炎を上げる「地獄の門」は実在する / credit:Wikimedia Commons
紅蓮の炎渦巻く「地獄の門」は地球上に実在します。
それはどこにあるかというと、カスピ海沿岸、イランの北側に位置する旧ソ連のトルクメニスタンにあるタルヴァザという土地。カラクム砂漠にあります。
「地獄の門」は、ある日突然、まるでゲートのように現れました。砂漠の中、もう50年以上前のことです。都市部でなくてよかったですね。
地獄の門が現れた時はそこに人もいましたが、幸い事故にあった人はいませんでした。
その後「地獄の門を閉じよ」という大統領令が発令されました。しかし実行できる勇者、ハンターはまだ現れていません。どんなスキルがあればラスボスを倒して門を閉じることができるのでしょう。
実はこのゲート、閉じないほうがいいというのです。
では、地獄の門がなぜラスボスを倒さず、燃え盛っているままにされているのかの謎を探ってみましょう。
目次
地獄の門の正体とはメタンとはどのような物質なのか
地獄の門の正体とは
トルクメニスタンは旧ソ連。中東に近いエリアに位置する / credit: Wikimedia Commons
トルクメニスタンに突如現れた、まるでゲートのような地獄の門は直径約70メートル、深さ約30メートルの巨大な穴です。
大地にぽっかりと空いた大きな穴から、燃え上がる炎が見える様は不気味さを漂わせます。
情報の少ないトルクメニスタンでのことのため、謎が多いのですが、これは大地に開いた穴に人が火を放ったものだと言われています。
どうして火を放った穴が燃え上がっているのでしょう。まずその経緯を振り返ってみます。
燃え盛る地獄の門は、旧ソ連だった中央アジアのトルクメニスタンにある「タルヴァザのクレーター」と呼ばれるものです。「カラクムの輝き」という素敵な正式名称があるにも関わらず、その恐ろしい姿から、いつしか「地獄の門」と呼ばれるようになりました。
時は1971年、当時ソ連だったトルクメニスタンで、技術者たちは油田を求めて調査を行っていました。そして、まさに地獄の門のある場所を調査するため掘削しようとしたのです。
しかし、そこにあったのは天然ガスが漏れ出す洞窟でした。
一帯は洞窟内へ崩落し、クレーターとなってしまいました。これが「地獄の門」が開いた原因です。
ここで問題だったのは、クレーターから天然ガスが漏れ出てきたことです。天然ガスはメタンでした。
これが漏れ出たまま人が密集する地域へ流れて行っては大変です。そこで、火をつけてガスを燃やすことにしたと言われています。
こうして燃え上がる「地獄の門」が誕生しました。
ここでトルクメニスタンという国について見てみましょう。トルクメニスタンは「世界一凝っている」と評される国旗を持っています。国連総会で永世中立国の地位が認められたため、国連旗と同じ平和の象徴であるオリーブの枝がデザインに追加されました。
世界一複雑で凝ったデザインといわれるトルクメニスタンの国旗 / credit: Wikimedia Commons
もうひとつ有名なのがアハルテケ馬です。
これはトルクメニスタン原産の馬種で、被毛が金属光沢を放つ「黄金の馬」とも呼ばれています。厳格な血統書を持ち、世界各地に愛好家がいるだけでなく、持久力があり、約4200kmを84日間で走破した記録もあるという馬です。
全身の毛が金色に輝くアハルテケ馬 / credit: Wikimedia Commons
さらに、首都アシハバードには白い大理石の建物が立ち並ぶび「中央アジアのドバイ」とも呼ばれています。
実はトルクメニスタンとは、海外旅行先として魅力の観光地だったのです。そのような国に現れた「地獄の門」。当初「カラクムの輝き」という名称にされた理由もわかりますね。これはあっという間に新しい観光資源となりました。
真っ白な大理石の建物が並ぶトルクメニスタンの首都、アシハバード / credit: Wikimedia Commons
