バッタの大群による被害は旧約聖書の時代から大きな問題となってきた / Credit: Wikimedia Commons
元はおとなしい昆虫、バッタ。バッタは基本的にぼっち生活で本人(本虫?)もそれで満足しているのですが、ある条件が加わると性格が何故か突然パリピになり、大集団で迷惑をかけまくる虫に豹変します。
すべてのバッタがそうなるわけではありません。でも日本に住むバッタの中にも豹変するタイプが存在するので、対岸の火事というわけでもないのです。よく知られたトノサマバッタがそれです。
大集団になったバッタは農作物を食い尽くしながら移動していくので、昔から「蝗害(こうがい)」「神の罰」などと称される大災害でした。
では、大集団と化したバッタがどんな被害を起こしてきたのか、どうやって防いだらよいのか。アフリカでバッタに立ち向かっている一人の日本人研究者についても見ていきましょう。
目次
世界の「蝗害」の歴史ぼっち好きだったバッタがパリピに豹変する理由
世界の「蝗害」の歴史
パリピと化したバッタの大集団が大挙してやってきて農作物を食い尽くしてしまうことを「蝗害」と呼んでいます。一度やってくると防ぎようがなく、丸坊主になっていく作物を見ているしかない状態は、飢饉も引き起こすような大災害として、発生した国々で記録されてきました。
大発生したバッタが空を飛んで広範囲の植物を食べつくす / Credit: Wikimedia Commons/ナゾロジー編
古くから文明が栄えた中国でも多くの記録が残されています。
殷の時代、甲骨文に記されたものがあるほか、漢の時代になると書物に細かく記されるようになりました。その後の南北朝から元、明にかけては、干ばつのあとでバッタが大発生したという泣き面に蜂のような記録も見られます。
清代になると記録が増えるうえ記述が細かくなり、農作物がバッタに食べられてしまった結果、人々の生活がどうなったかについても記述が具体的になり「蝗害の後、妻に売春させる男が増えた」というものまであります。
当時の人々はバッタのせいで深刻な貧困に陥っていたのです。
人々の状況だけでなく、その後バッタがどのように死んだかなど、防除の手がかりを探そうとする記述も見られます。
もちろん蝗害は中国だけで起きていたわけではありません。旧約聖書の『出エジプト記』にも蝗害の様子が記述されています。
旧約聖書『出エジプト記』に見られる蝗害 / Credit: Wikimedia Commons
また、地中海地域でもこうした蝗害が発生しており、オスマン帝国の時代、パレスチナで起きた蝗害の時には食糧危機が訪れ、成人男性に一人あたり20kgのバッタの卵を集めるよう命令が出されました。これ以上、バッタが増えないよう対策したのです。
ほかにも、アフガニスタンやイエメン、さらには北アメリカなど、地域に住むバッタが突然の大集団となって蝗害になっています。
中でも、2020年にアフリカを襲った蝗害は私たちの記憶に新しいところです。
アフリカ東部では非常事態宣言が出され、食糧危機が懸念されました。大集団となったバッタは各地へ広がり、ソマリアで大発生したバッタはケニアでは過去70年で最悪の規模となり、被害はエチオピア、ウガンダ、南スーダン、タンザニアにも及びました。
日本では明治時代に北海道で被害が出ています。入植地を襲うのはヒグマだけではありませんでした。バッタは人を襲わなくても集団で農作物を食い尽くし、食べるものがなくなって家々の障子紙まで齧ったと伝わります。
繁殖地で幼虫を駆除しても間に合わないほどの数のバッタが発生するというのは、ひとたび蝗害が起きれば飢饉になり、人々が貧困に陥ることなどから、どれほど恐ろしいことか想像がつくと思います。
空を飛べない幼虫のうちは大集団で地面を移動する / Credit: Wikimedia Commons
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ぼっち好きだったバッタがパリピに豹変する理由
では、元々おとなしくて単独で生きているバッタが、どうして突然大集団になって長距離を移動し、各地に被害を与えるようになるのでしょうか。
2020年、アフリカでバッタが大発生した時の状況を見てみましょう。
この時の原因は、2018年、2019年にアラビア半島からアフリカ東部を襲ったサイクロンだと考えられています。
サイクロンによって砂漠に普段はないような雨がもたらされた結果、植物がたくさん育ちました。
その恩恵を受け、バッタが大量に増えたと考えられています。
急に増えた植物のおかかで幼虫も増殖。通り道の植物を食べつくしてしまう「数の暴力」 / Credit: Wikimedia Commons
問題はここでたくさんの草を食べてスクスクと育ったバッタではなく、スクスクと育ったたくさんのバッタが産んだ卵です。
蝗害を起こすバッタは個体密度によって生態が変わる特徴を持っています。一般的に見られる緑色のバッタ、ぼっちで満足しているタイプは、単独で行動する「孤独相」と呼ばれます。
孤独相のバッタは、ぴょんぴょん跳ねるのに適した体の構造になっています。いわゆる普通のバッタです。
一方、パリピは多くの群れの中で成長したバッタで、「群生相」という姿に育ちます。アフリカの限られた地域で大量繁殖した結果、群れの中で生まれ育つ「群生相」、パリピのバッタになるわけです。
左が「孤独相」の幼虫、右は「群生相」の幼虫。パリピは見た目も派手になる / Credit: Wikimedia Commons/ナゾロジー編
群生相のバッタは孤独相のバッタと比べると、食欲がずっと旺盛です。見た目は緑色ではなく、黒っぽくなっています。羽根は孤独相のバッタより長くなり、成体になってからは飛翔し、時には風に乗って遠くまで移動します。
