ギャンブル、アルコール、薬物、病的窃盗、性的行為…。最近はスマホゲームやホスト、コンカフェなども対象として挙げられているのが依存症だ。そんな依存症患者の治療を専門としている東京・池袋「ライフサポートクリニック」院長の山下悠毅さんに、驚愕の性依存症の症例と、山下さんがクリニックで行なっている依存症治療の内容を聞いた。
体液をスポイトに入れて噴射
「コンスタントにいるのが、スポイトを使った迷惑行為をする患者さんたちです。みなさん、必ずと言っていいほど、100円ショップで買ったスポイトを使用しているんですよね」(山下さん、以下同)
スポイト。その使用用途とはいったい…。
《症例 Bさんの場合》
Bさんは44歳の男性。10代のころから、女性の下着に対して性的に興奮を感じる。
社会人になってから、近隣の住宅に干してある洗濯物から盗る、コインランドリーから盗む、鍵の掛かってない家の中に侵入し下着を漁るなどを繰り返してきた。
本人には好みがあり、使用感のある下着がターゲットで、新品には興味がない。
盗った下着は自慰行為に使用するという。自身の性器をくるみ、自慰行為を行う。終了後、下着は捨て、「処理もラクで楽しかった」と打ち明けた。
そのうち、下着泥棒が出るということで、近隣でのパトロールが強化されたことを知り、その後は盗みを控えるように。
その代わりに始めたのが、スポイトに自分の精液や唾液を入れ、干してある下着に、そのスポイト内の体液をかける…という行為。そしてそれに興奮を覚え、繰り返すようになる。
また、女性用下着売り場の商品に、スポイト内の体液をかける行為も始める。
当人はそれを「マーキング」と呼び、射精の快楽とはまた異なる快楽を感じるようになった。
ある日、干してある下着にスポイト内の体液をかけているところを住民に通報され、逮捕された。
なんとも理解に苦しむおぞましい行動だが、山下さんによると、「問題行為としては直接触る痴漢や露出などと同様で、比較的よくある行為」なのだという。
「Bさんは、下着窃盗の性依存症には珍しく、盗んだ下着をため込むのではなく、自慰行為に使用した後、捨てていた。
また、スポイト内の体液を、下着にかけるという行為に興奮していたそうです。
スポイトに自分の精液など体液を入れて、他人にかけるという問題行為をする人は結構多く、周囲にバレるまで続けます。これも痴漢の一種です」
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依存症とは何か、そのしくみを理解する
そもそもこのような問題行為をして、当人に性的快楽が生まれるわけではない。
いわば、服の上から女性の胸や尻を揉んでも、事前に準備した体液を下着にかけても、行動した当人は性的に「気持ちよく」なるわけではないのだ。
なのになぜ、このような行為をするのか。
「自分も周囲も、下着の偏愛や迷惑行為、盗撮を『性癖』と考えがちですが、実はこういった行為をする人のほとんどは、行為をした動機を説明することができません。
なぜなら、行為の動機は『してはいけないこと、失敗したら大変なことになること』へのチャレンジをしたいから、であり、性的興奮ではないからです。
また、二度としないと思っていても、意識下には『やめたい自分』と『やりたい自分』の両方が存在しています。
そして、自身の病気を理解するには、露出や窃盗などをしてしまう他の患者さんと関わり、『自分の行なってきた問題行為が、露出や窃盗と同じチャレンジ依存である』と納得する必要があるのです」
山下さんは、こういった依存症患者に対し、どのような方法の治療法を行なっているのか。
「依存症の種類や度合い、生育環境によって少しずつ違うのですが、基本は『やりたい』という気持ちをこれ以上、高めないことです。そして、『やめたい』という気持ちを、物理的な作用も含めて高めていくことです。
そのためには、依存症とは何か、脳がどのような状態なのかを認識することが大切です。
私のクリニックでは、投薬よりもまず、徹底したカウンセリングをし、集団でのプログラムを受けるように伝えます。
問題行為を『やりたい』という軸は、一度できてしまった回路のため原則下げることはできないのですが、それ以上上げないことは、できます。
アプローチ方法としては、依存症のしくみについて学び、徹底して自分の環境を変え、自身で決めたルール、つまり問題行動ができないしくみを自分で作ることです。
一度決めて、ルーティーンになれば、それほど難しいことではありません。
当院では投薬に頼らず、社会復帰されている方が多数いらっしゃいます。
そのためには周囲の人の理解も必要になりますが、自分自身が依存症のしくみを理解するかしないかで、今後の人生には明らかに差があるでしょう」
現実から目を背けず、現状を知る。それこそが、治療の第一歩なのだ。
PROFILE 山下 悠毅(やました・ゆうき)●ライフサポートクリニック院長。精神科専門医、精神保健指定医、日本外来精神医療学会理事。1977年生まれ、帝京大学医学部卒業。2019年12月、ライフサポートクリニック(東京都豊島区)を開設。「お薬だけに頼らない精神科医療」をモットーに、専門医による集団カウンセリングや極真空手を用いた運動療法などを実施している。大学時代より始めた極真空手では全日本選手権に7回出場。2007年に開催された北米選手権では日本代表として出場し優勝。最新刊は『依存症の人が「変わる」接し方』(主婦と生活社)。
※紹介した症例は、当事者同意のもと事実に基づいて記述していますが、詳細の特定ができないよう一部フィクションを加えています。
取材・文/木原みぎわ