突如出現したゲートには、勇者ではなく観光客が大勢訪れることとなり、転落防止のための柵も作られました。
しかし、「地獄の門」は、観光地となって終わりではありませんでした。
トルクメニスタンは、旧ソ連だった国の中でもロシアに次ぐ豊富な天然ガス埋蔵量を誇っています。大きなガス田のほか、小規模のガス田は無数にあるという、天然ガスの上に住んでいるような国。
つまり、トルクメニスタンは天然ガス・石油の出る資源大国なのです。
流れ出るメタンガスに放たれた火が燃える「地獄の門」。研究者たちは、炎は数週間もすれば消えると考えていました。
しかし、消えなかったのです。
これは予期せぬ出来事でした。流れ出れば人体に害があります。そして天然ガスは外貨獲得の貴重な財源でもあります。50年もただ燃やし続けるのはもったいない話です。
そこで2022年、ベルディムハメドフは「地獄の門」を閉じるよう大統領令を発令。「カラクムの輝き」は観光地ではなくなりました。
(広告の後にも続きます)
メタンとはどのような物質なのか
実はメタンは今、地球温暖化にとって二酸化炭素よりも温室効果のあるガスとして有名になってしまっています。
家畜として飼育される牛のげっぷにも含まれる、いや、水田からも放出されているなどと取り沙汰されるようになりましたが、「地獄の門」から吹き上がるメタンは、大昔の生物が形を変えた天然ガスの一種です。
ではなぜ二酸化炭素削減が叫ばれるこの時代に、天然ガスが注目されているのでしょうか。
経済産業省資源エネルギー庁に、電気事業者発電電力量を示すページ(電気事業者の発電電力量)があります。(電力調査統計)
統計にある2024年6月分電気事業者の発電電力量を見てみましょう。
火力 415.8億 kWh
水力(揚水式含む) 70.9億 kWh
原子力 72.6億 kWh
その他
二酸化炭素排出量削減が急務の中、日本では火力発電による発電量が一番多くなっています。この時代への逆行は何でしょうか。
それは発電における化石燃料の持つパワーが関係しています。
発電に限っていえば、火力発電の持つパワーと効率の良さは無視することができません。
カーボンニュートラル(脱炭素)実現のため注目されているのが太陽光発電ですが、太陽光発電は、発電した電気を蓄電する必要があります。天候により発電量が安定しないため、いったん蓄電する必要があるのです。
そのため、発電と蓄電両方の設備が必要です。さらに、蓄電池は寿命が10年から15年程度のため、寿命が来る前に取り換える必要があります。つまり、設置スペースとコストがかかる発電方法なのです。ここを乗り越えるための研究が進んでいます。
水力発電については、大型のダム建設ができる場所は限られており、既に日本中に多くのダムが造られていることから、今以上に多くのダムを作るのは難しい現状があります。また、降水量などの関係で常時安定した発電ができないこともあります。これは小水力発電の増加が検討されています。
風力発電は設備がまだ多くなく、原子力発電は廃棄物の問題がまだ残っています。そこで火力発電に頼らざるを得ないのが現在の日本の状況というわけです。
火力発電は燃料を燃やし、その熱で発生させた水蒸気でタービンを回して発電します。天候に左右されず、その時に必要な分だけ発電することができるのです。
ここで問題になってくるのが地球温暖化を食い止めるためのカーボンニュートラルです。また、天然資源であるため、使っていればいつかは使い尽くしてなくなってしまう運命でもあります。
そんな中、優秀なのが天然ガスというわけです。
天然ガスはどのぐらい環境に優しいかというと、燃やした時に出る二酸化炭素の量は石炭を100とすると天然ガスは60。石炭を使っていた発電を天然ガスに変えると40%の二酸化炭素排出量削減になるということになります。
窒素酸化物の場合、石炭を100とすると天然ガスは40。何と60%の削減になります。硫黄酸化物に関しては石炭を100とした場合、天然ガスは何と0。
