2025年1月、“KAIJU”との最終決戦がはじまる…『パシフィック・リム』イヤーに感じたい、ほとばしる圧倒的な“愛”

2025年1月は、2013年に公開された映画『パシフィック・リム』のなかで、香港での決戦、そして裂け目での3体の巨大怪獣と壮絶な戦いが繰り広げられた年であることを覚えている方はいるだろうか。地球の存亡をかけて巨大人型兵器と怪獣の激闘を描き、日本のアニメや特撮作品なども彷彿とさせる本作は、ギレルモ・デル・トロ監督の“オタク魂”が詰め込まれた名作だ。

本稿を執筆したのは、「日本ホラー映画大賞」の第2回と第3回で連続入選を果たし、大の特撮ファンでもある新進気鋭のクリエイター、小泉雄也。今回は見せ場の連続となる「2025年1月」の場面に絞りながら、特撮ファンなら誰もが汗と涙を流し歓喜する『パシフィック・リム』の魅力、そして自身が敬愛するデル・トロ監督の“特撮愛”について綴ってくれた。

■疲れた時に何度も観たい、ジプシーの発進シークエンス


【写真を見る】2013年、太平洋に“時空の裂け目”が生まれ、怪獣の襲撃が始まる… / [c]EVERETT/AFLO

まずは『パシフィック・リム』のストーリーをおさらいしておこう。2013年8月11日、太平洋の深海の裂け目から超高層ビル並の巨体をもった生命体が突如サンフランシスコ湾を襲撃する。その「怪獣」によって、わずか6日間で3つの都市が壊滅した。人類は存亡をかけて環太平洋沿岸諸国として団結し、英知を結集して人型巨大兵器「イェーガー」を開発。怪獣との戦いに乗り出す。それから10年が過ぎ、戦いは続いていたが、怪獣の出現頻度は上がり、人類は滅亡の危機を迎えていた。かつて怪獣により兄を亡くし、失意のどん底にいたイェーガーのパイロット、ローリー・ベケット(チャーリー・ハナム)は再び立ち上がることを決意し、日本人研究者の森マコ(菊地凛子)と共に旧型イェーガーのジプシー・デンジャーに乗り込む。


イェーガーの操縦は、パイロット2名の「ジャンボーグA」方式! / [c]EVERETT/AFLO

映画冒頭のジプシーの発進シークエンス。およそ4分半もの時間をかけてこの発進シークエンスを丁寧に描けていく様は、物語の導入として圧巻のクオリティで、美術、カメラワーク、熱い音楽、すべてにおいて最高峰だと、私は思っている。疲れた時にこのシークエンスを観ていれば力が沸いてくるので、ぜひ冒頭だけでもみんな観てほしい。そのまま全部観てほしい。

ここからが本題。『パシフィック・リム』で2025年1月に起きた戦いは、初の2体同時出現にして過去最大級であるカテゴリー4の怪獣オオタチとレザーバックの香港襲撃、そして香港迎撃直後に裂け目(太平洋海底にできた怪獣が現れるワームホール)付近に現れたカテゴリー4の怪獣ライジュウとスカナー、初のカテゴリー5の怪獣スラターンを交えた裂け目破壊作戦の2つだ。

では、この2つの戦いを振り返っていこう。

■あたかも“中の人”が存在しているかのような3DCG。徹底した日本特撮に向けられた愛


2025年1月、香港を襲撃した怪獣2体に対し、3体のイェーガーで立ち向かうが… / [c]EVERETT/AFLO

爬虫類タイプの怪獣であるオオタチは、尻尾の先には3つに分かれた鉤爪を備え、登場する怪獣のなかでは唯一飛行能力を備えている。一方のレザーバックは、ゴリラのような巨大な腕と身体に加え、背中にある強力な電磁衝撃波を放出する器官で電子機器を一時的に完全に停止させる能力を持つ。この2体が香港の海に現れイェーガー3機で応戦するも、クリムゾン・タイフーン、チェルノ・アルファの2機を圧倒。ストライカー・エウレカもレザーバックの電磁衝撃波で停止してしまうピンチに、ローリーと初の実践となるマコがジプシーで出撃する。


