今後のシリーズ展望にも言及!「ロード・オブ・ザ・リング」最新作に挑んだ神山健司監督&フィリッパ・ボウエンにインタビュー

映画史に燦然と輝くファンタジー巨編「ロード・オブ・ザ・リング」三部作のシリーズ最新作『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』がついに公開となった。本作の舞台となるのは、シリーズ2作目『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(02)に登場した騎士の国ローハン。同作ではヘルム峡谷に築かれた難攻不落の城塞、角笛城で、“旅の仲間”であるアラゴルン(ヴィゴ・モーテンセン)らが敵軍と死闘を繰り広げたが、最新作では、その合戦から遡ること200年前、“ヘルム峡谷”という名前の由来となったローハン第9代国王で“槌手王(ついしゅおう)”の異名を持つヘルムの伝説が描かれる。

ヘルム王(声:市村正親)による治世のもと平和な日々を送っていたローハン。そこへ、西境の領主フレカ(声:斧アツシ)が現れ、息子ウルフ(声:津田健次郎)とヘルムの娘、ヘラ(声:小芝風花)の結婚を要求する。これを拒否したヘルムはフレカと素手による決闘を繰り広げ、フレカが殴り殺される形で収められた。しかし、目の前で父を殺されたウルフは激高し、大軍でローハンへ侵攻。父、ヘルムに民を任された王女ヘラは、祖国を守ることができるのか?


“盾持つ乙女”と呼ばれるヘラは祖国を守るために立ち上がる / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
同シリーズが長きにわたって愛され続ける理由をあげるなら、J・R・R・トールキンによって生みだされ、そのあまりに壮大な世界観から映像化不可能と言われ続けた小説を、ピーター・ジャクソン監督のもとスタッフ&キャストが結集し、確固たるビジョンを持って完成させた情熱にほかならない。そして、そのレガシーを新たに受け継いだのが、日本アニメーションの第一人者であり、「東のエデン」や「攻殻機動隊」で知られる神山健治監督だ。本作は原作小説「指輪物語7 追補編」に着想を得ているが、その記述は数ページほどのボリュームしかなく、劇中で父ヘルムと共にローハンの民を率いる主人公、王女ヘラに関しては名前すらも明らかにされていない。いかにして、神山監督はわずかな情報から壮大な物語とヘラのキャラクターを作り上げたのか?本作のプロデューサーで、「ロード・オブ・ザ・リング」の脚本も担当したフィリッパ・ボウエンが来日したタイミングで両者へのインタビューを行い、本作の製作秘話やシリーズの今後の展望に迫った。


東京コミコンのイベントに登壇した、ウルフ役の津田健次郎、神山健治監督、フィリッパ・ボウエン、ジョセフ・チョウ / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
■「女性を主人公にすることでアニメーションとして広げていけるビジョンが見えてきた」(神山)

――J・R・R・トールキンは“中つ国(ミドルアース)”における膨大な歴史を詳細に記していますが、そのなかでも今回、ヘルム王の伝説を映像化した理由を教えください。

フィリッパ・ボウエン(以下、ボウエン)「以前にも『ロード・オブ・ザ・リング』の物語をアニメーションで作ろう!という話はあったのですが、その時は具体的な想像もできなかったし、アニメーションのスタイルもイメージできていませんでした。そして今回、日本でアニメーションを制作するというアイデアが持ち上がり、自然と思い出されたのがヘルム王のエピソードでした」


ローハン第9代国王にして“槌手王”の異名を持つヘルム / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
――ヘルム王やローハンと日本のアニメーションを結び付けたものはなんですか?

ボウエン「ロヒルリム(ローハンの人々)は戦士であり、彼らは名誉や忠義心、家族を大切にしています。一方で、その物語には裏切りや、嫉妬心がもたらす葛藤といった要素もあり、偉大な歴史を持つ日本のアニメーション、そこで描かれてきたストーリーに感覚的にハマるんじゃないかと思ったんです。また、『追補編』ではいろいろなテーマが綴られていますが、そこにも日本の映画に共通するものが見受けられました。その一つが戦争によって残る傷跡、それからバイオレンスの連鎖です。戦争が起こったあと、こういったものがいかにしてもたらされるのか。それはアニメーションにかかわらず多くの日本の作品で描かれていることですし、偉大な監督たちによって語られても来ました。それが『ロード・オブ・ザ・リング』にフレッシュさをもたらすことになると感じ、最後の欠けたピースにハマったのが偉大なる神山監督だったのです」


