宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すずの豪華主演によるNetflixシリーズ「阿修羅のごとく」が配信開始された。原作は脚本家の向田邦子で、1979年にNHKで放映された作品のリメイクとなる。監督は数々の映画賞を受賞し、家族をテーマにした作品も多い是枝裕和。“向田邦子の最高傑作”との呼び声が高いこのドラマは、是枝監督によってどう変貌したのか?
「どう逃げずに、偶然ではなく必然にするか」
――向田さんと親交のあったプロデューサーから今回の話を持ちかけられたそうですが、そのときの気持ちは?
是枝裕和(以下同) 断れないなと思いました(笑)。なぜ、僕に話を持ってきたかというと、僕が「阿修羅のごとく」を題材にして、演出で人をどう動かすかっていう内容のワークショップを4、5年前にやっていたんです。それを聞いて、「是枝さん、向田邦子に興味あるんだ」ってきたから、やらないわけにはいかない感じでした。
――是枝さんはこれまで何度も向田邦子さんからの影響を公言してきました。
その中でも「阿修羅のごとく」は人間ドラマの頂点だからね。ハードルは高いけど、がんばりました。
――制作にあたって心がけたことは?
最初にお引き受けした時には、台本も一字一句変えずにやろうと思ってたんですけど、途中で方針を変え、けっこう脚本をアップデートしました。もちろん、向田ファンに怒られないように、世界観は崩してはいないつもりですけど。
1979年という時代設定はそのままにして、いま見ると共感しにくいなと思うエピソードは今の視聴者に共感してもらえるように、変えたというよりは軸を動かした感じです。女性たちが、男に従属するとか引きずられるとか、選んだ男に幸せを左右される、っていう状況からちょっと離したんですよね。
むしろ女性たち自身の意思で選んでいる形にしました。
――女性像を現代的にしたということでしょうか。
長女・綱子もあの関係(料亭の主人と逢瀬を重ねている)をずっと続けていくんでしょうけど、巻子に“恥ずかしくないの”って聞かれて、“恥ずかしくないわ”って言い切る一言を足してみたり。夫の浮気に悶々としている次女・巻子も、最後の結婚式のシーンでは家庭内のパワーバランスが変わっている描写を入れたり。
――確かに、時代感覚がアップデートした印象を受けました。
それと、偶然を削ろうとも思っていました。原作だと意外と、間違い電話やなにかを落とすことで物語が進むところも多いので、そのへんをどう逃げずに、偶然ではなく必然にするかっていうことをやりました。
オリジナルの第七話って、けっこう間違い電話が多くて、街で出会った男にゆすられている四女・咲子の電話を三女・滝子が取っちゃって話が続くシーンは、いくらなんでもなと思って、病院には勝又が「行こうよ」って誘う流れに変えたんです。それで勝又を使って二人の距離を縮めていくようにしました。
――今回の屋上のシーンは原作にはないですもんね。
ないんですけど、実は脚本にはあるんです。撮ったけど編集で切ったのか、そもそも撮らなかったのか、わからないですけど。
――人物描写以外で、1979年を描く苦労はありましたか?
街並みがもう残っていなかった。それがいちばん大変でした。原作では四姉妹の父・恒太郎の実家は東京・国立なんですけど、当時といまとはまるで違うので、国立に意味があるのかって調べました。
そしたら、向田さんと仲がよかった山口瞳さんが国立に住んでたか国立が好きだったかって話を読んで、そんなに意味はないのかなと思い、池上に変えました。その方が娘たちとの距離が近くなるので。
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向田邦子作品のすごさ
――今回、監督するにあたって、原作を読み返しましたか?
しました! 全部ハコ書き(シーンごとのあらましを書いたもの)に戻しました。そうするとちょっと辻褄に合わない人の動かし方をしているな、とかがわかってきました。
別に粗探しをしたわけじゃないんですけど、いま自分が演出するならシーンの順番をこう変えるなとか、そういうことに色々気を遣いましたね。ちょうど2年前です。お正月に原作を全部一回分解して、組み立て直したって感じです。
――組み立て直したことで、向田作品に対してどんな発見がありましたか。
それまでも読み直したり見直したりしましたけど、本気で勉強し直すことはなかったので、いい機会だから、もう一回ちゃんと向き合ってみたんです。
向田さんって、ハコ書きしないんですよ。頭からバーンと書いちゃう、っていう話は前から聞いてたんだけど、筆が走ってノってるところと、悩んだろうなと思われるところ、いろいろわかるから、それが勉強というかおもしろいなと思った。
あと、脚本によっては本当に緻密で全部セリフにしている。言い間違い、聞き間違い、言い直しまで、ちゃんと台詞に書いてあるんですよ。当時見たときは役者のアドリブだと思ってたので、ここまでやるのかと思いました。
――是枝さんの四姉妹ものというと『海街diary』があり、プレスリリースでは「阿修羅のごとく」と比べて「表と裏」と表現されていますが、これはどういうことですか?
両方とも四女はすずがやってるっていうぐらいかも……。四姉妹ものって谷崎潤一郎(『細雪』)とか『若草物語』とかいろいろあるけど、「阿修羅のごとく」はたぶん、四姉妹のダークなところを炙り出しているものだよね。
『海街』は場所も含めて、陰か陽だと陽のほうが強い。まあ、あれも死で始まって死で終わってるけど、すごく光に満ちた話だとすると、「阿修羅」は全部冬の話だし、話もドロドロしてるから、それで裏表って言ったのかもしれない。
でも、「阿修羅」が先にあったからね、裏が先なんだよ。