ナーグ・アシュウィン監督が語る『カルキ 2898-AD』の制作秘話!「日本のアニメにも影響を受けました」

『カルキ 2898-AD』(公開中)は、110億円というインド映画史上最大規模の製作費を投じて作られたSFアクション大作だ。2898年の未来、地上最後の都市となったカーシーは、200歳の支配者スプリーム・ヤスキンと、空に浮かぶ巨大な要塞コンプレックスに支配されていた。そんななか、奴隷の女性スマティが宇宙の悪を滅ぼす“運命の子”を身ごもったことをきっかけに、反乱軍とコンプレックスの大戦争が幕を開ける。そこに孤高の賞金稼ぎバイラヴァが加わったことで、過去の宿命までもが動きだしていく。


インド映画史上最大規模の製作費を投じて作られた『カルキ 2898-AD』 / [c]2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

神話時代から6000年後の未来。荒廃した世界でコンプレックスでの生活を切望する最強の賞金稼ぎバイラヴァを、「バーフバリ」シリーズのプラバースが演じる。また、世界の命運を握ることとなるスマティを『PATHAAN/パターン』(23)のディーピカー・パードゥコーン、長きにわたり“運命の子”の出現を待ち続ける不死身の戦士を『ブラフマーストラ』(23)のアミターブ・バッチャンが扮し、豪華スターの共演でも注目を集めている。

近未来を舞台に圧倒的な映像で描かれた本作は、古代インド叙事詩「マハーバーラタ」の世界を下敷きにして描かれたことも話題だ。「マハーバーラタ」の映画化は、過去に『RRR』(22)のS.S.ラージャマウリ監督が語ったように、インドの映画監督であればいつかは実現したいと夢見る大プロジェクトである。しかし、世界で最も長い物語の一つとされる全18巻の叙事詩の完全映像化は、非常に困難であることは言うまでもない。そうした状況下で、『カルキ 2898-AD』において、ナーグ・アシュウィン監督は「マハーバーラタ」の続きを未来世界で描くというアイデアで人々を驚かせた。

このたび『カルキ 2898-AD』のプロモーションのため来日したアシュウィン監督へのインタビューを行うことができた。12月18日に実施されたジャパンプレミアでは、映画ファンたちに盛大な歓声で迎えられた監督。今回のインタビューでは、『カルキ 2898-AD』が生まれたきっかけとなったアイデアや、次回作の構想などを明かしてくれた。

■「もし『マハーバーラタ』のアシュヴァッターマンが生存していたら…という想像から物語を作りました」


爽やかな笑顔のナーグ・アシュウィン監督 / 撮影/河内 彩

『カルキ 2898-AD』の下敷きになった「マハーバーラタ」は、古代王国の王位継承争いを描いた物語である。神の子である5人の王子たち「パーンダヴァ」と、王位をねらう100人の王子たち「カウラヴァ」の18日間の大戦争がクライマックスである。『カルキ 2898-AD』は「マハーバーラタ」の大戦争の終結後から物語が始まる。このようなアイデアが生まれたきっかけはなんだったのだろうか。

「最初のきっかけは、アシュヴァッターマンです。『マハーバーラタ』のなかで、アシュヴァッターマンの物語はまだ終わっていません。未完のままなのです。もし不死身になった彼がまだ生存していたら、彼の受けた呪いにはどんな目的があったのだろうかと考えました。それがアイデアのもとになり、そこから物語を作りました」。

「マハーバーラタ」の主人公は五王子「パーンダヴァ」であり、アシュヴァッターマンは敵のカウラヴァ陣営にいた悪役である。彼はパーンダヴァの血を絶やすために胎児を殺したことで神に呪われ不死となり、世界を放浪することになる。監督にとってアシュヴァッターマンはどのような存在なのだろうか。