繁殖力も増すため、大量発生して広範囲を移動、旺盛な食欲で農作物を食い尽くして進んでいくため、大きな災害となってしまうのです。
たかが小さな虫のバッタですが、群生相となったバッタは食糧を求めて1日におよそ130km〜150kmも飛行する場合もあるといいます。移動しながら通り道にある植物を食べるので、そこが農地なら農作物が食い荒らされ、牧草地なら家畜の餌の牧草を食べてしまいます。
そのためバッタの被害にあった国や地域は、農作物を食べ尽くされることによる飢饉だけでなく、飼料がなくなった家畜まで失うことがあります。パリピなバッタは人々の飢餓や貧困まで引き起こす大迷惑な集団なのです。
バッタの大群は通り道の植物を食べつくし、家畜が餓死することも。写真は犠牲になったラクダ / Credit: Wikimedia Commons
2020年、アフリカで大災害を起こしたのはサバクトビバッタという種類です。これは高温多湿に強い性質があります。つまり、気候変動で気温が上がっても元気で生きていられます。ライバルの虫や天敵の数が減れば、サバクトビバッタはより増える可能性も指摘されています。
ここで2018年、2019年に起きたサイクロンを思い出してみましょう。この時、砂漠に植物が増えた結果、バッタが大繁殖することになりました。
もしも今後の異常気象で同じような天候が起きて乾燥した砂漠が大雨になり、結果としてバッタの好む植物が多く育つとしたら、その翌年には大繁殖で再び群生化したバッタが災害を起こすと予想できるのではないでしょうか。
孤独でぼっち好きなバッタがパリピに豹変する理由のひとつに、異常気象があると言ってもいいかもしれません。バッタの発生予測には気象をチェックすることも重要です。
普段は乾燥した砂漠に異常気象で雨がたくさん降ると、バッタの餌になる植物が多く育ち、バッタが大繁殖の結果パリピ化。群生相に育てば、お腹を空かせ、羽根を広げて群れで飛び立っていき、各地に被害をもたらしてしまうからです。
群生相となったバッタを防除するには、歩いて移動するしかない幼虫の時期に殺虫剤を使用するのが有効とされています。
パキスタンで行われた幼虫の駆除。地面を移動してくる幼虫を深い穴を掘ってそこへ集める方法をとった / Credit: Wikimedia Commons
殺虫剤を使うと耐性を持つバッタが出るのでは?という疑問がありますが、サバクトビバッタの場合は長距離を移動しているため、薬剤耐性をもった個体同士が交尾、繁殖する機会は低く、薬剤抵抗性は発達しにくいと考えられています。
そのため、蝗害になりそうな状況では、移動能力が成虫より低い幼虫のうちに薬剤散布を行い、被害の拡大を食い止めていますが、それは幼虫のうちに発見できた場合です。
木でも草でもバッタに多い尽くされる。バッタの重みで木の枝が折れることもある / Credit: Wikimedia Commons
多くの場合、見つけにくい場所で繁殖しているため、100%防ぐことは難しいのが現状です。見つけたら小型飛行機やドローンなどで農薬を広範囲に散布するしかありません。地域住民や他の生き物への影響が心配されますが、現在はWHOで認められた安全な薬品を使っているとされています。なお、孤独相のバッタに殺虫剤散布はほとんど行われていません。
では、大発生したサバクトビバッタが日本まで飛んでくることはあるのでしょうか。
幸いなことにアフリカで発生した蝗害が日本まで来ることは今のところないといわれています。サクトビバッタは低温が苦手です。寒いところでは動けなくなり、生きていけないため、ヒマラヤなどの山脈を超えることは難しいと考えられているからです。
ちなみに気温が低いと飛べなくなり動きもにぶくなるバッタは、簡単に手で捕らえることができます。
食用にできないのか?という素朴な疑問も生まれてきますが、大発生の初期は人里を遠く離れた場所や砂漠の奥の方だったりするため採集は難しいこと、市街地へ飛んできた時には既に殺虫剤を浴びている可能性もあって市街地のバッタを捕らえて食べることは禁じられているため、実際、食用にされてはいないようです。
味はというと「硬いがエビっぽくもある…」らしく、食べられなくはなさそうですが、甲殻類アレルギーの人は念のため食べるのは控えておいたほうがよさそうです。
大発生する前に発見することが難しい「群生相」となったサバクトビバッタを「アフリカで倒す!」と決心した日本人の勇者がいます。
サバクトビバッタに取りつかれた一人の研究者、前野ウルド浩太郎さんです。
前野ウルド浩太郎さんは国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターの研究員として様々な国内外の研究機関と連携し、この地球規模の農業問題に終止符を打つべく、力を合わせて研究プロジェクトを邁進させているだけでなく、本も出しています
バッタを群生相化させない方法はあるのか。群生相化しても早期に食い止める方法は見つかるのか。
発生地域の人々を中心とした食糧と貧困問題解決のために、日本人勇者の活躍をこれからも見守りたいと思います。皆さんもニュースで蝗害の発生が報道されたら、ぜひ思い出してみてください。
参考文献
前野ウルド浩太郎(2020)サバクトビバッタについて 国際農研Webサイト 2020年7月31日
https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_b/desert-locust
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。