QPRの斉藤光毅は、ひたすら危機感を募らせていた。
2024年のパリ五輪・男子サッカーのU-23日本代表で「ナンバー10」を背負った斉藤は昨夏、イングランド2部のチャンピオンシップに所属するQPRに期限付きで加入した。契約期間は1年。移籍当初こそチームへの適応期間としてベンチスタートが続いたが、9月21日の9節・ミルウォール戦から左MFのレギュラーに定着し、リーグ前半戦が終わった23節まで16試合に先発した。
しかしQPRが12月26日のスウォンジー戦で0-3で敗れると、斉藤の序列は下がった。チームはこの試合の前半だけで3失点。すると、斉藤を含めた3選手がハーフタイムに交代を命じられた。23歳のアタッカーは、ここからリーグ3試合連続でベンチスタートに。代わりに、モロッコ代表として22年W杯にも出場したMFイリアス・シャイルがレギュラーに昇格した。
ただ、ベンチスタートとなった3試合でも、斉藤には途中交代で出番が与えられている。序列こそ低下したが、監督の信頼が消え失せたわけではない。1月6日に行なわれたルートン戦でも、後半17分から途中交代でピッチに入った。主戦場の左MFではなく右MFでの出場だったが、切れ味鋭いドリブルで違いを作り出し、2-1の勝利に貢献した。それでも試合後、斉藤の口から出たのは「危機感」という強い言葉だった。
「今、スタメンを取られてしまっているので、奪取しないといけない。まだ点も決めてないし、本当に危機感しかない。(筆者:どんな意識でピッチ入りましたか?)スタメンを取られてるし、結果を掴まないという危機感もありながら、冷静にプレーしないといけない場面でもあったので難しかった。自分の経験値を高める場として、しっかり学んでいかないと」
斉藤のプレーは効果的だった。守備の場面では激しくプレスをかけ、スライディングタックルやインターセプトでボールを奪い返すシーンもあった。攻撃に転じれば、得意のドリブルで積極果敢に仕掛ける。筆者は「斉藤選手の起用効果は大きかったです」と振ってみたが、ここでも24歳のアタッカーは、現状を打破するにはまだまだ足りないと返した。
「良い面もあったと言えばあったんですけど、それだけじゃ絶対に足りない。イングランドのチャンピオンシップというリーグは、結果が重視される世界。途中から出ても、もっとインパクトを与える必要があるし、自分が出たら雰囲気が絶対に変わり、自分たちのペースになると思わせないといけない。そうしないと、状況は変わってこない。今、すごく悔しいです」
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危機感を募らせる理由は、QPRで置かれている状況だけではない。複数の要因が、斉藤を駆り立てているのだ。
振り返ると、24年は、斉藤にとって節目の1年だった。U−23代表としてパリ五輪に参加し、大会後はベルギーのロンメルからQPRにレンタル移籍。挑戦の1年であり続けた。
そのなかで大きなポイントになったのは、やはりパリ五輪であった。エース番号の「ナンバー10」を背負って臨んだ大舞台。準々決勝のスペイン戦に0-3で敗れ、斉藤は失意と共にフランスを後にした。
スペイン戦では0-1の相手リードで迎えた前半40分にFW細谷真大がゴールを奪うも、VARによりノーゴールの判定となる不運もあった。細谷は敵を背負った状態のポストプレーでボールを受けたが、右足のつま先が出ていたとしてオフサイドに。物議を醸す判定で得点が認められなかった日本は、後半に2点を奪われ0-3で敗れた。
あの五輪から約5か月が経った。斉藤はスペイン戦のことを思い出すと、今でも「すごく悔しい」気持ちになるという。悔しさの理由はひとつではなく、様々な思いが胸をつく。
「0-3で負けて、もちろん悔しいという気持ちはあります。ただ、色々な差があったんだろうなと。0-3の点差もそうですが、その点差以上(に何かがあった)というか。スペインには多少の余裕があった気がします。
自分もやっている時は、自分たちに余裕がなかったわけではないです。でもスペインの選手たちと比べると、経験値が全然違いましたし、彼らがやっている舞台も違った。そこでの経験の差が、あの試合で出たかなと思っています。だけど、そう思ってしまうのが、すごく悔しくて」
斉藤の言う「経験値」とは、どうやって身につくものか──。欧州でプレーすればいいのか、それとも大舞台で試合経験をより多く積むことなのか。あるいは、その両方なのか。斉藤は「何が正解か分からないので、うまく言語化できない」と正直な考えを明かす。
だが事実として、日本はスペインに敗れた。そのスペインは大会の頂点に立ち、金メダルを獲得。対する日本はベスト8で敗れ、メダルに手が届かなかった。目の前に立ちはだかった世界の壁。斉藤は、若い世代の選手たちが経験値を高めていくことが鍵になると語気を強める。
