20世紀を代表するファンタジー小説を映画化したハリウッド大作映画『ロード・オブ・ザ・リング』に、神山健治監督と日本のクリエイターたちがアニメ映画として果敢に挑んだ『ローハンの戦い』では、津田健次郎さんが演じる敵役に意外な特徴がありました。
アニメ映画『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』ポスタービジュアル (C)2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
【画像】え…っ? そんなのあったの? こちらが40年以上前に作られていたアニメ映画『ロード・オブ・ザ・リング』です
実写とのギャップは発端の「あっけなさ」や敵役の「情けなさ」にもあるかも
2024年12月27日より、『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』が劇場公開中です。結論から言えば、本作は有名なJ.R.R.トールキン氏の原作『指輪物語』や実写映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作をまったく知らなくても楽しめる、見どころが多い面白いアニメ映画でした。
原作となるのは『指輪物語 追補編』に書かれた、実写映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』でメインの舞台だった「ローハン王国」における、200年前のわずか数ページの短いエピソードです。原作には名前すらなかった王の娘を新たに「ヘラ」と名付け主人公にするという、良い意味で「原作を思いっきり膨らませた」内容であり、「本筋」の物語を追った実写映画3部作とは大きく異なります。
吹き替え版の豪華なボイスキャストそれぞれも文句なしにハマっており、特に主人公の「ヘラ王女」役の小芝風花さんの気高さと強さにあふれる演技には、感服させられます。
そして、物語は「戦争」および「ひとつの価値観に固執すること」の愚かさを描いていることが重要です。特に吹き替え版で津田健次郎さんが演じる敵役の「ウルフ」には、いい意味での「滑稽さ」「哀れさ」がありました。
アニメであることのみならず、意外な悪役像や物語の立ち上がり、はたまた200年前の物語のために実写映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作でのキャラクターがごくわずかにしか登場しないことなどは、大ヒットした実写映画と比べると、ファンの方は困惑するかもしれません。それでも、アニメと実写のギャップを埋める工夫があることや、神山健治さんが監督に選ばれた理由も記しておきましょう。しょう。
※以下、映画『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』の一部内容に触れています。ご注意ください。
「あっけなく父が殴り殺されてしまう」物語の発端
本作は物語の立ち上がりに、びっくりする方が多いでしょう。冒頭では屈強な身体を持つローハンの王の「ヘルム」が、不遜な態度を取っていたローハン西境の領主の「フレカ」を、あっけなく殴り殺してしまいます。
そのフレカの息子のウルフが「死んでる……!」と父の死に衝撃を受け、ヘルムもまた「なんだと? 一発殴っただけだぞ?」と驚き、戦争の引き金になるさまは悪い冗談のようです。ただ、後述するトールキン氏の原作にも、「こぶしで強くフレカを打ったので、フレカは気を失って倒れ、すぐに息絶えた」と書かれており、実は「忠実な原作再現」ともいえる場面でした。
結婚を望んだ相手にとっては友人にすぎなかった
ウルフが復讐を誓った理由は、父が殴り殺されたことだけではありません。たとえば、ウルフはヘルム王とその家族に見下されているという不公平感を抱き続けており、それでもヘラ王女との結婚が自身の正統性の証しになると信じていたのですが、結果的にもヘルム王とヘラのどちらからも拒絶されてしまいます。
しかも、ヘラとウルフは幼なじみで、ウルフは明らかに友情以上の関係をヘラに望んでいました。そこには政略結婚という目的だけではなく、ライバル心や恋心もあったのかもしれません。しかし、ヘラからの彼への好感はどこまでも友情にすぎず、さらにウルフはその友情さえも自ら壊してしまうのです。
後に引けなくなる滑稽さと哀れさ
父を失うだけでなく、プライドがズタズタになったウルフが「償わせてやる! 貴様のその命で!」「俺はやるしかないんだ!」「俺が恐れると思ったか!」などと啖呵を切るさまは、津田健次郎さんの熱演も相まって、哀れどころか滑稽にすら思えます。それは、ウルフ本人も「後には引けない」自己の問題をわかりながらも、「そうするしかなかった」価値観を誇示し続けてしまったからなのかもしれません。
さらには山寺宏一さんが演じる「ターグ将軍」から正論でたしなめられても、意に返そうともしないウルフは、もはや聞き分けのない子供のようにすら見えました。見た目だけはカッコいいのに、もはや「カッコ悪さ」と「情けなさ」までもが満ち満ちている印象は、魅力的な悪役を求める方からの困惑や否定的な意見もありそうですが、個人的には戦争を起こした人間をシニカルにとらえた悪役像として支持したいところです。
ローハンが登場した『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント)
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なぜ日本人監督で、アニメ化された?
