78歳の老人に嫁がされた9歳の少女……ケニア政府は児童婚を禁止する法律を制定してはいるが、「伝統」が大きな壁になり、思うようには改善していない。ケニアにいまだに残る「児童婚」の恐るべき実態。
ルポライター・三浦英之がアフリカの各国を取材した『沸騰大陸』より一部抜粋、再編集してお届けする。
児童婚は禁止する法律を制定しているも、「伝統」の壁が…
「私が初めて結婚したのは9歳のときでした。相手は見知らぬ78歳の老人でした」
ケニアの首都ナイロビから車で北に約8時間。牧畜を営むサンブル民族が住むマララル村で、中学校に通うユニス・ナイセニャはうつむきながらインタビューに答えた。廊下で級友の呼び声に恥ずかしそうに右手を振って応える、まだあどけなさが残る16歳の少女だ。
アフリカやアジアなどを中心に残る「児童婚」。アフリカでは人口増を背景に、2050年までにはその被害者数が3億人に上ると予想されている。
サンブル民族にはいまも、女子児童を成人男性と結婚させたり、結婚前に女性器を切除したりする風習が色濃く残っている。幼くして結婚させられた「花嫁」たちは、学ぶ機会を奪われたまま、性行為や労働を強要される。
9歳だったナイセニャは7年前、父親に結婚を命じられた。「学校に通いたい」と反発したが、許されなかった。78歳の夫と1週間暮らしたが、性行為を拒むたびにムチで打たれたため、「嫁ぎ先」から逃げ出し、児童婚の撲滅に取り組むNGOの施設に飛び込んだ。
「もうあんな思いはしたくはない」とナイセニャは恥ずかしそうに言った。「老人とセックスをするなんて本当に嫌よ。恋愛ぐらい自由にしたいの」
同じ中学校に通う15歳のクリスティン・ナシャキも、12歳のときに無理やり両親に結婚させられた被害者だ。相手は62歳の男性で「父親より年上なので、嫌で吐きそうになった」という。
結婚後は学校に通わせてもらえず、嫁ぎ先で「家畜のように」(本人談)仕事をさせられた。1日3回、20リットルの容器を抱えて5キロ離れた小川まで水をくみに行き、10キロも離れた市場にミルクを運んで全部売り切るまでは家に帰してもらえなかった。
帰宅すると、朝までセックスを強要された。ナシャキを見かけなくなった学校の女性教師が「児童婚の疑いがある」と警察に通報し、捜索の結果、救出された。
「私、弁護士になりたいんです」と彼女は取材に元気よく答えた。
「子どもたちが学校に通う権利を守れる社会を作りたいから!」
ユニセフによると、ケニアでは20歳から24歳の女性のうち、18歳未満で結婚した割合は23パーセント、15歳未満で結婚した人は4%にも及ぶ。日本で言えば、4人に1人が高校生、25人に1人が中学生で、親に無理やり結婚させられている計算だ。
ケニア政府は児童婚を禁止する法律を制定してはいるが、「伝統」が大きな壁になり、思うようには改善していない。
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「これ以上、少女たちに『痛み』を押しつけちゃいけない」
サンブル民族の村に行き、大人たちの意見を聞いてみることにした。
9歳の娘を結婚させた経験を持つ47歳の母親は言った。
「夫が牛と持参金を受け取ってしまったんです。そうなるともう、村の『しきたり』で結婚を拒むことはできません」
11歳の娘を嫁がせたという45歳の母親は釈明する。
「夫が『友情の証しに』と、娘をその友人の息子と結婚させたんです。この村では伝統に逆らうと、私たちも集落から追放されてしまいます」
マララル村で児童婚の撲滅運動に取り組むNGO「サンブル少女基金」のクリスティーヌ・レパセルが顔を歪めながら教えてくれた。
「ここでは児童婚を『伝統文化』と捉えている人がいまでも本当に多いの。女の子はこの村では牛やヤギの家畜と変わらないのよ。1日も早く自らの意思で結婚相手を選べるような社会を作らないと、いつまでも負の連鎖が続いてしまうわ」
サンブル少女基金の設立以後、職員の手によって救出された少女の数は全部で210人。彼女たちは実家には戻れないため、施設で生活したり、寮のある学校で勉強したりしている。
取材に訪れたロドケジェク中学校では、女子生徒285人のうち42人が児童婚から救出された少女たちだった。
「最大の障壁は、この地域で暮らす人々の教育に対する理解の低さです」と校長のサムエ・ララキンピンは言う。
「この地方における女子の初等学校進学率は2割程度。多くの住民が『女子に教育はいらない』と信じ込んでいる。なかには『女の子に教育を受けさせると、まともな子どもが生まれなくなる』なんて言う人までいるんですよ!」
村を離れるとき、四輪駆動車は荒野を歩く村の成人女性たちの集団に出くわした。
サンブル民族は日本でよく知られているマサイ民族の遠縁にあたり、女性たちは赤い衣を身に纏い、首にビーズなどで作られた豪華な首飾りを幾重にも巻いている。ここでは首飾りが多いほど、女性は美しいとされるらしい。
その首飾りの持つ意味について、ケニア人である現地助手は四輪駆動車の中で私にこう教えてくれた。
「ケニア北部のある村では、首飾りの数が親類の男たちとの性交渉の回数を表すんだ。性交渉が終わるごとに女性には首飾りが捧げられ、女性たちはその首飾りを『勲章』としていまも首に巻きつけている」
苦しそうに重ねて言った。
「そんな『狂った伝統』、絶対変えなきゃいけないよ。これ以上、少女たちに『痛み』を押しつけちゃいけないんだ」
文/三浦英之『沸騰大陸』より抜粋 構成/集英社学芸編集部