何千騎もの騎馬兵が入り乱れる合戦シーンは大迫力! / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI

――神山監督にもオファーを受けた際の心境をお聞きしたいです。

神山健治監督(以下、神山監督)「僕自身、『ロード・オブ・ザ・リング』のファンだったので、まさか自分がこのシリーズに携わることになるとは思ってもみませんでした。本当に踊りだしたいくらいうれしかったのですが、その反面、ローハンの物語を描くというのはたくさんの騎馬兵が出てくるし、大軍が入り乱れる戦闘シーンも描写しないといけない。手描きのアニメーションで作って欲しいというオーダーだったので、最初は正直、アニメ映画にするのは不可能なんじゃないか?という不安もありました。そんななか、『今回は女性が主人公の作品にしたい』とフィリッパから提案され、そこをきっかけにアニメーションとして広げていけるのでは、とビジョンが見えてきたんです。これまでも僕は戦う女性の作品をつくってきましたから」

■「神山監督がすばらしかったのはヘラの内面をとてもリアルに描いてくれたこと」(ボウエン)

――原作は数ページのボリュームです。そして、主人公のヘラに関しては名前も書かれていません。どのようにして物語や人物像を組み立てましたか?

神山監督「ヘラにあたるキャラクターは原作では“ヘルム王の娘”とだけ書かれていて、その生死すらも明らかにされていません。ただ、西境の領主の息子ウルフから求婚されるのですが、ヘルムが断ったことから戦争に発展してしまう。物語のきっかけになる人物ではありました。ヘラをどういうキャラクターにしていくか、というキャッチボールをフィリッパとは何度も繰り返して、事件へのかかわり方や戦士ではなかったヘラがどのようにしてローハンの民を救ったのかという設定をディスカッションして作っていきました」


大鷲との交流を図る怖いもの知らずのヘラ / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
――ボウエンさんはヘラをどのようなキャラクターとして捉えていましたか?

ボウエン「神山監督もおっしゃるように、ヘラは私たちの知らない、名前もないキャラクターで母親のこともまったくわからない。でも、テキストの行間にヒントがあるとは思っていました。戦士である父と2人の兄がいて、ちょっとトムボーイ(おてんば娘)な気質だったんじゃないでしょうか。父に愛され、自由を与えられて育ってはいたんですが、彼女が求めるようには見てもらえませんでした。ヘルムは娘を同盟国であるゴンドールへ嫁がせることが彼女の幸せであると考えていて、そのことでヘラは現実と向き合わざるを得なくなります。ヘラには主体性があって、なんでも自分でやってみようと試みる行動力も持っているのですが、そんな彼女でも戸惑うような状況に陥っていくのです」


卓越した剣技でウルフを圧倒する! / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI

――剣を手に取り、馬に乗って駆けるヘラはかっこよく、内面に抱える葛藤には大勢が共感しそうですね。

ボウエン「内戦によって国が引き裂かれてしまい、そのど真ん中にヘラがいるのです。すばらしい戦士ではありますが、怖くもなるし、状況がどんどん悪化してどのように対処していいかもわからなくなる。決して楽な道をたどってはいません。神山監督がすばらしかったのは、そんなヘラの内面をとてもリアルに描いてくれたことですね。あと、2人で話し合ったなかで特に気に入っているのが、ウルフの立ち位置です。興味深いですよね、敵として立ちはだかるわけですが、もしも彼とヘラが実は幼なじみだったらどうなるだろう?と想像したんです。かつての友が愛する人々を傷つけるのを目の当たりにして、ヘラはさらに思い悩むことになるわけですから。神山監督自身が優れたストーリーテラーでもあるので、『より深く、より遠くまで行こう』とアイデアを提供してくれました」


荒くれ者たちを結集し、自らが王であるように振る舞うウルフ / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
――劇中でヘラは“盾持つ乙女”と呼ばれます。「ロード・オブ・ザ・リング」に登場したローハンのセオデン王(バーナード・ヒル)の姪であるエオウィン姫(ミランダ・オットー)もまた、同じ呼ばれ方をされ、ヘラと似たような境遇にいます。エオウィンを意識することはありましたか?

