一般常識だと思われた古典マンガですが、意外と若い世代には読まれていないようでギョッとするような誤解もあります。そこで世代間ギャップを嘆く前に現状を整理してみました。



描がれている少年は「はじめ」ではなかった。画像は『はじめの一歩』第1巻 著:森川ジョージ(講談社)

【画像】ほぼ一緒じゃ…いや、違う! 1巻からかなり成長した『はじめの一歩』主人公を見る(3枚)

「はじめ」ではない、少年の名は?

 1989年に連載が始まって以来、愛され続けるボクシングマンガの金字塔『はじめの一歩』(作:森川ジョージ)は、シリーズ累計1億部を突破し、今も「週刊少年マガジン」(講談社)で連載されている名作です。しかし令和の若者たちの多くは、そんな名作の主人公すら知らない、というケースも珍しくないようです。

名作マンガの古典化が始まった

 ある日、20代の若者との会話のなかでこんなひと言が発せられ、その場に一瞬の沈黙が訪れました。『はじめの一歩』の主人公って「はじめ」じゃなかったんですか?

 この素朴な誤解はまさに往年の読者にとっては不意打ちでした。同作の主人公が「幕之内一歩(まくのうち いっぽ)」であることは、マンガ読みなら誰もが知っている常識だと思われていたからです。しかし若者の立場になってみれば、同作は自分が生まれるずっと前から連載され、142巻まで続いている古典です。

 一度も手に取ったことがなくても不思議ではありません。一般教養としてシェイクスピアやギリシア神話を知っているけど読んだことはない、という人が多いのと同じ現象がマンガでも起き始めているようです。

SNSのネットミームで存在を認知する

 若い読者が過去の名作の存在を知るきっかけとなる場がSNSです。主にネットミームとして拡散されているセリフやコマの切り抜きから、なんとなくその作品のことを知るようになるケースが多いようです。

 幕之内一歩のことを「はじめ」君だと誤解し続けていたのも『AKIRA』で、赤いバイクに跨る金田正太郎や赤いマントをまとった島鉄雄のことを「アキラ」だと思っていた人と同じだと言えるでしょう。

 作品を「履修」せずネットミームだけで作品について語って「エアプ」呼ばわりされる人もいるようです。「エアプ」とは「エアプレイ」の略称で、自分が知らないこと、体験していないことを、そうでないかのように振る舞うことです。ギターを演奏するフリをするエアギターが語源だと言われています。

もはや追い続けるのは不可能

 世代間ギャップや「エアプ」の背景にあるのが、圧倒的な新作の供給量と、それに比例する膨大な量の過去作です。往年のマンガ読みですら新作をフォローし続けることすら不可能なのに、ましてや若い読者に古典をフォローしろなんて無理ゲーというもの。むしろその作品について存在を認知しているだけでもアンテナが高く、すごいことでしょう。

エアプの深層心理、コミュニケーションツールの一種になったマンガやアニメ

「エアプ」という言葉が生まれるほど「知っているフリ」「やったことがあるフリ」をする人が増えた原因はおそらく、オタク知識を含めて、ある種の知識や体験がコミュニケーションツール化したせいだと思われます。倍速視聴のような効率的エンタメ消化による「オタク知識ハック」もその証拠だと思われます。

 アニメやマンガは相手との共通点作りの道具(ツール)になったのです。だからバレたら恥をかくリスクを背負う「エアプ」という無理をする人が増えたのでしょう。コミュニケーションを円滑に行おうとしている必死さが現れています。

 長年にわたるマンガ読みとしては、そんな「強がり」や「努力」を見て「知ったかぶりするな」とか「これも読んでいないのか」などと知識マウントする老害オタクにはなりたくないものです。「エアプ」に気付いたら、その場の空気を壊したくないのだろう、仲良くなりたいのだろうと察して優しく接してあげてみてはいかがでしょうか。