絶体絶命のピンチにジプシーが発進する! / [c]EVERETT/AFLO

監督を務めたギレルモ・デル・トロの特撮マニアぶりは、映画ファンならもうおなじみであろう。相手となる生命体はモンスターやクリーチャーではなく、あくまでも“KAIJU=怪獣”という総称で呼ばれる。そして、驚くべきはこの怪獣たちの造形である。すべて3DCGで作成されているが、日本の怪獣へのオマージュとして、あくまでも“中にスーツアクターが入って動ける”ようなデザインであることが貫かれている。これまでのハリウッド映画のモンスターに見られた生物的なぬるっとした質感や筋肉質な動きではなく、あたかも“中の人”が存在しているかのような若干太めでぎこちない印象さえ感じさせる造形、そして動きをするのである。ちなみにオオタチのデザインは、「ガメラ」シリーズのギャオス、「ゴジラ」シリーズのバラゴンの影響を受けているという。

さらに、その特撮愛はカメラワークにも表れている。香港のネオン街でのジプシーとオオタチの戦いでは、巨大なタンカー船を引きずって現れたジプシーがオオタチに対してタンカーを振りかざし、一撃を喰らわせるシーンがある。道路から見上げるようにして撮られた両者の戦いからわかるように、その場に居合わせてしまった人間から見たアングルを意識して撮影されている。


こだわり抜かれた“特撮アングル”に魅了される… / [c]EVERETT/AFLO

そして怪獣とイェーガーの迫力と巨大さを感じられるのはさることながら、特に圧巻なのが、怪獣の移動に合わせてカメラが高架下を通るというカットやジプシーの拳がビルを破壊しながら奥にあったニュートンの振り子の模型をゆらすというカットだ。日本のミニチュア特撮で扱われるような繊細で難易度の高いカメラワークだが、3DCGを駆使した特撮で再現。日本の特撮を愛するデル・トロ監督ならではの徹底っぷりなのである。

■エンドロールに綴られた2人のモンスターマスター

次は香港襲撃直後に裂け目近くに現れた3体の怪獣の迎撃と、共に実行された裂け目破壊作戦について。残された2機のイェーガー、核爆弾を搭載したストライカーとジプシーは共に太平洋の海底へと向かう。ジプシーがカテゴリー4の怪獣ライジュウとスカナーに圧倒されるなか、初のカテゴリー5の怪獣スラターンの攻撃によって行動不能になったストライカーは自らを犠牲にして自爆し、怪獣たちを撃退。核爆弾を怪獣攻撃に使用したため、ローリーとマコはジプシーの原子炉をメルトダウンさせることで、裂け目の破壊を試みる。


最終決戦に向かうジプシーとストライカー / [c]EVERETT/AFLO

イェーガー2機に対して怪獣3体で迎え撃つ黒幕。裂け目の奥にある異次元世界からクローン怪獣を尖兵として送り込み、侵略を進めようとする様は、「ウルトラマンA」に登場する侵略者、異次元人ヤプールからの影響をもろに感じさせる。さらに、彼らが送り込む怪獣たちはすべてDNAを同じくしたクローンであるのと同時に、制作としては3DCGのモデリングをいくつか流用して数種類の怪獣を作成していたという。これはまさに物語と制作両方の観点から、着ぐるみや造形物のカラーリングなどを変更して別のものとして登場させる流用に似たような機転を感じさせる。これは「ウルトラマン」シリーズ、「ゴジラ」シリーズでもよく見受けられ、特撮ファンはニヤリとさせられるのである。


本作の冒頭で怪獣が襲うのは、やはり“漁船” / [c]EVERETT/AFLO

デル・トロ監督の特撮愛はエンドロールにまで綴られている。「この映画をモンスターマスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧ぐ」。レイ・ハリーハウゼンはストップモーション・アニメーターとして『シンバッド 七回目の航海』(58)など金字塔的作品に携わり20世紀に特撮技術を作り上げた第一人者。そして本多猪四郎は言わずもがな、初代『ゴジラ』(54)の生みの親であり、まさに「怪獣映画」の始祖と言っても過言ではない人物。ギレルモ・デル・トロ監督は特撮オタクとしてこの2人への敬意を表することを忘れなかったのだ。

■人生が変わった『パシフィック・リム』での映画体験

本作公開当時、同級生3人となんとなしに映画館にやってきた私は、この映画、そしてギレルモ・デル・トロという映画監督と出会い、人生が大きく変わった。この映画からほとばしる圧倒的な“愛”が、大好きだった特撮という文化を通して身体に流れ込み、受験勉強や将来の不安に覆われ見失いかけていた“熱”を蘇らせてくれた――そんな映画体験だったことを覚えている。『パシフィック・リム』は私と映像の世界を結びつけた原点であり、いまでも大きな道標だ。

文/小泉雄也