文中では「ムロイ」の室井滋という女優は、誰しもご存知だろう。

 40年以上にわたって映画、テレビで活躍してきた。映画評論家として、早稲田大学在学中に出演した学生映画「ビハインド」(78年)以来、ずっと出演作を見続けているわたしは、1980年前後、長崎俊一、大森一樹、阪本順治など、後の日本映画を支える監督に育った仲間たちと共に活動し、「自主映画の女王」と呼ばれた姿を、今も忘れない。

 その一方で文筆家でもあるのだ。最新刊でも、ムロイの筆は冴え渡る。この4年間に書いたものを自身で厳選、再構成、加筆、修正したというだけに、話題の配列の妙にも感心させられる。雨の夜、自宅前で泥にまみれた男物のパンツを発見し「何故ここに?」と推理し妄想を膨らませる「嘆きのおパンツ様」と題した冒頭の一編だけで、ムロイの世界に引き込まれてしまうではないか。

 60代となり、オバサンを自認するムロイによる日常スケッチのひとつひとつが、昭和の視点で、今の世の中を眺める趣向になっている。人間ドック受診に緊張したり、喫茶店で尿漏れパッドの話題で盛り上がったり‥‥。かと思うと、レコード人気復活を喜び、新幹線のワゴンサービス廃止を悲しみ‥‥。さらには、昨年から、故郷・富山県の文学館長に就任して帰省する機会が多くなったそうだ。地元での富山弁丸出しの会話が交わされる、田舎風景の温かみにも惹かれる。

 しかも、昭和の考え方に肯定的なのがうれしい。ジェンダー平等で「女優」と呼ばず「俳優」と総称する傾向に反し、「女優じゃダメですか?」と言ってしまうムロイ。こよなく愛する銭湯で、子どもの混浴年齢制限に困惑し、男湯と女湯を、子どもが自由に往来していた、幼き日の風景を蘇らせて「ああ、昭和が懐かしい。良かったよなぁ~」と嘆息してくれるのだ。店頭や町中での、当節の人々の世知辛い振る舞いに向ける怒りの数々にも共感できる。

 我々オジサンへ向けるまなざしも、心なしか優しい。中でも抱腹絶倒なのは「ヨシオ」というオジサンのエピソードだ。公式行事の主賓でありながら、式典直前に、腹がゴロゴロで近くのトイレ個室に飛び込み、ふと見ると便座脇にサニタリーボックスが! すると、「焦って女子トイレに入ってしまったのか!」。そこは、子どものオムツや高齢者の尿漏れパッド、トランスジェンダーにも配慮した最新施設だった、とのオチがつくのだが。

 このヨシオこそ、ムロイとコンビで絵本も出している画家・長谷川義史。本書にも、意表を突く、思わぬ場所にランダムに配された小さな画を提供していて、これを見ることができるのも楽しみの一つである。

《「ゆうべのヒミツ室井滋・著/1540円(小学館)》

寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

【写真ギャラリー】大きなサイズで見る