ホラー映画といえば、やっぱり“夏”というイメージを持っている人は少なくないだろう。ジメジメして暑い気候と背筋も凍るような恐怖体験はたしかに相性が抜群。でも意外なことに、お正月が終わったばかりの“冬”に公開されたホラー映画にこそ、社会現象級のヒット作や後世に語り継がれる傑作が数多く存在している。そこで本稿では、隠れた“ホラーの季節”の歴史を振り返りながら、この冬に公開される注目のホラー映画を紹介していこう。
■Jホラーが牽引!冬にホラー映画が公開される理由とは?
“ホラーの季節”は冬だった!?2025年冬に公開される注目ホラーをチェック! / [c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
日本の映画興行では昔から「春休み」「ゴールデンウィーク」「夏休み」「お正月」という4つの強力な書き入れ時があり、大人も子どももまんべんなく楽しめるようなエンタメ性の強い大作映画の多くがこれらの時期を狙って公開されやすい傾向にある。そのため、1990年代中盤に小学生の間で人気を博した「学校の怪談」シリーズのようなジュブナイル・ホラーが夏休みに公開される一方で、ターゲットが限定される“ガチで怖い”タイプの作品はそれ以外の時期に偏りがちになってしまう。
その代表格といえるのが、1998年の1月下旬に公開された『リング(1998)』と『らせん』の2本立て。その年の“お正月映画”として公開された作品は、ハリソン・フォード主演の『エアフォース・ワン』(97)やシリーズ化もされた『メン・イン・ブラック』(97)、そして言わずと知れた『タイタニック』(97)など。豪勢なハリウッド大作で盛り上がっていた映画館の空気を、正月第2弾として“貞子”を登場させて一変して見せた『リング』『らせん』は大ヒットを記録し、“Jホラー”というジャンルを確立することとなった。
それを機に“Jホラー=冬”が定着した2000年前後。『リング2』(99)と『死国』(99)、『リング0 バースデイ』(00)と『ISOLA 多重人格少女』(00)、『狗神』(01)と『弟切草』(01)、そして『仄暗(ほのぐら)い水の底から』(02)まで、東宝の邦画系劇場では毎冬Jホラー作品を公開。また、ほかの系列でも『富江 replay』(00)と『うずまき』(00)の2本立てや、『回路』(01)などが冬に公開された作品だ。元々お正月と春休みの間にはさまれて映画館が閑散としやすい時期に、定番ジャンルとして風物詩のようになったことがJホラーブームを大きく前進させたといってもいいだろう。
その後も清水崇監督の『呪怨』(03)や『輪廻』(06)、三池崇史監督の『着信アリ』(04)など、作品の規模を問わず冬公開となったホラー映画が多数。Jホラーブームが下火になった時期には一時的に途絶えていたが、『バイロケーション』(14)や『残穢(ざんえ)―住んではいけない部屋―』(16)などの中規模作品を経て流れが復活。清水監督の『犬鳴村』(20)が興行収入14.1億円を記録する特大ヒットとなったことで、「恐怖の村」シリーズがスタートし、『樹海村』(21)、『牛首村』(22)と3年連続で清水作品が東映の正月第2弾を飾ることとなった。また2024年も、「第1回日本ホラー映画大賞」に輝いた下津優太監督の『みなに幸あれ』(24)がスマッシュヒットを記録した。
『パラノーマル・アクティビティ』など、人気海外ホラーも冬の時期に日本公開された / [c]Everett Collection/AFLO
Jホラー作品ばかりを挙げてきたが、同じように書き入れ時を外して日本公開された海外のホラー映画も多数。デヴィッド・フィンチャー監督のサイコスリラー『セブン』(95)やギレルモ・デル・トロ監督の『ミミック』(97)、久々の続編が製作されることが発表されている『ファイナル・デスティネーション』(00)に、世界的なブームを巻き起こした『パラノーマル・アクティビティ』(10)など、いまなお多くのホラーファンから支持される傑作は、どれも1月から2月の冬の時期に公開されてきたのである。
■Jホラーの“正統継承者”が放つ、話題作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』
そして2025年も、お正月がひと段落した1月の後半から2月にかけて注目作が続々公開を控えている。
