2024年、最も成功した金融関連の新たな取り組みは、5月9日にスタートしたJR東日本の「JRE BANK」(サービス自体は22年に発表済み)、最も話題になった取り組みは、全面中止で大騒動になった「ヤマダNEOBANK」の「ヤマダ積立預金 満期特典」だろう。どちらもBaaS(Banking as a Service)で、「JRE BANK」は楽天銀行、「ヤマダNEOBANK」は住信ネット銀行のプラットフォームを利用している。対象のコンビニ・飲食店での高還元などから、三井住友銀行の個人向け金融サービス「Olive」も注目を集めた。今回はこのうち「JRE BANK」を取り上げ、JR東日本の狙いを考えてみたい。
2024年、金利や特典に強みをもつ
個人向け金融サービスが話題を集めた
●「JRE POINT 生活圏」から「Suica 経済圏」へ
デジタル金融サービス「JRE BANK」は、JR東日本が24年6月に発表した中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」によると、今後10年で現在の「JRE POINT 生活圏」を飛躍的に拡大したリアル・デジタル双方にまたがる「Suica 経済圏」の金融サービスの一つとして、より重要なポジションを占めるようになる見込み。JR東日本の最終的な目標は、10年後(33年度)のIT・Suicaや流通・サービスを含む生活ソリューション事業の営業収益・営業利益を23年度比2倍に引き上げることだ。
24年12月10日には、「Beyond the Border」に基づき、「Suica ルネサンス」と称し、新しいSuicaの機能や仕組み、今後の実装ロードマップなどを公表。Suica 経済圏の中心となる、新しいSuicaは、「生活のデバイス」として再定義する。
Suica Renaissanceで
今までの「当たり前」を超える
Suicaの機能のアップデートに伴い、将来的には「改札」も大きく変わる模様だ。今後10年以内とかなり短いスパンでの移行を想定しており、28年度に実施予定のセンターサーバー化により、現状の交通系ICカードのように改札機にタッチせずにSuicaで通過できる「ウォークスルー改札」、改札機がない駅での「位置情報などを活用した改札」の実現を目指すという。また、チケットやSF(残高)のバリューを一括管理するセンターサーバー化によって、事前に設定したクレジットカードや「JRE BANK」などの銀行口座から乗車後に支払う「あと払い」の実現も目指していく。
今後の実現を目指す「ウォークスルー改札」、
電車運賃の「あと払い」を含むSuicaの機能強化のロードマップ
(JR東日本 2024年12月発表プレスリリースより)
それらに先立ち、まずは25年2月に、JR東日本グループの統合IDサービス「JRE ID」の提供を開始する予定。当初の対応サービスは「モバイルSuica」のみだが、「えきねっと」など順次追加していく。さらに26年秋頃に「モバイルSuicaアプリ」を大幅にリニューアルし、現状のSuicaの上限額2万円を超える買い物が可能になる「コード決済機能」を追加する予定だ。27年度までに完了予定のID統合によって、ポイント・決済から、旅行商品(チケットレスサービス)の購入、EC・ふるさと納税まで、鉄道以外にも広がるJR東日本の各サービスの利便性を高めるとともに、「楽天経済圏」などの他の共通ポイント経済圏や、競合する私鉄・他のJR各社の経済圏に対抗する。
今までサービスごとに登録が必要だったアカウント(ID)を
「JRE ID」に統合し利便性を高める。
2025年2月以降、まずは「モバイルSuica」から対応予定だ
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●生活の中心に新しいSuicaを
JR東日本が打ち出した「ウォークスルー改札」は技術的な面でも注目に値するが、詳細は現時点では不明。対して、運賃の「あと払い」や、Suicaへの「コード決済機能」の追加は既存サービスからあらかた予想がつく。事前にチャージした電子マネーの残高と共有する「d払い」「メルペイ」「ファミペイ」、プラットフォーム(方式)ごとにそれぞれ残高を管理する「楽天ペイ(楽天キャッシュ)-楽天Edy」方式、どちらかになるだろう。もし前者なら「Suicaのコード決済」は、後発ながらもPayPayに対抗しうる有力なスマートフォン決済サービスになりそうだ。
ID統合を経て「Suicaアプリ(仮称)」を
軸にした一体的なサービス展開へ
これまでJR東日本が発表したSuicaの機能アップデートと「JRE ID」に関するプレスリリースを読み、ふと疑問に思ったことがある。今は交通系電子マネーのSuica/PASMOと一括りにされることが多いが、「コード決済」機能や「ウォークスルー改札」を通過するための認証機能が加わった新しいSuicaと、既存のPASMOは完全に別のサービスになるのではないか?
SuicaもPASMOもスマートフォンで利用できる
モバイルサービスへの乗りかえを呼びかけている
両方を使っている方はお気づきだと思うが、モバイルSuicaアプリとモバイルPASMOアプリは、姉妹アプリといってもいいほど似通っている(全部同じではなく、PASMOだけの機能もある)。今のSuicaの代わりはPASMOが受け持ち、モバイルSuicaはより便利に、モバイルSuicaアプリは「スーパーアプリ」として進化させていく。JR東日本の狙いを推測すると、「タッチしない改札」「ご当地Suica(仮称)」といった技術的な目新しさと地域課題解決の姿勢で話題をさらいつつ、本命はポイント・決済を中心としたエコシステムの確立だろう。好評なスタートを切った「JRE BANK」はその重要なピースだ。(BCN・嵯峨野 芙美)