国宝の謎建築、三徳山三仏寺の投入堂 / credit: Wikimedia Commons

「日本一、見るのが危険な国宝」と聞いて、あなたはどんな建物を想像しますか?

鳥取県の名湯・三朝(みささ)温泉で知られる三朝町の奥深く、険しい山中にその国宝は存在します。

その名は“三徳山三佛寺・投入堂(なげいれどう)”。

崖の窪みにまるで“投げ入れた”かのように建てられた懸造(かけづくり)の古刹は、修験道の霊場としても知られ、その謎めいた佇まいから「どうやって建てたのか未だにわからない」とまで言われるほど。

役行者(えんのぎょうじゃ)なる伝説の行者の“法力”が関わったという逸話も相まって、投入堂は訪れる者の想像力を掻き立てます。

ところが、この国宝にたどり着くまでの道のりは文字通り命がけ。足元は獣道さながら、時に鎖場をよじ登ることすらあるのです。

今回はそんな“謎とスリル”に満ちた国宝・投入堂の魅力や、同じ鳥取県にある懸造の寺院建築をめぐる物語を、存分にご紹介していきましょう。

険しい道の先に待つ絶景と、不思議に包まれた古刹の世界へ、いざ出発です。

目次

懸造とはどんな建築か投入堂はなぜ激レア建築なのかところで、役行者(えんのぎょうじゃ)って誰?

懸造とはどんな建築か

鳥取県中部に位置する三朝(みささ)町は、自然豊かな山あいに広がる温泉地として広く知られています。

中でも「三朝温泉」は、長い歴史と良質な湯が評判で、湯治場として古くから人々に愛されてきました。

ラドン含有量が高い温泉としても有名で、温泉街には昔ながらの旅館や情緒あふれる町並みが続き、訪れるだけでほっとできる雰囲気が魅力的です。

そんな三朝町の山深い一角に鎮座するのが、修験道(しゅげんどう)の霊場として知られる「三徳山三佛寺(みとくさん さんぶつじ)」。

開山の正確な時期ははっきりしていない部分もありますが、古くは飛鳥・奈良時代にさかのぼるとも言われ、数多くの仏堂が山中に点在しています


三徳山三仏寺は鳥取県東伯郡三朝町に位置する山の中。三朝町は温泉で有名 / credit: Google Map

三徳山の最大の魅力は、荒々しい自然の地形と人の手が生み出した寺院建築の融合にあります。

険しい岩肌に沿って建てられた堂宇(どうう)が、長い年月を経てなお崩れ落ちることなく鎮座しているのは驚きです。

こうした山岳寺院特有の建築様式を「懸造(かけづくり)」と呼び、崖や急斜面に柱と横木を巧みに組んで構築するため、スリルと神秘に満ちた独自の景観をつくりあげています。

なかでも、今回の主役である奥の院「投入堂(なげいれどう)」は、修験道ゆかりの役行者(えんのぎょうじゃ)の法力で“崖に投げ入れられた”と伝承されるほど、不思議な場所。

実際に、どうやって崖の窪みに建てたのかが未だによくわからないという点でも、国宝に指定されるほどの希少性と歴史的価値を備えています。


山の方の道か車で出てくると、突如として風情ある温泉街が現れる / credit: Wikimedia Commons

懸造とはとは山肌や崖など高低差のある場所に建てられた寺院建築の様式です。

高低差のある場所に建てるため、垂直の柱だけでなく、貫(ぬき)と呼ばれる水平の横木を渡して強度を持たせてあります。

構造が強固なこと、山の多い日本に合っていたこともあり、懸造の寺院建築の数は日本全国で100軒を数えます。

懸造には大きく分けて懸崖型と投入型に分けられます。

懸崖型は高低差のある斜面に建てるため、長さの異なる柱の上に寺院を建てる様式、投入型は崖の中腹にある窪みに収まるように建てる様式です。

懸造で最も有名なのは京都にある清水寺の本堂ではないでしょうか。

俗にいう「清水の舞台」を支えているのがまさに懸造で、この懸造のおかげで斜面に見事な展望台となっている舞台が建っているのです。舞台のメンテナンスはこまめに行われています。

