中国のSNSより
岩屋毅外相は12月25日、訪問先の北京で中国人向けの査証(ビザ)発給に関する緩和措置を表明した。日本の中国人向けビザの緩和策は以下のとおり。
<個人>
●3年間の観光マルチビザ
取得後3カ月以内の入国要件→撤廃
過去3年に2回の訪日要件→5年(コロナ期除く)
●観光マルチビザの種類
3年、5年のみ→10年を新設
●一次/マルチビザの取得条件
在職証明書の提出→65歳以上は不要に
<団体>
●観光ビザの滞在可能日数
15日→30日
中国人富裕層の訪日旅行のハードルを引き下げ、団体旅行を促進することで、日本国内の消費を促進することが目的だ。それぞれの緩和措置は準備が整い次第、桜の季節に合わせた春ごろの開始が見込まれている。
加えて岩屋外相は、人民大会堂で李強首相を表敬訪問した際に、日本産水産物の早期輸入再開や、中国に拘留された日本人の早期釈放を求め、日本周辺で増えている中国の軍事活動に対する懸念を伝えたという。
中国では早くも日本のパッケージ旅行商戦がスタートしている(中国SNSより)
一見、その緩和ぶりはガバガバになったように見える。そのため、日本では「外務大臣」が一時トレンド入りするなど、SNSではさまざまな声が上がった。
「これは移民への布石だ」
「移民加速にアクセル全開の自民党」
「特大のクリスマスプレゼントを中国様に献上した」
などなど、発給条件の緩和を急速に進めれば、オーバーツーリズム(観光公害)や日本国内の治安悪化につながりかねないとの懸念を表した発言が目立つ。
その一方で、中国は歓迎ムード一色だ。
「日中関係が改善してきた感じがする」
「旅行の計画が立てやすくなる」
「もっと気軽に日本の文化を体験できる」
「書類が減るのは本当に助かる」
それもそのはず、ビザ発給に関する緩和条件はさておき、中国共産党中央委員会の機関紙・人民日報をはじめとする大手メディアで岩屋外相の“恭順ぶり”が報じられ、次のように拡散したからだ。
早急すぎる大盤振る舞い
人民日報(左)と中国のオンラインニュースメディア・観察者網(右)
・歴史認識について日本は過去に間違った国家政策を実施している。
・石破政権は、村山談話(侵略と植民地支配への反省と謝罪)、河野談話(従軍慰安婦被害者への謝罪)を受け継いでいる。
・王毅外相と個人的な信頼関係を築きたい。中国の外相と中国政府首脳らを新年に日本に招待する。
・インド太平洋地域の平和は日中が協力してリーダーシップを発揮する。
・中日の文化交流、特に人的交流を拡大する。
ちなみに、ビザ緩和は最後の5番目で“おまけ”のような扱いで報じられているだけだ。
日本経済が厳しいから観光客だけを増やしたい――そんな日本側の思惑どおりにいかないと断言するのは、中国本土人による観光被害を身をもって体験した香港経済誌デスクだ。
「1997年以前、香港が英国の植民地だった時代、中国本土からの訪問は厳しく制限されていました。返還後、中国政府は『一国二制度』のもとで、香港を特別行政区として維持し、依然として本土住民の香港訪問には特別な許可が必要でした。
2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行後、香港経済を活性化するという名目で個人訪問計画を開始し、初めて、本土住民が観光目的で香港を個人訪問することが許可されました。ただし当初は広東省の4都市(広州、深圳など)限定で、その後、対象地域が段階的に拡大され、7年かけて49の都市が含まれるようになりました。
2010年代、マルチビザが導入され、一部の居住者にはマルチ入境ビザが発行されるようになりました。ただし1年毎の更新でした。その後、さらに多くの本土都市が対象となり、香港を訪れる中国人観光客の数がピークに達しました。その頃、香港の住民の間では、大量の観光客による物価高騰や生活環境の悪化への不満が高まり、転売ヤーが街中を跋扈し、抗議活動が発生しています。
今でも中国本土人の通行証の有効期限は5年または10年です。ただし通行証とは別に訪問許可(ビザ)を取得しなければならず、その有効期限は通常3か月から1年です。石破首相は、国内と対中外交で一石二鳥の点数稼ぎをしたいのでしょうが…」(香港経済誌デスク)
「中国はとても高い。でも日本はとても安い」(中国SNSより)
(広告の後にも続きます)
さらなる甘い蜜「拘束邦人の解放」
免税店情報に詳しい中国人インバウンド客(中国SNSより)
かつての香港のように、日本でも抗議活動が発生するかもしれない―中国SNSで散見されるコメントを見るかぎり不安が募る。
「日本経済が厳しいから観光客を増やしたいのだろう」
「ビジネスチャンスが広がるのでは」
「日本での留学や学術交流が活発になるだろう」
「日本もビザ免除を。相互主義だ」
このように中国人たちは日本の足元をしっかり伺ったうえで、観光だけでは飽き足らず、痛いところまで突いているが、官邸関係者は「なんら問題ない。政府としてパーフェクトな対応」として、自信を持っているようだ。
「今、中国との関係改善が急速に進んでいます。日本人の短期滞在ビザ免除措置も中国側からの提案でした。福島第一原発の処理水問題も、日本から中国へサンプル水を提供すれば再調査をしてくれるという情報も入手しています。また、現在、帰国できていない服役中の3人と、今回のアステラス製薬の男性社員を含む起訴された2人の合わせて5人の裁判過程を早め、有罪判決を下したうえで国外追放というかたちで“解放”するよう交渉を進める土台も整いつつあります。日中関係改善は至上命題です。安倍政権時代から官邸主導で進めていたため、岩屋外相を“中国のポチ”などと批判するのは筋違いです」(官邸関係者)
はたして本当にそうだろうか。アメリカは、中国人に対して、10年間有効なB-1/B-2ビザの使用に際し、電子ビザ更新システム(EVUS)への登録を義務付けている。
その理由は、長期ビザの運用には一定の監視が必要と判断しているためで、EVUSを通して不法滞在やビザの不正利用を防ぎ、対策安全保障の強化する目的も兼ねている。
日本で社会問題化して久しい違法民泊や白タクに始まり、バス会社や免税店、ホテル、飲食店とすべての行程で、中国人訪日客を丸々抱え込むビジネスモデルは俗に「一匹の龍」システムと言われる。
日本の観光地にはほとんど金は落ちず、問題だらけの日本のインバウンド政策における問題は放置されたままだ。二兎を追う者は一兎をも得ずということにならねばいいのだが…。
取材・文/ROADSIDERS 路遍社