どんな人への準備も特別ではない
今回の「あそびパーク」ではパラリンピックの正式競技であるボッチャを楽しめるブースも開設された
「障がいのあるなしに関わらず参加できる数百人規模のスポーツイベント」。昨年9月、スタッフとなるOB会メンバーと学生約30人に向けて初めてコンセプトを共有した際は、不安の声も上がったという。
「安全上の観点から『今回のはそう簡単じゃないのではないか』という声がありました。普段から組織化されている団体ならまだしも、我々は任意の団体ですからね」(大渕氏)
そうした声を受け、両氏は準備を重ねていった。勝亦氏は「今までやっていなかったことですが、球場に車いすがそもそも入れるのかとか、動けるのかといった導線のチェックを行いました。特別支援学校に伺うなど、障がいがある方からも事前に意見をいただいて、配慮が必要なことも把握していきました」と振り返る。
当日、笑顔で場内を見守っていた大渕氏
大渕氏は「開催前、僕自身もスタッフと同様に障がいのある子どもを大人数の中に入れて本当に大丈夫なのか、いろいろな安全を考慮しなくてはなどと思いましたが、それ自体が僕の心の中にある『障がい』だったなと学びました。障がいのある子が参加するために必要な準備は特別なものという考えを最初から取っ払えば、開催準備とはそういうものだと思えるようになるんです」と語った。
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“違い”という壁を感じさせない社会を野球場に
野球のボールを転がしてピンに見立てたペットボトルを倒す遊びに、小薗さんも参加。ボッチャで使用する競技用具「ランプ」(画面中央)が子どもたちの注目の的となった
イベントは無事終了。懸念していたようなトラブルは一切起きず、最後まで子どもたちの笑顔が絶えなかった。
「繰り返しですが、今回のイベントの前に我々がしてきた準備を“特別な準備”とは思っていません」(勝亦氏)
このイベントで早稲田大学野球部が取り組んだ「インクルーシブな社会の具現化」。大渕氏も語るように、開催日までの工程がいつもと違う「特別なこと」という認識を捨てることからすでにアプローチは始まっていたようだ。
勝亦氏は「障がいのあるなしにかかわらず、一緒にイベントへ参加することが当たり前だという状況を最初から目指していました。案内にも障がいのある子が参加することは一切触れなかったですし、来られた方々も当日来てみて、『あ、いろんな方が参加するイベントなんだ』ということを実感したのではないでしょうか」と話す。
勝亦氏も会場にくまなく目を向けつつ、笑顔を見せていた
実際の現場では、「かけぬけ鬼ごっこ」のような光景が随所に見られ、2人はイベント開始直後から、子どもたちが障がいを気にせずに遊んでいる姿を感じていたようだ。
「かけぬけ鬼ごっこと別の会場でも、小薗くんが使っていた、自分でボールを投球することが難しい人が使用するボッチャの競技用具『ランプ』に興味を持った子どもがいました。『ボールを載せてみたい』とか『転がしてみたい』と子どもたちは思ったようで、小薗くんの指示にしたがって、みんながやりだして打ち解けていきましたね」(勝亦氏)
障がいのある子が輪の中に自然に溶け込めるように“いつもとは違う”という考えは持たない。そうしたスタッフサイドの意図に、子どもたちの意識の柔軟さが加わったことで、それぞれの“違い”をありのまま受け止める空間が作り上げられていった。
また、このイベントのもうひとつの意義は、運営として関わったそれぞれにも学びが得られるということだ。北海道日本ハムファイターズからドラフト指名を受け、来シーズンからプロ野球の世界に飛び込む山縣秀選手はこう語る。
イベントの最初の挨拶も務めた山縣秀選手(写真中央)
「子どもたちと一緒になって楽しめたのがよかったです。(世の中としても)これから共生社会(の実現が大切だ)という話になってくると思うので、いろんな人が野球に触れられる世界になっていったらいいと思います。そういう意味では、今は少し遠いかもしれないですが、(障がいのある子どもたちにも)こういう場から少しずつ野球に近づいていって、ファンになってくれると嬉しいです」
今回、OB会と現役野球部員とのつなぎ役として中心的に活躍した、野球部マネージャーの成瀬かおりさんも、今後もっと発展させたいという思いを語っていた。
マネージャーの成瀬かおりさん
「部員たちも障がいのあるなしに関係なく、フラットに子どもたちに接してくれていました。今回は10種類のブースがありましたが、ブースごとにリーダーのOBと部員が事前にZoomで打ち合わせをしました。でも実際にやってみないとわからないことも多いので、当日柔軟に対応できたのがよかったと思います。もっとこういう場を増やしたいと思いましたし、2023年からは東京六大学の野球部であそび場づくりのイベントを開催していますが、全国の野球部でも広がっていくといいなと感じました」
勝亦氏は「社会課題に合わせてイベントは少しずつバージョンアップしてきました。10年前にはインクルーシブという言葉はここまで一般的ではなかったと思います。来年、再来年になればまた違う社会になっているかもしれないし、それに合わせたイベントを企画し、スタッフや子どもたちと野球場あそびパークを作り上げていきたいですね」と語った。
記事でも紹介した「かけぬけ鬼ごっこ」など、大人側が見ていてもハッとさせられるような瞬間があった今回のイベント。初めての試みだったが、参加した全員にこの先につながる気づきがあったことだろう。これから回数を重ねてそういった気づきが増えていくことで、野球場で形づくられた「インクルーシブな社会」が、グラウンドの外でも実現するのかもしれない。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
photo by Yoshio Yoshida