投入堂と同じ鳥取県の大山(だいせん)に位置する大山寺(だいせんじ)にも懸造の舞台があります。

大山寺の本尊は地蔵菩薩で最初は修験道のお寺として始まり、天台宗三代目円仁の教えに行者が帰依したことで天台宗に列することになりました。

大山寺は山門から急な石段を登る途中で懸造の柱を比較的近くに見ることができます。


大山寺懸造を支える垂直の柱と横木 / credit: ナゾロジー編集部

山の斜面に沿って垂直で長さの違う柱を横木が支えていることがよくわかります。この懸造は本堂前の舞台を支えており、遠く弓ヶ浜半島を望めます。


斜面に合わせて垂直の柱は長さが違い、柱は横木を固定することで斜面に建築ができる仕組みです / credit: ナゾロジー編集部

この大山寺や投入堂のある三佛仏寺など、山岳信仰のあった地域は、戦国時代には3000人を数える僧兵がいたと伝わります。

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投入堂はなぜ激レア建築なのか

鳥取県三朝町の投入堂がなぜ激レア建築なのか。その理由は、建てられている場所に秘密があります。

山岳信仰が元なだけあり、そこは険しい山の中。

そして修験道の聖地だけあって危険な道なき道を登らなくてはいけません。参道がまずレアなのです。

まず、独りでは見に行くことが許可されません。

思い立ったからといって、同行者がいなければ見に行くことはかないません。万が一遭難したら、ひとりでは救助を呼べないかもしれません。登山での遭難は意外なことに低山での方が多いのです。

そして、投入堂を見に行くためには入山届を出し、投入堂参拝登山料と山志納金を払う必要があります。そして輪袈裟を受け取って身に着けます。ここが第一の関所。

次の関所。そこでは履いている靴のチェックを受けます。山歩きに適した靴を履いていなかった場合、スニーカーであっても靴底がすり減っていればその場で脱ぎ、そういう参拝者のために準備されている「わらじ」に履き替えなければなりません。

わらじで登るのも修験者の気分が味わえそうではあります。

面倒な人は最初から山歩き用の靴を履いていきましょう。ちなみに30年前はこの履物チェックはありませんでした。ミニスカートにハイヒールで降りてきた女性を見たこともあります。

しかし、履物チェックが行われるようになりました。それはなぜか。

滑落の危険が伴うからです。つまり、下手をしたら遭難するからですね……。

投入堂は国宝ですが観光地ではありません。あくまでも信仰の対象なので、山岳修行のための参道に安全のための柵などありません(一部、鎖場あり)。ホームページには、当日に参拝登山が可能かどうかが掲載されるので確認しましょう。


三徳山三佛寺投入堂のホームページにはその日の情報が掲載されている / credit:三徳山三佛寺

三徳山三佛寺 国宝投入堂ホームページ

登ってみるとわかりますが、まずまともな道がありません。

登り始めは「ホントにここ登っていくのか?」という急な、木の間を木の根っこにつかまって「かずら坂」をよじ登るスタイル。雨でも降った後なら泥んこになるでしょう。


投入堂に向かう登山道、木の根剥き出しの急坂「かずら坂」は両手を使ってよじ登るスタイル / credit:Wikimedia Commons

ここで半分の人は後悔するかもしれません。これは獣道か?

でもせっかく来たのだから進みましょう。ここを登ると腹がすわるというか開き直るので、獣道ぐらいの道であれば「おお、道があるじゃないか!」という感動も味わえます。

投入堂に着く前に他のお堂を経由します。こちらも懸造で、ここへ上るには鎖場という、太い鎖につかまって登る急版がありますが、その頃には「鎖がある!親切!」という気持ちになっています。

文殊堂など高いところからの景観もよく、しばしの休憩にもぴったり。でも気を付けてくださいね。そこは高所です。落ちたら遭難です。


道なき道を進みます。気分はだんだん修験者に近づいていくような / credit: Wikimedia Commons

 

文殊堂を過ぎたら「日本一見に行くのが危険な国宝」と呼ばれるのがわかるはず。

再び「ここ、ホントに参道か?」という場所が現れますが、びくびくしながらも前進。多分ですが、ここなら年間何人か足を滑らせて滑落していても不思議はないという気がします。ちゃんとした靴を履いてきてよかった、もしくは、わらじの準備に心から感謝する人もいることでしょう。