「日本でやっていようが、海外でやっていようが、自分たちも経験を重ねていかないといけない。そうやって全員が経験を多く積んでいけば、絶対に勝てると思う。そこの差が大きいかなと感じました。少なくとも自分はそう思った。選手全員がそういう経験値を高めれば、自分たちがスペインに勝ったとしても、周りも『当然だろう』と感じるはずです」
スペインのような強豪を破るか、否か。今後世界と戦っていくうえで、スペインのような強国は間違いなく大きな壁となる。それゆえ、自分たちのレベルをひとつ上に設定することで彼らに追いつけると、斉藤は力を込める。
「自分たちの基準値を1個上げなきゃいけない。自分は今、チャンピオンシップでやってますけど、自分を含めて全員がより上のステージに行かなきゃいけない。スペインの選手も、より上のレベルでやっている。自分を含めて全員が、強度と速さ、上手さを全部持つことができれば、絶対勝てる。優勝も目ざせると思う。うまく説明できないですし、それが正解かも分からないですけど、そう思ってやり続けるしかないです」
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U-23代表として戦ったパリ五輪が終わり、斉藤個人としてもA代表入りは今後目標になる。A代表に招集されるには、QPRで周囲を納得させる結果を出すことが必要になると話す。
「正直、2023年も2024年も、A代表はずっと目ざしてきた。目ざしている場所として、ずっと変わらないです。
A代表に入るには、QPRで圧倒的な結果を出さないと。代表にはプレミアリーグでプレーしている選手もいるし、4大リーグでプレーしてる選手もたくさんいる。 日本代表の競争は激しいです。
自分自身、『コイツは選ばれるべき』って全員から言ってもらえるような結果を出さないといけない。よりステップアップして、代表に呼ばれても、すぐ活躍できる立場になっていかないと。だから今、QPRでのこの瞬間を頑張らないと意味がない。野望というか、そういう向上心を持ってやっていきたい」
現在の日本代表メンバーを見渡すと、斉藤が主戦場とする左サイドMFは、三笘薫と中村敬斗が控える激戦区。ルートン戦でプレーした右サイドでも伊東純也と堂安律がおり、こちらも競争が激しい。しかし、彼らよりも若い23歳の斉藤がここに割って入ることで、日本代表も活性化されるはずだ。
折しも森保一監督は、日本メディアのインタビューで「力のある選手を新たに招集して、できる限り見たい」と話す。また、斉藤と同じ2001年生まれの久保建英も、日本メディアに対し「日本代表が強くなりたかったら、次の若手を積極的に使っていくべきだと思う」とコメント。「正直、僕の下が全然入ってこないのはちょっと悲しい。いつまでも同じメンツでいるのは代表としても良くない」と続け、久保より若い世代が代表に入ってこないとチームとして勢いが出ないと危機感を募らせる。
実際に日本代表の11月シリーズで、パリ五輪のメンバーからは、藤田譲瑠チマ(22=ベルギー1部シント=トロイデン)と高井幸大(19=J1川崎フロンターレ)の2選手のみ招集。五輪不参加となった久保を入れても3名と寂しい。対するスペインのA代表には、11月シリーズにおいて、パリ五輪の参加資格のある2001年1月1日以降生まれの選手が11名も招集された。
斉藤に上記2人のコメントを伝えたうえで、「斉藤選手を含めたパリ五輪世代が入ってくると、A代表はさらに強くなると思います」と筆者の見解をぶつけてみた。斉藤は、力強く語る。
「たぶん自分たちの世代も、そう思ってる。 正直、自分は一番そう思ってます。自分が一番、A代表に入りたいと思っている。だからこそ、危機感という言葉になる。危機感が芽生えているし、焦りもある。その悔しさをピッチでぶつけるしかない。そういう気持ちをずっと持っていかないと。絶対、向上心は捨てないようにしたい」
斉藤の所属するQPRは、チャンピオンシップで現在13位。イングランドの2部と言えども、同リーグには代表クラスの選手が数多く在籍しており、そのレベルは決して低くない。斉藤はレンタル先のQPRでインパクトを残し、さらなるステップアップ移籍を目ざしている。
同時に、A代表入りも目標に掲げて日々精進している。パリ五輪で知った、世界との差。26年W杯まで1年半となり、残されている時間もそう長くはない。「自分が一番、A代表に入りたいと思っている」と語る23歳のアタッカーは、「今年はポジティブな経験をたくさん積みたい」と続け、2025年を飛躍の年にしたいと誓った。
取材・文●田嶋コウスケ
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