「ネットで性的画像」を蔓延させているのは意外にも所得格差だった / Credit:Canva . 川勝康弘
「戦略としての性」の実態に迫ります。
近年SNS上で性的な画像が急増する背景には、近年深刻化している所得不平等(格差社会)が大きく影響している可能性が指摘されています。
オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)のBlakeらの画期的な研究によって、地域や国家の所得格差が拡大すればするほど女性が自発的に“セクシュアルな画像”を投稿する割合が高まることが示唆され、これまでの「ジェンダー不平等=女性抑圧」という図式では説明しきれないことが示されました。
本コラムでは、SNSにおける女性の競争行動やインフルエンサー文化、さらに進化心理学や社会学の知見を交えながら、「所得不平等がなぜ女性の性的自己表現を促すのか」を多角的に検証します。
SNSの投稿傾向だけでなく、美容サロン利用や外見投資に関わる実証研究など、最新の学術エビデンスを豊富に引用しながら、“なぜ格差社会でセクシュアライズされたコンテンツが増えるのか”という疑問に迫ります。
格差時代だからこそ見えてくる女性のリアルな競争戦略と、その背景に潜む社会・文化的要因を読み解くことで、私たちの日常や価値観をアップデートするヒントが得られるはずです。
ジェンダーだけでなく所得格差にも着目した、まさに現代を映し出す本テーマを、徹底解説していきましょう。
目次
「女性蔑視=性的画像」の公式を疑え科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退性的画像が蔓延していくメカニズム何が女性を脱がせているのか?:進化の観点から考えるまとめ:SNS時代の女性は「戦略的」に脱ぐ
「女性蔑視=性的画像」の公式を疑え
「女性蔑視=性的画像」の公式を疑え / Credit:Canva . 川勝康弘
ソーシャルメディアの普及に伴い、女性が自らの身体的魅力を強調する画像──いわゆる「性的なセルフィー(自撮り写真)」や性的自己表現を含む写真──が、私たちの目に日常的に触れるようになりました。
こうした傾向をめぐっては、社会心理学やジェンダー研究の分野で「女性が男性社会の視線に応えねばならない構造がある」あるいは「女性自身が内面化した抑圧によって自らを性的にアピールしている」といった解釈が長らくなされてきました。
しかし近年、「ジェンダー不平等だけが原因とは限らない」という新たな知見が注目を集めています。
とりわけ2018年に発表されたBlakeら(PNAS)の大規模研究では、「所得不平等(経済格差)の大きい地域ほど、SNS上で性的なセルフィーを投稿する女性の割合が高い」という結果が示されました。
これは、従来の「ジェンダー不平等=女性抑圧」や「女性蔑視=性的画像」という単純な図式から一歩踏み出し、経済格差が女性同士の競争意識や社会的地位の争奪戦を加速させる可能性を浮き彫りにしたのです。
本コラムの目的は、決して低俗な女性叩きをすることではありません。
むしろ、「ジェンダー不平等ではなく所得不平等が、女性の性的自己表現を増やす要因になり得る」という議論を、Blakeらの研究や関連する学術文献を通じて検討することにあります。
なぜジェンダー不平等だけでなく、経済格差という要素が女性の行動に大きな影響を及ぼすのか──。
この疑問に対しては、女性の「主体的な自己表現」と「競争戦略」という視点を重ね合わせることで、新たな社会の捉え方を提示できると考えています。
さらに本コラムでは、進化心理学や動物行動学の観点にも目を向け、競争が激化する環境下で雌(女性)がどのように自身の魅力をアピールし合うのかを広い視野で論じます。
加えて、SNS上のセクシュアライズされた投稿だけでなく、美容サロンの利用やファッションへの出費など「実社会での外見強調行動」にも着目し、女性が身体的魅力に投資する背景を総合的に捉えることを試みます。
女性の性的自己表現は、ジェンダー研究やメディア研究において早くから議論されてきたテーマではありますが、SNS時代を迎えて一段と新しい側面が加わりました。
近年、SNS利用の拡大によって個人が外見やライフスタイルを世界規模で発信しやすくなった一方、このような自己表現がどのような社会的要因によって増幅されるのかは、まだ十分に解明されていません。
Blakeらが注目した「所得不平等」という視点は、これまでの「ジェンダー不平等=女性の抑圧」では説明しきれなかった点を補う、非常に興味深い切り口です。
社会心理学、経済学、進化生物学などの学際的研究では、経済格差が「個人間の競争」を強めることを示唆するデータが数多く蓄積されています。
女性のセクシュアライズされた自己表現を、男性からの一方的なオブジェクト化(客体化)として捉えるだけでなく、女性自身が主体的に戦略として選択している可能性がある──本コラムでは、こうした先行研究の示唆を踏まえながら、今後の研究や社会への含意を探っていきたいと思います。
(広告の後にも続きます)
科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退
