一発退場で大号泣の下級生正GK水野稜に、先輩GK緒方琉太が抱き寄せて伝えた「俺がやってやる」。矢板中央の守護神たちの熱き感動秘話【選手権】

[高校選手権・3回戦]前橋育英(群馬)3-2 帝京大可児(岐阜)/1月2日/駒沢陸上競技場

 天命は突如やってきた。

 1月2日に駒沢陸上競技場で行なわれた全国高校サッカー選手権3回戦、帝京大可児は前橋育英に2点を先行されながらも、前半16分に明石望来がネットを揺らし、同27分には加藤隆成が同点ゴールを奪取。個の力と組織的なパスワークの両面で強豪に引けを取らず、ゲームの流れをグッと引き寄せた時だった。

 前半33分、ペナルティエリアを飛び出した2年生の正GK水野稜が、裏に抜け出した前橋育英の平林尊琉を倒してしまい一発退場。急遽、出番が回ってきたのが、3年生のGK緒方琉太だ。そしてスクランブル出場の守護神が、数的不利のチームを何度も救う。

 まずは前半アディショナルタイム、前橋育英の大岡航未がペナルティエリア中央手前から左足を振り抜くと、対する緒方は右上に飛んできた強烈シュートを抜群の反応で弾き出す。重要な時間帯にスーパーセーブでゴールを死守し、2-2のまま前半を乗り切った。
 
 迎えたハーフタイム、ロッカールームでは水野が大号泣していたという。涙が止まらない同志のもとへ、緒方が駆け寄り、抱き寄せ、ひと言だけ言った。

「俺がやってやる」

 言葉どおり緒方は後半に入っても好守を連発した。8分には前橋育英の大岡が至近距離で打ったヘディング弾を左手でビッグセーブし、13分には的確なタイミングで果敢に飛び出して再び大岡のシュートを防ぐ。29分にも、またも大岡のヘッドを弾き出した。

 数的不利ながらも、前橋育英とギリギリまで互角に渡り合った帝京大可児の縁の下の力持ちは、紛れもなく緒方だった。しかし、10人で11人の強豪と戦うのは厳しく、徐々に運動量が低下した後半36分に失点。惜しくも2-3で敗れた。

 試合後、緒方は堂々と胸を張り、晴れやかな表情で高校ラストマッチを振り返った。

「負けてしまったんですけど、全部出し切ったので、やり切りました。ずっと選手権の舞台を目標にやってきたなか、アクシデントだとしても、試合に出られたことは自分の財産として、胸を張って帰ろうと思います。本当に悔いはありません。めちゃくちゃ楽しかったです」

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 緒方は、足もとの技術に優れる下級生の正GK水野を「リスペクトしている」という。その言葉に偽りはなく、試合前には抱き合い「思い切ってやってこい」と声をかけた。ずっと一緒に自主トレーニングをしてきた2年生のライバルを、心の底から励ました。

 緒方の姿勢には帝京大可児の仲井正剛監督も「急遽、出場だったんですけど、よくやってくれました。2年生が正GKをやっているなかでも、常に良い準備をして、よくやってくれたと思います」と労いの言葉を述べる。そして3年生のチームメイト、加藤からは熱き秘話も聞こえてくる。やはり仲間は、サブGKの努力を目に焼き付けていた。

「ゴールキーパーで2年生が試合に出て、3年生なのに出られないのは、自分だったら悔しくて嫌な気持ちになってしまいますが、それでも緒方は一生懸命に練習して、真面目にトレーニングに取り組んでいました。それが実を結び、緊張感ある選手権で、アップもあまりできない緊急出場でも、ビッグセーブできたんだと思います。

 緒方は練習で上手くいかなかった時、仲井監督から厳しく指摘されることもありましたけど、そのあと僕らチームメイトにも何が悪かったか聞いてきて、常に改善しようとしていました。本当にまっすぐにサッカーを頑張っていたので、突然チャンスが巡ってきても活躍できたのは、日頃の行ないがあったからかなと思います。緒方と一緒にやれて良かったです」
 
 この日、普段は多忙でなかなか観戦に来られなかった両親が、東京まで試合を見に来てくれていたという。緒方は「ずっと試合に出られない時間のほうが長かったですけど、それでもずっと支えてくれて、感謝しかないです。来てくれた試合で出られて良かったです」と嬉しそうに語った。

 感謝する両親から、緒方は激励とともに檜舞台へ送り出されていた。

「後悔なく楽しく頑張ってこい」

 真摯に努力を重ね、謙虚な姿勢を貫いた緒方に与えられたのは、「後悔なく」力を出し尽くすための晴れ舞台だったのではないだろうか。あぁ、サッカーの神様って、やっぱりいるのかなぁ。改めて、そう感じさせられた感動ストーリーだった。

取材・文●志水麗鑑(フリーライター)

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