天然ガスは二酸化炭素や窒素酸化物の排出量が少な目で、化石燃料の中ではよりクリーンなエネルギーといえるでしょう。
石炭を燃やした場合と天然ガスを燃やした場合の二酸化炭素量などの比較 / credit: ナゾロジー編集部
さらに天然ガスは軽いうえ、マイナス162℃で液体になり、体積は600分の1になり、LNG(液化天然ガス/Liquefied Natural Gas)と呼ばれます。これは輸送や貯蔵の上での大きなメリットがあります。
大陸ではパイプラインで輸出入をされることも多い天然ガスですが、島国である日本では天然ガスはLNGとして海上輸送をしています。
原油のほとんどを中東からの輸入に依存している日本ですが、天然ガスはオーストラリアや東南アジアでも産出されるため、原油よりは輸入する地域に依存するリスクを避けることができます。
それでも二酸化炭素を排出するため、できるだけ二酸化炭素排出量を抑える研究も進められ、発電所に生かされています。
天然ガスはマイナス162℃で液体になり、体積は600分の1になるため海上輸送が可能 / credit: Wikimedia Commons
化石燃料である天然ガスは使い続けている限り、いつかは枯渇してしまいます。では、長期間使い続けているはずの天然ガスは、なぜ未だ有望なエネルギーとして使われ続けているのでしょうか。
実は、天然ガスは新たな鉱脈の発見で数字の上では埋蔵量は減るどころか増えている現状があります。
天然ガスは「地獄の門」のようにメタンが気体として沸き上がってくるだけではなく、シェールという鉱物の層に閉じ込められたシェールガス、砂岩などに貯まっているタイトサンドガス、石炭層に含まれるコールベッドメタン、メタンの周囲を水の分子が囲み、別名「燃える氷」と呼ばれることもあるメタンハイドレートなど、いくつかの形があります。
この鉱脈が新たに発見されることで天然ガスの埋蔵量はこれまでの消費量を超えて増えているということなのです。
トルクメニスタンの「地獄の門」のガス推定埋蔵量は未だ不明です。そのため、「地獄の門」がいつ閉じるのかは誰にもわかりません。
この炎を消し、天然ガスを無駄遣いしないため「地獄の門」の近くから天然ガスを採取できないか試験を行ったという情報もあり、現に、燃え上がる炎が最近では小さくなったという話も聞かれます。
採掘できれば国民のための資源、また外貨獲得のため役にたった大量の天然ガス。採取できれば比較的クリーンなエネルギーとなったはずでした。
しかし、難しかったようです。採取する前に炎を上げ、いつ閉じるともわからない「地獄の門」と化してしまったクレーターは、このまま燃やしておくほうがいいという結論が出されています。
なぜなら、仮に「地獄の門」を閉じても、そのガスは別の場所から地上に出てくると言われているからです。
メタンは燃やした時に出るCo2よりも、メタンそのままのほうが温室効果の高いことがわかっています。
つまり、地球温暖化防止対策としては、メタンが漏れ出てくるぐらいなら二酸化炭素が出ても燃やしたほうがマシということなのでした。
燃やさなければ地球温暖化を進めるメタンは他のどこかから漏れ出てくる……「地獄の門」は意外と環境問題の役に立っているとも言えるのでした。
「地獄の門」のラスボスはメタン。これをゲート内で討伐することは不可能で、ゲートの外へ引きずり出すことも成功しませんでした。対策はただ燃やしておくだけという残念な対応で、これは一体いつまで続くのか。
答えは誰にもわからないまま、「地獄の門」は現在も炎を上げ続けています。
地獄の門の炎は以前より小さくなったといわれる / credit: Wikimedia Commons
参考文献
知っておきたい天然ガスの基礎知識
https://www.jogmec.go.jp/publish/plus_vol04.html
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
ナゾロジー 編集部