J・R・R・トールキンの名作小説をピーター・ジャクソン監督が実写映画化したファンタジー大作「ロード・オブ・ザ・リング」3部作の前日譚を描いた長編アニメーション『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』が、12月27日から全国公開される。本作で、誇り高き騎士の国ローハンの偉大なるヘルム王の声を演じた市村正親に話を聞いた。

-今回オファーがあった時はどんな気持ちでしたか。

 「ロード・オブ・ザ・リング」の実写版をずっと見ていたので、アニメになるとどうなるのかなと思いました。実際にアフレコをしてみると、とても迫力のある絵が見られたと感じました。だから、この迫力のある絵に対して、自分の声がマッチするのかというところでは、結構大変でした。でも、アフレコをやってみて、この仕事をやれてよかったな、この仕事と出合ってよかったなと思っています。

-アフレコをする際に何か考えたことはありましたか。

 僕がやったヘルムは、ローハンのために、娘のヘラのために命を懸けていく。王として民を守る、父親として娘を守るという生きざまが壮絶でした。僕は、体は小さいけれども声は大きい。そのせいか50年以上役者をやってきて、最近は社長だ、会長だ、親分だみたいな役が多い。だから、僕の持っている魂と心意気でこのヘルムも作れたらいいと思いました。それと、僕も父親だから、ヘルムの、父親としての2人の息子との別れのつらさや、娘を絶対に守るという姿勢には共感します。民にとっては王だけど、親と子の関係はまた別のものですから。

-アフレコは英語版を見ながらお一人でしたのですか。

 監督から「聞いてください」と言われたので、全部それを聞いてからアフレコに入りました。ただ英語と日本語とではやっぱり違うので、ちょっと苦労しましたね。

-アフレコに込めた思いは。

 やっぱり、娘と2人の息子たち。子どもたちに対する思いというのが一番強かったです。だから、監督さんからも「親子の愛情を出してもらったのでとても助かりました。俳優さんの表現力によって親子愛が声に表れていて、それがとてもよかったです」と言われて、やってよかったなと思いました。

-ご自身の親子関係のことも考えたりしましたか。

 息子が僕の芝居を見始めたのは「ミス・サイゴン」から。そこから僕の父親業が始まりました。そういうものを子どもたちが見る中で、「うちにいる時は普通だけど、やっぱり板の上に上がったらパパってかっこいいよね」と言いながら見ていたらしいので、やっぱり僕が仕事を大事に丁寧に仕上げていくことが、親としての教育なのかなと思います。

-ヘルムのキャラクターについてはどう感じましたか。

 普通の親子ですよね。たとえ王様だろうが親子は親子だし、娘は娘だから。ただ、ヘラは娘だから息子とは違った親子愛が出ているなというジレンマは少し感じました。

-アフレコを終えた時は、どんな感じでしたか。

 もうクタクタでした。映像のヘルムの声と合わなかったら大変なので、迫力のある映像に対してかなり頑張ったという感じです。だから終わった時はもうヘロヘロでした。

-声の仕事の面白さと難しさについてどう感じますか。

 自分の体型がどうであろうと、自分の魂がその役になればできるんです。魂がその役になっていれば、ヘルムもできるしタラちゃんもできるみたいなことだと思います。俳優や声優のイマジネーションが役に反映していくのではないかと思います。そういう難しいことをするのが、俳優という仕事の好きなところなんです。僕は他人の人生を生きてみたいと思ってこの世界に入ってきたので。今回もヘルムという強烈な役だけど、目をつぶっていれば、疑似体験であっても自分がそこにヘルムとしていると言い切れるわけです。そこが楽しい。難しければ難しいほどトライのしがいがある。難しいからこそ前に行こうとするんです。

-舞台とこうした声の仕事の違いについてはどう思いますか。

 舞台もこういう声の仕事の時もお客さまのことは考えていないです。お客さまはお金を払って見に来て、自分の想像力を働かせるのだから、そこでああだこうだということはしません。やると芝居がうるさくなる。杉村春子さんは幕開きはとても小さな声で話したそうです。お客さまの想像力の中に入っていくという感じなのかな。僕もそういうふうにやっているから、お客さまが何人だろうが関係ないです。声を届かせるのはマイクで、それは音響さんがやってくれているわけですから。僕はそこで生きていればいいということです。

-今回のヘルム役は、「リア王」など、シェークスピアの舞台劇とイメージが重なるところもあると思いました。

 確かにシェークスピアをやっているような形でもできますよね。僕もシェークスピアは「ロミオとジュリエット」「ベニスの商人」「マクベス」「リチャード三世」「ハムレット」と、おいしいところは全部やらせてもらって、残っているのはもう「リア王」ぐらい。そう考えると、こういう役をやっていると、これは「リア王」なのかなと。「リア王」も親子の対立というか、父親と3人の娘との対立の話ですから。

-最後に映画の見どころを。

 やっぱり後半ですね。敵側のウルフを相手にして最後の力を振り絞って…というところは、かなりの見どころだと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)