科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退 / Credit:Canva . 川勝康弘
女性の抑圧が性的画像の蔓延を招いているのか。それとも、こうした性的画像は女性にとって一種の「性戦略」なのか──。
この疑問を解明するために、BlakeらはSNS上で公開されている“セクシュアルなセルフィー”(“sexy selfies”)を大規模に収集し、その投稿頻度が地域や国ごとの社会指標とどのように関連するか統計的に検証しました。
具体的には、TwitterとInstagramから約45万件の投稿を収集し、位置情報などの条件を満たす約6万8千件を分析対象としています。
さらに、投稿分析だけでなく、美容サロンや女性向け衣料品店への支出データといった「外見関連の消費」も検討対象に含めることで、SNS上の自己表現が実社会での外見投資と並行して行われる実態を多角的に分析しました。
その結果、極めて興味深い事実が明らかになりました。
従来は「女性の性的セルフィー(自撮り)はジェンダー抑圧の産物」という見方が主流でしたが、Blakeらの分析は、それだけでは説明しきれない実態を浮き彫りにしました。
著者らは、所得不平等の激しい社会では相対的な地位競争が活発になり、その一環として女性が“外見を磨く・魅力を高める”戦略を取る可能性を指摘しています。
これは、人間以外の動物の雌でも「リソースの偏在」が雌間競争を活性化させる事例があるとする進化心理学・動物行動学の見地とも合致する点です。
さらに著者らは、今回の結果が必ずしも「ジェンダー不平等が無関係」を意味しないことも示唆しています。
文化的・宗教的要因の影響や、男性ユーザーが女性のセクシュアルな写真をシェアする動機など、ジェンダー構造に根ざした要素も複合的に作用している可能性があるためです。
ただし「少なくとも本研究が扱った主要な指標の範囲では、ジェンダー不平等よりも所得不平等の方が強く性的自己表現と関連する」という結論を強調しています。
この主張をさらに検証するため、先行研究も合わせて見ていきましょう。
先にも述べたように、女性のセクシュアライズや性的自己表現を考えるうえで長らく大きな影響力をもってきたのが「ジェンダー不平等」に注目する理論です。
たとえば、女性が自らを性対象化(self-objectification)するのは、社会的・文化的な男性優位構造を内面化した結果だとされ(Fredrickson & Roberts, 1997 など)、女性が性的イメージを投稿するのは「抑圧の結果」という批判が繰り返し提示されてきました。
一方、社会学や経済学、進化心理学などの領域では、「所得不平等」こそが個人間の競争行動を高める要因になると繰り返し指摘されています。
たとえばWilkinson & Pickett(2009)は、所得格差の拡大が人々の地位不安や相対的剥奪感を強め、さまざまな社会問題を悪化させると論じています。
また、Frank(2007)も経済格差が拡大する社会では、他者との比較や競争に駆り立てられやすくなると主張しました。
これらの研究知見を女性の性的自己表現にあてはめると、「高い所得不平等下では、女性同士の競争が激しくなり、外見的魅力を高める行動が増える」という仮説が導かれます。
実際、Blakeらの分析によれば、所得格差の大きい地域ほどSNS上で“セクシーなセルフィー”が多いことが統計データからも明らかです。
これはジェンダー不平等説とは異なる視点を提供するといえるでしょう。
ソーシャルメディアは女性の自己表現に新たなプラットフォームをもたらし、従来のメディア環境とは異なる動態を生み出しています。
Chou & Edge(2012)の研究によると、FacebookなどのSNS上での自己提示は利用者の心理状態や自己評価に大きく影響しうるとのことですが、InstagramやTikTokなどビジュアルを主体とするSNSでは、とりわけ女性が自らの画像を通じて積極的に発信する機会が増えました。
さらにブランディングやインフルエンサーマーケティングの視点からは、外見的魅力やセクシーさを活かした投稿がフォロワー数や広告収入につながる場合もあり、「女性の抑圧」という枠組みだけでは割り切れない多面的な現象といえます。
従来のジェンダー不平等理論は、社会的・文化的に構築された男性優位の影響を検証するうえで重要なフレームワークでした。
しかし近年では、女性の性的自己表現が一律に「抑圧の産物」であるとは言いきれない事例も増えています。
所得格差のような経済的要因が女性間競争を強化し、それがソーシャルメディア上での性的自己表現を促す──この見方は、これまでの理論が説明しきれなかった現象を補完するものとして注目されているのです。
こうした多角的な先行研究の文脈のなかで、Blakeらの研究結果は「ジェンダー不平等ではなく所得不平等が、女性の性的自己表現行動に強く影響する」という新たな知見を提示しました。
次はこれまでの複数の研究結果をもとに、所得不平等が女性の性的画像の蔓延を促進する理論的枠組みを考えていきます。