「世界で一番美しい会社」、ブルネロ・クチネリから学べること
以前、留学先のアメリカ西海岸でIT起業とは別に刺激をもらったのは、欧州の文化をマネタイズしながら世界にインパクトを与えているLVMHグループの存在だった。
そこから、日本文化にもそうした可能性をみて伝統工芸の世界に足を踏み入れることになった。試行錯誤を経て、いま自分たちが目標にしたいと思える存在に、イタリアのウンブリア州にある小村を拠点にする高級カシミアブランド、ブルネロ・クチネリがある。つい最近、現地を訪問させてもらった。
1978年創業のこのブランドで注目すべきは、カラフルなカシミアニットを軸にした職人仕事の魅力に加え、「働く者の尊厳」を大切にする価値観だ。創業者のブルネロ・クチネリは、職人たちと質の高いものづくりを追求しただけでなく、現在の拠点、ソロメオ村の丘陵にあった古城を修復して社屋に活用し、地域の人々を多く雇用。
さらに劇場や図書館、職人工芸学校まで開設するなど、人と地域を大切にする経営を続けている。「世界で一番美しい会社」とも称されるのは、単にその景観だけでなく、そうした人間主義的経営が高く評価されてのことだろう。
彼の起業ストーリーを読むと、まだ若いころに熟練の職人たちを訪ねて回り、ときには半ば呆れられながら、やがてその情熱で協働の道を切り拓いていったことがわかる。国も文化も、そして扱うものづくりのジャンルも僕たちとは違うけれど、勝手に強いシンパシーと尊敬の念を抱いている。
クチネリさんのような域に達するにはまだ先は長いと思うが、人と自然、経済と自然のリズム、あらゆるバランスを大切にすることを決して忘れないためにも、彼らの存在は今の僕たちにとって大切な道標になっている。
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「新しい工芸」の挑戦
創業当初は「若い自分たちの感性でファッショナブルな工芸品を取り揃えれば、絶対にイケるはず」という思いからECサイト事業に挑み、苦い経験を味わった。ただ、あのときの情熱は無駄ではなかったとも思う。そこで出会った仲間や全国の職人さんたち、また彼らとの交流を通じて得た価値観や生き方が、いま僕たちの会社、KASASAGIの新しい挑戦につながっているからだ。
伝統工芸の繊細で味わい深い技術を現代のオフィスや住宅空間に活かす空間プロデュース事業にも取り組んでいる。じつは今年、日本橋に自分たちの新オフィスを構えるにあたっても、この試みをふんだんに取り入れた。
土壁などの伝統的な技術を取り入れ、これまで交わることのなかった、異なる領域の職人さん同士のコラボレーションでひとつの空間をつくる試みだ。オフィスなのでショールームというわけではないが、まずはお付き合いのある方々から実際の取り組みを知ってもらいたい、またここで働く自分たちにとって良い空間をつくりたいとの思いから取り組んだ。
これまでも、EC運営と並行して期間限定ショップ「経年美化を楽しむ暮らしのお店」(三井不動産株式会社「NEW POINT」プロジェクトとの協業)などを試みてきたが、良いモノの実物にふれる機会づくりも大切に考えたい。
異なる領域の職人さん同士を引き合わせる試みは、空間プロデュース以外でも行っている。竹の箸をつくる「高野竹工」さんと、西陣織の箔をつくる「楽芸工房」さんにお声がけして生まれた「引箔竹箸」などはその一例だ。
伝統工芸を世界に「橋渡し」することを目指す僕たちとしても、思い入れのあるモノとなった。なおこの引箔竹箸は、アウトバウンド向けも意識して日本の和の要素を詰め合わせた「OMIAGE BOX」(松竹ベンチャーズ株式会社との協業)のなかの一品となった。「おみあげ」の音の語源は、「よく見、調べて、人に差し上げるもの」だという説がある。
日本の暮らしを豊かにしてきた美意識を、実際に体感できるモノの詰め合わせで届ける試みだ。こうした取り組みでは、職人さんたちに新しいものづくりを相談することになる。こちらで全て指示するのではなく、それぞれの道を追求してきた方ならではの発想をいただけることが多い。そうした場面をご一緒できることは、僕たちにとってもこのうえない喜びだ。
2022年には、引き出物卸会社の株式会社オリジナルあいと一緒に、KASASAGIの扱う商品を掲載したカタログギフトを作った。工芸品は前述のように縁起物、贈答品としてのニーズが高い領域でもある。
例えば竹の箸は「会社の業績が伸びる」「子供がぐんぐん育つ」といった意味合いを込められるため、ギフトとして選んでいただける機会が多い。そしてここでは、在庫を同社にまとめて購入いただくことで、「納期の長さと取引条件」の課題解決も目指した。
自然のリズムと共存しながら、職人さんに無理のないペースで制作してもらい、かつお客さんの「いまほしい」「いま贈りたい」という思いに応える。こうした方針に賛同いただけるパートナーの輪を広げていくことが、誰にとっても健康的な工芸の未来につながると考えている。
また、2023年にはロサンゼルスでの法人登記も行い、改めて「日本の伝統工芸の魅力を海外に発信する」ことも進めている。EC以外に、現地での空間プロデュースにも取り組み始めた。