「アシュヴァッターマンはとても印象的なキャラクターです。もちろん『マハーバーラタ』の物語自体に奥深さがあるのですが、アシュヴァッターマンも同様に深みがあり、興味深い存在です。アシュヴァッターマンの父ドローナは、最強の力をもつ戦士であり教師です。しかしドローナには、息子とは別にお気に入りの生徒(アルジュナ)がいます。アシュヴァッターマンはとても強く、強力な神の武器をもっている優れた戦士ですが、不死になり、呪いに苦しみながら新しい時代の到来を目撃しなければなりません。このようにアシュヴァッターマンには多くの矛盾と葛藤があり、その複雑さが非常におもしろいと感じています」。


ナーグ・アシュウィン監督が本作を制作するきっかけとなったアシュヴァッターマン / [c]2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

「マハーバーラタ」には数多くの登場人物がいるが、アシュウィン監督のお気に入りはアシュヴァッターマンということなのだろう。ほかにも好きなキャラクターがいるのか聞いてみた。

「好きなキャラクターは、アシュヴァッターマンと…個人的には、カルナです(笑)。『マハーバーラタ』は、その章ごとにキャラクターの視点があって、とても関心をそそられる力強い物語があるのです。そのため、読むだけでそれぞれのキャラクターに深く思い入れてしまうのです」。

もう1人のお気に入りがカルナだと答えたアシュウィン監督は、筆者に茶目っ気たっぷりな笑顔を向けた。カルナは、アシュヴァッターマンと同じくカウラヴァ軍に属する悪役である。五王子の三男アルジュナのライバルであり、実は五王子の兄にあたる。自らの複雑な出自を知りながらも、最期までカウラヴァの側で戦った。悪役にもかかわらず、インドではアルジュナに並ぶほど人気が高いキャラクターだ。

アシュウィン監督から、筆者の好きなキャラクターは誰かと聞かれたので、私もカルナとアシュヴァッターマンが好きだと答えた。もちろんアルジュナや、五王子の長兄ユディシュティラも大好きで、彼らのセリフが映画に登場した時、ものすごく興奮したとも伝えた。

■「子どもたちにも『カルキ 2898-AD』を楽しんでほしくて、アニメシリーズ『ブッジ&バイラヴァ』を作りました」


日本のアニメが大好きだというナーグ・アシュウィン監督 / 撮影/河内 彩

アシュウィン監督は舞台挨拶で、「NARUTO -ナルト-」や『もののけ姫』(97)など日本の漫画やアニメに言及し、特に「NARUTO -ナルト-」のカカシ先生が大好きと話していた。日本の作品やアニメは、監督が手掛けたアニメシリーズ『ブッジ&バイラヴァ』(『カルキ 2898-AD』の前日譚で、主人公バイラヴァとAIロボット、ブッジの名コンビの誕生秘話を描くアニメーション映画)にも影響を与えたのだろうか。また、アニメシリーズを手掛けた理由はなんだろうか。

「『ブッジ&バイラヴァ』は、もちろん日本の漫画やアニメから様々なインスピレーションを得ています。最近のアニメーションだと、日本のものではないですが『アーケイン』も好きです。『ブッジ&バイラヴァ』を作った理由の1つは、子どもたちにも『カルキ 2898-AD』の世界にすんなり入って楽しんでほしいと思ったからです」。

『ブッジ&バイラヴァ』でブッジとバイラヴァが一緒にいる様子や、『カルキ 2898-AD』のなかでのバイラヴァのとある戦法などには、日本のアニメを彷彿とさせるシーンが多いことに気づいた人もいるかもしれない。アニメの力を信じる監督だからこそ、子どもたちに向けて『カルキ 2898-AD』の世界をアニメ化したのだろう。

■「脚本を書く時は、ジェンダーを意識していないです」


運命の子を身籠ったスマティの運命は… / [c]2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

アシュウィン監督といえば、数々の賞に輝いたテルグ映画『Mahanati(原題)』である。日本ではタミル語版が『伝説の女優 サーヴィトリ』という邦題で2020年に公開され、運命に翻弄される女優サーヴィトリと、記者のマドゥラワーニのひたむきな頑張りに心動かされた人も多い。インドではあまり主流ではない、女性が主人公の作品で人々を惹きつけた監督だが、女性を描写する際に心がけている特別なことはあるのだろうか。

