大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、ステフィ・グラフを取り上げよう。
グラフとナブラチロワの対決となった1987年全米オープン決勝。ここでグラフは痛恨の敗戦を喫した。その日からグラフの新たなチャレンジが始まった。しかし食生活の乱れから体重増という思わぬ難敵をかかえてしまう――。
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グラフのこれまでの生活はハードすぎた
全米オープンに登場したグラフは、あきらかに身体が丸みを帯びていた。足も太くなっていたし、腰まわりも何となくふっくらして見えた。
骨格がしっかりしてきた、という見方もあるだろう。しかし、それにしてはフットワークに精彩がなかったのが気にかかる。半歩及ばないシーンが随所に見られた。
7月末から8月はじめにかけて行なわれたフェデレーションカップで、グラフの足が動いていないことを指摘されたペーターは、こう弁解している。
「実は、太り過ぎが原因なんだ。ウインブルドンで短い試合ばかりだったから体重が66キロまで増えてしまった」
もっとも、短い試合のせいで太ってしまったというのは真実ではない。もしそれが本当なら、ナブラチロワはウインブルドンのたびにまん丸に太っていなければならない。グラフが太り始めた背景には、精神と肉体の均衡状態がやや狂い始めたことが原因として挙げられるのではないだろうか。
グラフは14歳でデビューした。そして、精神的にもっとも危うい思春期を、テニス1本に集中することで乗り切ってきた。彼女は人並み以上の才能に恵まれたとはいえ、ここまで彼女を押し上げてきたのは、この類まれな集中力である。
この集中力が、不意に萎える時がある。テニスだけでなく、他の様々なことに興味を持ち始めると、それは顕著になる。
それでなくても、グラフのこれまでの生活はハードすぎた。その強さゆえに人々は時に忘れてしまうが、彼女はまだほんの18歳なのである。
まだ20歳にもならない少女が、半年間で家にいたのがたった1日だったり、ボーイフレンドと話をする暇がなかったり、国別対抗戦のエースとして祖国の名誉のために奮戦したりする。果たして世界中の18歳の中で、グラフほど重圧を受けつつ過酷な日々を送っている少女が他にいるだろうか。
彼女は世界でもっとも裕福な18歳であるとともに、もっとも不自由な18歳でもあるのだ。その歪みはまず食生活に現れた。まるで檻に入ったまま興行地を転々とするサーカスの動物のように、窮屈なトーナメント生活。父親ペーターの励ましがあり、テニスが大好きだからこそ辛抱することができた。しかし、その辛抱の代償としてグラフは手近かなヤケ食いに走った。食生活のコントロールを失ってしまったのだ。
滅茶苦茶な生活だけは改めなくてはならない
元来、彼女はダイエットに気を配るほうではなかった。さらに気がかりなのは「スパゲティーをたくさん食べるようにしている」点だ。このスパゲティーというのが問題。
イタリア人は前菜にスパゲティー1人前を平気でたいらげる。そのあと、メインディッシュとしてボリュームたっぷりの肉や魚。デザートには山のようなチーズとアイスクリームを食べる。日本人からは考えられない大食漢ぶりだが、その根底にはスパゲティーがある。グラフはイタリア人ではないが、スパゲティーを主食にしていることに変わりはない。このスパゲティーが食を促進させるのだ。
かつてナブラチロワも10代の頃、食生活が乱れたことがあった。ハンバーガーの食べすぎでまるまる太り、ベスト体重を10キロもオーバーする有様だった。当然、成績は不振をきわめた。グラフの場合、もちろんそこまで至っていないし、兆候はわずかだ。しかし、全米オープン決勝を見るかぎり楽観は許されない。
ナイターで行なわれたあの一戦は、視力で衰えるナブラチロワに不利だった。それにもかかわらず、グラフは武器であるフォアハンドストロークのミスを連発させた。足が重く、ボールに十分届いていなかった。それなのに無理な体勢から打つケースが目立った。これでは勝てるわけがない。
わずか3、4キロ程度の体重オーバー、と言うことなかれ。試しに、3キロの重りを持って走ってみるといい。足は動かないし、すぐに息切れしてしまうだろう。
ナブラチロワはかつて、スポーツ栄養学の専門家の指示に従い、コンピューターによる効果的なダイエットメニューによって甦った。グラフの場合、そこまでやる必要もないだろうが、せめて規則的な食生活と適度な量によってベスト体重を常に維持する努力はすべきである。
と同時に、ある意味では食生活を乱す元凶にもなっている心の苛立ちに、上手に対処していかなければならない。何人もの有望な少女が自分の気持ちをうまくコントロールできずにバーンアウトしてしまった事実を、グラフもよく知っているだろう。
無理のないスケジュールを立て、適度にリラックスする時間をもつこと。せめて、半年間で家にいたのが1日、という滅茶苦茶な生活だけは改めなくてはならない。
~~後編へ続く~~
文●立原修造
※スマッシュ1987年12月号から抜粋・再編集
(この原稿が書かれた当時と現在では社会情勢等が異なる部分もあります)
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