そのなかでも最大の注目作と言えるのが、「第2回日本ホラー映画大賞」で大賞に輝いた同名短編を、受賞監督である近藤亮太監督が自ら長編リメイクした『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(1月24日公開)。幼少期に弟が失踪した過去を持つ主人公の兒玉敬太(杉田雷麟)のもとに、一本の古いビデオテープが送られてくる。そこに映っていたのは、弟がいなくなる瞬間。それをきっかけに敬太は、自分について回る忌まわしい過去をたどるべく“山”へと向かうことに。
敬太(杉田雷麟)は弟の消えた“山”に導かれていくが… / [c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
SNSを中心に大きな反響を集めた「TXQ FICTION」の「イシナガキクエを探しています」や「飯沼一家に謝罪します」で演出を務めた近藤監督はこれが商業長編監督デビュー作。映画美学校時代には『リング』の高橋洋の指導を受け、高橋作品の助監督も経験。本作では『呪怨』の清水崇監督が総合プロデュースとして全面的にバックアップしたという経歴を持ち、“Jホラーの正統継承者”とも言われる期待の大型ルーキーだ。
新聞記者の美琴(森田想)は、敬太を取材対象として追いかけるうちに、次第に事件に深入りしていく / [c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
ジャンプスケアに頼ることなく徹底的かつ純然と恐怖を追究した作風は、昨年秋に行われた第37回東京国際映画祭でワールドプレミア上映されるやホラーファンから熱烈な支持を獲得。「第1回日本ホラー映画大賞」から生まれた『みなに幸あれ』に続き、日本のホラー映画界に旋風を巻き起こすこと間違いなしだ!
■心霊現象にオカルト、流行りの“村ホラー”も!
さまざまなジャンルの作品を手掛ける職人監督として知られる城定秀夫監督が、深川麻衣を主演に迎えた『嗤う蟲』(1月24日公開)も見逃せない一本。実際に起きた村八分事件をもとに、現代日本に隠された”村社会”の実態を暴く本作は、田舎でのスローライフを夢見て移住してきた若い夫婦が、禍々しくも抗うことのできない村の掟と村人たちの狂気に呑み込まれていく様が描かれていく。近年流行りの“村ホラー”とは一味も二味も異なるジャンルレスな恐怖が味わえる一本だ。
城定秀夫監督が“村社会”を描く『嗤う蟲』 / [c]2024 映画「嗤う蟲」製作委員
また海外からも、容赦のないストーリーやショッキングな映像表現で話題を集めるホラー映画が次々と上陸。アルゼンチン発のオカルトホラー『邪悪なるもの』(1月31日公開)は、古くから伝わる“7つのルール”を破った人々の愚行によって“悪魔憑き”が伝染病のように拡大していくなかで、家族を守るために奔走する兄弟の姿を描いた作品。シッチェス・カタロニア国際映画祭ではラテンアメリカ作品初の最優秀長編映画賞に輝き、多くの批評家からも絶賛を獲得している。
救いのない恐怖が立て続けに襲う、アルゼンチン発ホラー『邪悪なるもの』 / [c] 2023 Digital Store LLC
悪夢を再現した動画をYouTubeチャンネルに投稿し、一部でカルト的人気を誇る映像作家カイル・エドワード・ボール監督が長編デビューを飾った『SKINAMARINK/スキナマリンク』(2月21日公開)は、実験的な映像表現によって、現実と悪夢の境界をさまようようなおぞましい体験ができるイマジネーション・ホラー。真夜中に目を覚ました2人の子どもが、歪んだ時間と空間に混乱しながら、暗闇に潜む蠢く影と悪夢のような恐ろしい光景に呑み込まれていく。北米では「血も涙もない」という声と共に多くのホラーファンを魅了し、多くのメディアが“2023年のベストホラームービー”に挙げた。
「血も涙もない」と北米中が阿鼻叫喚…実験的な映像で想像力を刺激する『SKINAMARINK/スキナマリンク』 / [c]MMXXII Kyle Edward Ball All Rights Reserved
ほかにも、映画監督を目指しストップモーション・アニメを制作する女性が闇と狂気の世界に入り込んでしまうサイコロジカルホラー『ストップモーション』(1月17日公開)や、名優ラッセル・クロウが“悪魔祓い”を題材にしたホラー映画の制作現場で恐怖を味わう落ち目の俳優を演じる『ザ・エクソシズム』(2月21日公開)などが待機。寒い冬こそ、映画館で身も凍るような恐怖を味わってみてはいかがだろうか。
文/久保田 和馬