「実は…私は普段、脚本を書く時、ジェンダーを意識していないのです。だからうまくいくのかもしれません。キャラクターはキャラクターであり、彼らはその状況に置かれていて、なにかを無理やり強いているのではありません。ただその状況に正直なだけです。だからこそ、観た人の心に感じるものがあるのかもしれません」。

『カルキ 2898-AD』でも、ロキシーやスマティ、マリアムなど、強い女性が登場している。性別を意識せず人間のドラマを描くという監督の方針に胸を打たれた。

■「3人が一緒に映る印象的なシーンはとてもワクワクしていました」


バイラヴァとアシュヴァッターマンの闘いが見どころ! / [c]2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

『カルキ 2898-AD』ではインドを代表する俳優たちが共演していることでも話題になった。特に主演のプラバース、ディーピカー・パードゥコーン、アミターブ・バッチャンの3人について、監督が格別に印象深かった思い出はあるのだろうか。

「映画の後半で、プラバースやアミターブ・バッチャン、ディーピカー・パードゥコーンの3人が一緒に映る印象的なシーンがあります。実は撮影していた時、3人一緒だったのはたった数日間だったので、あの場面の撮影をするため現場にいた私たちも、とてもワクワクしていました。劇場公開時には、あのシーンを観客も楽しんでくれたのがわかったので、本当にすばらしい思い出です」。筆者もそのシーンには目が釘付けになったことを伝えると、監督は楽しげな笑みを浮かべた。

■「次回作では、スプリーム・ヤスキンの過去の話が登場する予定です」


続編ではスプリーム・ヤスキンの過去が描かれる予定 / [c]2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

映画の終盤で衝撃的な展開を迎えた『カルキ 2898-AD』だが、続編の構想はあるのだろうか。インドでのインタビュー記事では、次回作は本作の背景となったカーシー、コンプレックス、シャンバラのほかにも新たな舞台が登場することが示唆されていた。次回作に向けた展開を、差し支えない範囲で教えてほしいと願うと、アシュウィン監督は快く応えてくれた。

「次回作では、スプリーム・ヤスキンの過去の話が登場する予定です。ヤスキンの生い立ち、彼がどこから来たのか、一体なにを計画しているのか…。物語の多くは彼に関するものになるでしょう。そして、新しいステージに入った2人、バイラヴァとアシュヴァッターマンの活躍にも期待してください」。

スプリーム・ヤスキンは、地上最後の都市カーシーを支配する200歳の支配者である。悪役として非常に印象深いキャラクターながら、謎多き存在である。スプリーム・ヤスキンを演じるのは、南インドのタミル映画界の大御所、カマル・ハーサン。彼は200作品以上に出演している演技派俳優であり、『ムトゥ 踊るマハラジャ』(95)の主演ラジニ・カンートと人気を二分する存在でもある。カマル・ハーサンへのヤスキン役への説得には1年がかりだったそうだが、次回作で彼はどのような姿で登場するのだろうか。また、バイラヴァとアシュヴァッターマンの関係も大きく変わると予想される。まだ本作が公開されたばかりだが、すでに次回作への期待が高まる。


【写真を見る】『カルキ 2898-AD』のプロモーションのため来日したナーグ・アシュウィン監督を直撃! / 撮影/河内 彩

上映会で一足先に『カルキ 2898-AD』を観た観客たちは、監督が作り込んだ世界観に圧倒された様子で、エンドロールが終わったあとには盛大な拍手が鳴り響いた。日本人にはあまり馴染みのないインド神話を物語の下敷きにしつつも、これほど受け入れられたのは、監督が影響を受けた映画やアニメなどの文化が、観客たちにとって慣れ親しんだものだったこともあるのかもしれない。若き監督が作った妥協のない映像と新たなインド映画の歴史を、ぜひ目に焼き付けてほしい。

取材・文/天竺奇譚