを打ったんです。
それからすぐに仲間とともに起業したのですが、信頼していた人間に裏切られ、多額の出資トラブルに見舞われました」(たいこんさん、以下同)
それからたいこんさんは自身のご家族でもつらいことを経験する。
「私自身も絶望の中にいましたが、そんな最中、弟が薬物依存になり、リハビリ中に発作的に自殺してしまいました。
それが遠因となってか母が認知症を発症。こんなにも悲しいことが続くのかと心が折れそうになっていたのを覚えています」
最終的には自身が暮らすシェアハウスに母を呼び寄せ、同居人たちに介護を手伝ってもらうことになるが、2020年に自身が原因不明の肺炎による敗血症で意識不明となり生死の境をさまよった。
一命はとりとめたものの、現在もそのリハビリ中の事故の後遺症で歩行には杖が必要だ。
「母の認知症に直面し、そして私が死を間近に感じたことにより、今後の残された人生について深く考えるようになりました。
またここ近年は、老舗のゲイバーのママの引退後のようすや訃報を聞くことが多くなり、私たちLGBTQ当事者の老後についてますます身近にも思えるようになった。
でも、私は恵まれているんです。パートナーも、シェアハウスの同居人たちもいますから。
とはいえ改めて周囲に目を配ったら、孤独を抱えている人が多いことに気づいたんです。
孤独からかアルコールやギャンブルに依存してしまったり、自死に至ってしまった友人も…。
以前の私みたいに、認知症の家族がいて、しかもひとりで抱えて悩んでいる…なんて人は世の中によくいるんです」
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子どもがいても「誰に頼ったらいいかわからない……」
結婚をして、子どももいる。LGBTQ当事者以外でも、家族がいるからといって、満たされているわけではないと語るたいこんさん。
「麻雀仲間の奥さんがいるんですが、ご主人も亡くなって、お子さんも独立したと。それで誰に頼ったらいいかわからない……、なんておっしゃっていたんですね。
家族がいるといっても、立場や関係性はいろいろですよね」
老後に思いを馳せたとき、認知症という課題は避けることができないだろう。
たいこんさんが認知症サポーター養成講座を始めるようになったのは、そもそも自身が、母親の認知症について学ぶために新宿区の講座を受講したことがきっかけだった。
「母の認知症を知ったとき、そのときはやはり絶望を感じました。
でも、学ぶことにより、どうして認知症になるのか、認知症の人はどんな景色が見えているのか、そして認知症の人に対しての接し方について深く知るうちに、対応方法はもちろん、人生に対して希望も生まれてきたんです」
「これは二丁目の仲間にも必要な内容だ!」と思い、職員に相談したところ、「手順を踏めば、認知症サポーター養成講座の講師になることもできますよ」と提案されたんだそう。
だが、実際に講師になるためには、東京都が主催する特定の講習を受講する必要があり、個人では受講資格がないという。それならば、と、たいこんさんはNPO法人の設立を決める。
これまで普通とされてきた家族という形態が、決して誰にとってもセーフティネットになっているわけではない。でも、人にはなにかしらのつながりが必要ではないか。
そう考えた彼は、NPO法人を作るにあたり、「いくつになっても、気兼ねなくのんびりつながれる場所を作ろう」と決める。
「コンセプトは、親兄弟ではなく、いとこやはとこくらいの関係でしょうか。誰もが避けられない老後を、適度な距離感で支え合えたら、と考えたんです」
NPO法人コラルトとは、「カラフル・オルタレゴ」の略称。「カラフル:色彩豊かな、色鮮やかな、生き生きした」+「オルタレゴ:分身、もうひとりの自分、無二の親友」で、多様性と多面性を表しているという。
NPO法人を作ったのであれば、それをうまく活用する方法はないかと模索していったと話すたいこんさん。
そのなかで知ったのが、認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な人を法律的に支援する「成年後見制度」だった。
「なかでも『任意後見』は自分たちでも活用できるんじゃないかと思いました。実は親族などの個人だけでなく、法人でも任意後見人になれるんです。コラルトのようなNPO法人でもOKなんですね。
NPO法人をコアとして、後見人制度などと組み合わせることで、それぞれが3親等程度につながることができる。
法人後見人が一般的になったら、最期の日まで、もっと風通しがよくて、のんびりした関係が続けられるのかなと思います。
私が講師をしている認知症講座では、認知症やLGBTQ関連にまつわる最新の医学的情報、法的情報、行政サービスの情報などもお伝えするようにしています」