神山健治監督へのオファーがあった理由は?
本作の脚本や音楽などの制作の主導はアメリカですが、アニメそのものは日本の製作スタジオ「Sola Entertainment」のクリエイターにより全て手描きで作り上げられ、さらにMAPPA、Production I.G、STUDIO4℃といった日本トップのスタジオも参加しています。
そのため「日本のアニメでハリウッド大作映画に挑む」という文脈があり、実際に出来上がった本編でも「『ロード・オブ・ザ・リング』が日本のアニメで生まれ変わっている!」という印象を強く持ちました。
本作で神山健治監督を起用したのは、Sola Entertainmentの代表で本作のプロデューサーを務めるジョセフ・チョウさんです。ワーナー・ブラザースから2021年末に『ロード・オブ・ザ・リング』のアニメ映画化の打診を受けたものの、制作期間がたったの2年かつ、しかもその時点で脚本の用意がないことも聞かされて驚いたとのことでした。
そこで「今回のような国際的なチャレンジに喜んで取り組める、オープンな場にいる柔軟な人物」であることや、「日本のアニメ界ではモチベーションがとても重要であり、この作品は『絶対やりたい』という監督じゃないと任せられない」ことに加えて、「神山監督はジャンルを問わない上にストーリーテリングの人だから、絶対に本作にふさわしい」と確信したから、とのことでした。
確かに神山監督は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』や『東のエデン』といったSF作品だけでなく、小説原作の『精霊の守り人』というファンタジー(しかも『ローハンの戦い』と同じく強い女性が戦う物語)も手がける、ジャンルの幅の広さがあります。しかも、神山監督は実写映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作を公開初日に鑑賞し、もちろん原作『指輪物語』も読んでいた大ファンでもあり、これほどの適任者は他にいないでしょう。
間違いなくハードなスケジュールでの制作だったでしょうが、神山監督は初めて自身が脚本を担当しない本作を手がけるにあたり、絵コンテをひとりで描いていたそうです。そのクリエイターとしての「強さ」が、本作のほころびのほとんどないアニメのクオリティーに結びついたのだと思います。
実写とのギャップを埋める演出やファンサービスも
それでも、出来上がった本編の「日本のアニメっぽさ」に関して、やはり「実写」だった『ロード・オブ・ザ・リング』3部作とのギャップを感じてしまう人は多いでしょう。
しかしながら、オープニングが「実写にも見える美しい風景」から始まり、シームレスに2Dのアニメとしてのキャラクターを見せていく流れからは、そのギャップをなるべく解消する意図が汲み取れました。
しかも、役者の動きをモーションキャプチャーでとり込んだ3DCGで全てのシーンを作り、さらに手描きの作画をするという手法で作られており、「実写さながらのキャラクターの剣さばき」には、惚れぼれするほどの躍動感もありました。
『ロード・オブ・ザ・リング』実写3部作の脚本を手がけたフィリッパ・ボウエンさんが今回の『ローハンの戦い』の製作とストーリーの原案も手掛けているため、「解釈違い」もほぼないでしょう。今回の鎧や衣服や建物などは基本的に『二つの塔』に登場するものの、200年前を想定して描かれているというこだわりもあります。
また、ナレーションが実写映画のキャラクター「エオウィン」で、字幕版ではミランダ・オットーさんが引き続き同役を担当していたり、さらに「ピピン」と「メリー」を演じていたビリー・ボイドさんとドミニク・モナハンさんがオークの声を担当していたりと、うれしいファンサービスもありました。
そして、再度言っておくと、本作の敵役ウルフの哀れさは、実写映画3部作とはギャップのある特徴にも思える一方、『王の帰還』で精神を病んでしまった「デネソール」の姿や、それこそ指輪に固執し続けた「ゴラム」にも一部重なって見えることもありました。『ローハンの戦い』は単体で楽しめる作品ですが、実写3部作と「呼応」しているポイントを探すと、往年のファンはさらに面白く観られるかもしれません。