神山監督「ヘラとエオウィンはとても似ているし、すごく意識しました。ただ、『ローハンの戦い』は200年前の物語なので、あまりにも同じになってしまったらこちらがオリジナルみたいな形になってしまう。なので、マネにはならないように気を遣いました。エオウィンのことを尊重しつつ、もしかしたら彼女も知らなかったかもしれない、でも脈々と受け継がれている剣をとって戦った女性の物語であることをすごく意識しました」


ヘラの姿は、ミランダ・オットーが演じたセオデン王の姪、エオウィンを想起させる(『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』) / [c]2024 WBPI TM & [c] The Saul Zaentz Co.
■「我々の映画が本当に仲間入りしたんだなという実感が湧き上がってきた」(神山)


ロンドンプレミアには、豪華「ロード・オブ・ザ・リング」チームが集結! / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
――ところで、先日開催されたワールドプレミアには、ピーター・ジャクソンさんをはじめ、イアン・マッケランさん、ケイト・ブランシェットさんといったシリーズのおなじみの方々も参加されていました。ご一緒されてみていかがでしたか?

神山監督「ピーター・ジャクソン監督が作り上げた『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に加わることができることをとても誇りに感じていました。そして、レッドカーペットをピーターやイアン・マッケランと共に歩き、顔を見た時、ああ、我々の映画が本当に仲間入りしたんだなという実感が、そこで初めて湧き上がってきましたね」


ガンダルフ役を演じたイアン・マッケランも登場 / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI

――ボウエンさんも久しぶりにお会いになる方などがいらっしゃったのでないでしょうか?

ボウエン「久しぶりっていうほどではなかったのですが(笑)。とにかく、この作品が私たちのシリーズ、世界の一部になるということに、イアンもケイトもすごくワクワクしていて、『早く観たい!』と楽しみにしていたんです。イアンには『ある魔法使いが出てくるかも?』とからかってもいました。ワールドプレミアの前日が英国の映画協会の試写だったのですが、そこにもケイトが参加していて、観終えたあと神山監督に『次の神山監督の作品に私を!』とアピールしていました。つまり、2人ともこの作品が本当に大好きだっていうことですよね!」


【写真を見る】変わらぬ美しさにため息が漏れる…ロンドンプレミアに登場した、ガラドリエル役を演じたケイト・ブランシェット / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI

■「ゴラムの物語を描くならアラゴルンなしでは成立しない」(ボウエン)

――トールキンが創造した物語はまだまだあります。今後、映像化してみたいエピソード、キャラクターはありますか?

神山監督「もちろん、たくさんあります。エルフやホビットも描いてみたいすね。ただ、そこにはアニメーションで作るからこその課題、障壁もあります。簡単には言えないですが、本当に魅力的な世界がたくさんあるので、ぜひ映像化に挑戦したいとは思います」


過酷な旅の果てに滅びの山の火口にたどり着いたフロド(『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』) / [c]2024 WBPI TM & [c] The Saul Zaentz Co.
ボウエン「『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』によって、神山監督がいかにすばらしいかを私は知ってしまいました(笑)。そうですね。特にモンスター、クリーチャーを登場させて、どんなストーリーを紡いでくれるのかを見せてほしいです」

神山監督「(今回は)水中の監視者を実写版よりも造形をしっかり見せましたから」


謎に満ちた水中の監視者の姿もしっかり見せてくれる / LOTR TM MEE lic NLC. [c] 2024 WBEI
――ちなみに、シリーズという意味では、指輪を葬る旅が始まる前のゴラムを描く、実写映画『The Hunt for Gollum』も予定されています。原作小説では、指輪を求めて洞窟を抜け出したゴラムをアラゴルンが捕らえるということもあり、彼を演じたヴィゴ・モーテンセンさんとボウエンさんがこの作品についてお話されたとも伺ったのですが…。

ボウエン「もちろん、ゴラムの物語を描くならアラゴルンなしでは成立しないですよね。とはいえ、ヴィゴがカムバックするかはわからないし、いい脚本も書かなければならない。大きなプレッシャーを感じています。ヴィゴが再びアラゴルンを演じるかは彼が決めることですが、もし戻って来なかったとしても、次に誰にバトンを引き継いでもらうかには関わってもらいたいとは思っています」


“旅の仲間”の一人、アラゴルンを演じたヴィゴ・モーテンセン(『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』) / [c]2024 WBPI TM & [c] The Saul Zaentz Co.
「ロード・オブ・ザ・リング」、そしてローハン史を語るうえでも重要な『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』。今後のシリーズの展開にも胸を馳せながら、ヘラ、ヘルム王たちの勇姿をスクリーンで見守ってほしい。

取材・文/平尾嘉浩