Z世代起業家が業績好調にも関わらずインドで出家した深い理由「執着と、ありがたいと思いながら使うことは違う」

職人のリズムは自然のリズム

経営者は組織や社員をどうコントロールするかを考えることも必要だと思うが、そこで負の方向に進んでしまわないよう気をつけたい。

僕の場合、業績を上げるためにはものづくりを少し妥協してもいいのではと思ったことや、取引先の心象を気にするあまり、共同創業者の服装や体型にまで口を出したことがあった(思い返せば、それが彼の健康を慮っての助言ならまた全然違ったと思う)。

結果、工芸と世界つなぐ「橋」を目指したはずのKASASAGIに、大きな歪みが生じたのだ。今は「そこを強引にコントロールするのはおかしいのでは」という領域について、より注意深く考えるようになった。

職人さんの仕事は納期まで数か月かかることも、避け難い理由で予定より遅れることもある。そこで対応策を考えるのも経営者の役割だが、この仕事をやればやるほど実感するのが、結局は人間が自然と向き合ってつくるモノである以上、しかたがない部分もあるということだ。スケジュールを軽視してよいという意味ではない。ただ、不可能・不自然なことを捻じ曲げて辻褄を合わせるより、ならばどういうやり方なら良い商いができるかを考えたい。

まだまだ見習い坊主経営者の自分があまり偉そうなことを語れないが、当社が扱うのは、職人さんが胸を張って「これは自分が作った」と誇れるものばかりだ。

しかし、利益や効率が優先されがちな現代では「僕が作ったということはあまり言わないでね」と職人さんに言わせてしまうような工芸品も、残念ながら結構ある。

僕たちはそうしたくないし、「ものづくりのための経済」という信念を貫いていきたい。そもそも「経済」という言葉も、今は「エコノミー」の意味合いが強いが、もとは「経世済民」(世の中を治め、民衆を救済する)に由来するという。そのことを忘れず、今の社会情勢に対応しながら、自分たちの仕事のあり方を追求していきたい。

その際、ときには「しかたがない」という考え方も重要だと思う。海外でもそのまま「shikata ga nai」の表記で解説されている日本特有のこの概念は、ネガティブな諦めの文脈で使われることも多い反面、「コントロールできないものを受け入れ、回復力を持って前進する」という前向きな言葉としてもとらえられる。

工芸とのつながりで考えると、厳しい自然との共生にも通じると同時に、自然のリズムをとらえて共に歩むことでもあると思う。職人さんは「漆にいくら『早く乾け』といっても、それは漆の気分次第だから」と言う。そして職人さんも、もっと言えば僕や社員たちも本来は自然の一部なのだ。最善を尽くした上で不自然な道は選ばず、状況を受け入れつつ前進をやめないこと。それができるかどうかが大切だと思う。

「大工って、職業じゃなくて、生き様なんですよ」。自然素材を活かした伝統工法で家をつくる菱田昌平さんを長野に訪ね、ご自身で建てた茅葺き屋根のご自宅で、息子さんの手料理と共にお酒を呑み交わしたとき、そう話していただいたことも思い出す。

自分の仕事と地続きの生き方に誇りを持ち、喜びを感じている人の言葉だと感じた。そして僕は、職人さんにとっての工芸もまた、「つくる」行為でありながら、自然と向き合い、自然の周期で生きる、美しい仕事であり、暮らしであると感じている。

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伝統工芸で空間プロデュース

KASASGIの具体的な事業の話に戻ると、起業時に主軸とした「どこよりも魅力的な伝統工芸のECサイト」が多くの課題に直面した一方、これを目指す過程で職人さんを訪ねて全国行脚し、膝を突き合わせて交流し、現場で教えてもらったことが新たな事業展開のヒントをくれた。

伝統工芸の職人さんたちの技術を、現代のホテル、飲食店、住宅などの建材や内装に応⽤し、豊かで心地良い空間を生み出す空間プロデュース事業はそのひとつだ。この取り組みは日本各地および、僕がかつて留学したロサンゼルスで実績を重ねている。

単に「目先」を変えたわけではない。工芸の豊かさを探り続けるなかで、それは個々のモノだけでなく、産地、素材、技法、使われる場所など多様な要素からなる奥行きから生まれるのだという思いを強くした。

伝統的な日本家屋の中で、蝋燭の淡い光に照らされた金蒔絵は本当に美しい。工芸品は、それが存在する場と幸福な関係を結んでいるとき、真の美しさを発揮する。これは物理的な関係性にとどまらず、さまざまな異なった背景を持ったモノが文脈で繋がりひとつになるいう話だ。

ある職人さんに「本物は使えば使うほど良くなる」と言われて腑に落ちたが、それは「経年美化」と言える時間の蓄積があってこそだと思う。こうした気づきが、職人さんたちと共に空間をプロデュースする、という仕事につながった。

伝統工芸の奥行きの魅力のシンプルな例を挙げると、例えば木椀づくりにおける、原木からの材料の取り方がある。原木を垂直にスライスして、長い一枚板からポコポコと取っていくのが「横木取り」。対して、原木を輪切りにしたものから取り出していくやり方を「縦木取り」という。

縦木取りのお椀はその木が持つ木目を素直に見ることができ、横木は個性的で面白い木目を愉しめるという特徴がある。また、木の繊維方向によって、作れるカタチにも差が生じる。

宮大工の世界にも「木は生育の方位のままに使え」「木組みとは、木の癖を組むことと心得よ」という教えがあるそうだが、自然と長年向き合うなかで生まれる表現には、自ずと奥深い魅力と力強さが宿る。

それは時代が変わっても同様で、手仕事にこだわる家具工房KOMAの松岡茂樹さんも、「木目に逆らって刃を入れても切れてくれない。だから最初に刃を入れるときにコイツの癖をさわって覚えて、進めていく」と仰っていた。

他にも、備前焼の表面に現れる炎の流れや、金属を腐食させて色をつける高山銅器など、伝統工芸には自然の理と職人さんの創意工夫が響き合うことで生まれる魅力にあふれている。