故郷への思い
―― 神戸という街が、作家としての砂原さんに与えた影響も大きいのではと感じられます。
決定的だと思います。幼少期に両親が離婚して、母の実家である神戸に引き取られたんですけど、非常に美しい街なんですよ。山も海もあり、文化的なものも多彩で、愛着を持てる要素が多い。住んでいる人の誇れるところが、たくさんある街なんですね。
―― 今作の主人公像にも反映されていますね。
主人公の境遇はほとんど自分と一緒です。私が育ったところは、主人公と同じく街の真ん中なのですが、当時歩いていける範囲に大きな規模の書店が四つありました。作中に映画館も出てきますが、これも徒歩圏内におそらく十スクリーンはあったと思います。
文化的なものがすごく身近だったんですね。そのことはとても大きくて、あの街で育っていなかったら自分は作家になっていないと、本当に思っています。
―― 砂原さんが作家性を培われた神戸の環境が、震災で大きな被害を受け、同じかたちでは残っていないわけですね。
書店は四軒のうち二軒は閉じてしまったと思います。もちろん映画館も大きな被害を受けました。私がたくさんの映画を観ていた阪急会館や神戸新聞会館も、震災の影響で閉館しました。新たなスクリーンは作られましたし、再開発もされていますが、大きく変わってしまいましたね。
―― 主人公は砂原さんとほぼ同じ境遇とのことですが、祖父に対して特別な思いを抱いていますね。
小説なので、家族や友人についても先ほど言ったように七対三くらいで事実と虚構を混ぜていますが、作中に書いた雨の日のエピソードは実際にあったことです。子どものころ、祖父に悪いことをしたという気持ちがありまして、それもこの作品を書く原動力のひとつになりました。
―― 一九九五年の阪神・淡路大震災以降もいくつもの震災が起きました。
私がこの作品を最初に書き上げた数年後(二〇一一年)には東日本大震災が発生し、今年(二〇二四年)の一月には能登半島地震がありました。当時の私と同じような立場にいる方も少なくないのではと想像します。この小説を通じ、私のような思いを抱いた方が少しでも救われたらと願っています。
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冬と瓦礫
砂原 浩太朗
2024年12月5日発売1,870円(税込)四六判/176ページISBN: 978-4-08-775469-81995年1月17日未明、阪神・淡路大震災が発生した。
神戸市内の高校から都内の大学に進学し、東京で働いていた青年は、早朝の電話に愕然とする。
かけてきたのは高校時代の友人で、故郷が巨大地震に見舞われたという。
慌ててテレビをつけると、画面には信じられない光景が映し出されていた。
被災地となった地元には、高齢の祖父母を含む家族や友人が住んでいる。
彼は、故郷・神戸に向かうことを決意した。
鉄道は途中までしか通じておらず、最後は水や食料を背負って十数キロを歩くことになる。
山本周五郎賞を受賞した作家が自らの体験をもとに、震災から30年を経て発表する初の現代小説。