いいものを正しく届ける
海洋学者・文学者のレイチェル・カーソンが書いた『センス・オブ・ワンダー』に、こんな一節がある。
子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない”センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性)を授けてほしいとたのむでしょう。
『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳、新潮社刊)より
工芸の楽しみかたも、美が目に見えるモノのなかに在る性質ではなく、モノに触発された心の世界の問題、感じ方の問題だと考えるところにあると思う。そして、工芸を通してそうした心を育むことができれば、どれだけ日々の暮らしが彩られることかと思うのだ。
一方で、日本の伝統工芸の現場に目を向けると、厳しすぎる現実があるのも事実だ。令和2年時点でその市場規模は870億円。対して従事者数は5.4万人で、1人当たりの生産額は161万円となっている。これでは1人分の生活費にもならないので、職人さんたちはギリギリの状態で、ファイティングポーズをとっているのが現状だ。
僕らは、個々の工芸品の価値を広く伝えることだけでなく、この構造を変えていく橋渡しもしたいと考えている。
僕にとって、工芸品を「正しく届ける」ということは、気が遠くなるほど長い年限をかけて技術を継承してきた先人の職人さんに敬意を払い、いまその役割を担う職人さんの尊厳を守り、こだわりや情熱を捨てずにモノづくりができる環境を共につくることだ。
それは、彼らとの健康的な関係性を構築・維持することでもある。今後も「美しいモノを、正しく届ける」という一点に向き合い、取り組んでいきたい。
編集協力:内田伸一