近年次々に主演を務め、韓国における30代女優の代表格となったシン・ヘソン。2025年1月には彼女の主演映画『#彼女が死んだ』と『勇敢な市民』が立て続けに日本公開され、スクリーンでもその魅力を確認することができる。片やサスペンス、片や痛快アクションと、異なるジャンルの話題作で新たな役柄に挑戦し、ドラマに映画に縦横に活躍を続ける彼女が、ここに至るまでにどのように歩んできたのか、出演作を紹介しながらその歩みを振り返っていきたい。
【写真を見る】『勇敢な市民』で3か月特訓してアクションに初挑戦したシン・ヘソン / [c]2023 Content Wavve Corp. ALL RIGHTS RESERVED
■TVドラマの脇役で演技の幅を広げて着実にステップアップ!
俳優の中には一作で大きな注目を集めてスターダムに上る人もいるが、シン・ヘソンの場合はそうではなく、一作ごとに少しずつ頭角を現していき現在にいたった。小学生の頃から女優を志して長年演技を学んだものの、オーディションに落ち続けクサっていた時期もあったという。そうした日々を経て、ようやく2012年に「ゆれながら咲く花」でデビューしたのは23歳の時だった。同作はそれまで多くの若手スターを生み出してきた「学校」シリーズの一作。ショートカットのボーイッシュな女子高生役はそれなりに目を引くものの、学園ドラマでもあり、まだ一般に知られることはなかった。ちなみに同作では高校で一時机を並べたイ・ジョンソクが、キム・ウビンと共に主演を務めた。
すぐに人気スターとなった同級生とは違い、シン・ヘソン自身はその後も地道な活動を続け、徐々に大きな役柄を任されるようになる。主人公の会社の社員役だった「ナイショの恋していいですか!?」(14)の次の、「ああ、私の幽霊さま」(15)では主人公の車椅子生活を送る妹役で出番も増えた。2作のドラマはいずれも同じ監督と脚本家による作品。続けての起用に彼女への信頼と期待が窺える。2015年はヒット作「彼女はキレイだった」で恋愛に積極的な雑誌編集者に扮した。おとなしい役柄だった前作に対し、コメディ演技にも挑戦し180度違う姿を見せたことで認知度も上昇。
「ドキドキ再婚ロマンス〜子どもが5人!?」の演技で数々のドラマアワードを受賞 / [c]KBS
一作ごとに丁寧に役柄と向き合って、演技の幅を広げていったシン・ヘソンが大きく飛躍したのは2016年。この年2月に韓国公開された映画『華麗なるリベンジ』で、小さな役ながら主役のカン・ドンウォンとのキスシーンが注目された。続いてKBS週末ドラマ「ドキドキ再婚ロマンス〜子どもが5人!?」の主人公の妹役に抜擢されたことで、多くの人が知る存在となった。54話を数える長編作で彼女が演じたのは、ちょっと引っ込み思案な教師のヨンテ。長年の片想いが実らずメソメソしていたが、運命のいたずらで彼の兄と次第に惹かれ合う。2人の恋模様があまりに微笑ましく、ヨンテが一喜一憂する姿にはこちらまでヤキモキさせられた。
この年は長丁場のドラマを終えてすぐ「青い海の伝説」にも出演。片想いする主人公から相手にされず、ヒロインに嫉妬する勘違いぶりが妙におかしく、出番は少ないながら強い印象を残した。この頃から、等身大の役を演じて視聴者の共感を得られる点が注目され、いかにもスター然とした華やかな美貌の持ち主ではない、ごく普通の“平凡女子”として脚光を浴びるようになる。シン・ヘソン自身、自分の顔を地味だと言っているが、むしろ派手な顔立ちではないゆえに役柄やメイクでイメージをガラッと変えることができ、どんな役を演じてもしっくりくるのかもしれない。それに長身の彼女には抜群のスタイルという武器がある。
チョ・スンウ扮する検事の部下を演じた「秘密の森〜深い闇の向こうに〜」 / [c]Everett Collection / AFLO
一作ごとに確かな足跡を刻み、「秘密の森〜深い闇の向こうに〜」(17)の父の冤罪を晴らそうとする検事役で、それまで見せたことのない硬質な魅力を披露した。2018年にかけてはKBS週末ドラマ「黄金の私の人生」で初主演。突然激しく転変する人生を送ることになったごく普通のヒロイン・ジアンの揺れ動く心情を、52話にわたって切々と演じ切って最高視聴率50%近い大ヒットを記録し、スターの地位を確かなものにした。これ以降、役柄ごとに異なるアプローチで、キャラクターを立体的に見せる演技に磨きがかかっていく。
■どんなジャンルでもどんなキャラクターでも完璧に演じ分ける!
こうして次回作が待たれる人気俳優となったシン・ヘソンが次に選んだのは「30だけど17です」(18)だった。17歳の時にバス事故で昏睡状態に陥ったソリが13年後に目覚め、周囲の助けで30歳になった自分を受け入れていく。歳はとったのに心は高校生のまま、という主人公の戸惑いと変化を繊細に演じていたのが心に残る。同年は1920年代が背景のドラマ「死の賛美」で実在したソプラノ歌手に扮し、イ・ジョンソクを相手に悲恋を演じた。翌年は「ただひとつの愛」で元天才バレリーナにして視覚障害者のヨンソという難役に挑んだうえ、気難しいヨンソとは違うタイプの、すでに故人となったダンサーの2役を務めた。
どんな役も余裕でこなしているように見えるのだが、バレリーナ役のために1日7時間ものレッスンを数ヵ月にわたって受けて撮影に臨んだという話を聞けば、いかに努力をしているかがわかる。自分のことを「憑依型の俳優ではなく、模索しながらコツコツと役を作り上げていくタイプ」だと分析。キャラクターにすぐに入り込めない分、演じている自分を客観視できて、作品が終わった後はすぐに役から抜け出せるそうだ。だからこそ、次々に全く違った人物を演じることができるのだろう。
コメディエンヌぶりを発揮した「哲仁王后(チョルインワンフ)〜俺がクイーン!?」 / [c]Everett Collection / AFLO
真骨頂とも言えるのが、初の時代劇「哲仁王后(チョルインワンフ)〜俺がクイーン!?」(20-21)で演じた、現代のオレ様男が憑依した朝鮮時代の妃ソヨン役。外見は朝鮮の良家の子女のまま、大股を広げて悪態をついたり、女官たちに目の色を変えたりする様子が笑わせる。その一方で、控えめで淑やかな本来のソヨンとしての姿もしっかり演じて変幻自在ぶりを見せつけた。この役で演技派としての評価をさらに高め、誰もが認めるトップスターへとステップアップ。また、殺人容疑者となった母の無実を証明しようとする弁護士を熱演した『潔白』で映画初主演を果たした。
チ・チャンウクと共演した「サムダルリへようこそ」 / [c]Everett Collection / AFLO
2023〜24年はますます精力的に活動。「生まれ変わってもよろしく」の前世の記憶を持ったまま転生を繰り返すヒロインをはじめ、個性的なキャラクターを次々に演じた。「サムダルリへようこそ」の挫折した人気カメラマン、「私のヘリへ〜惹かれゆく愛の扉〜」の解離性障がいの別人格を持つアナウンサーは、いずれもそれまで演じたことのない役柄だった。その一方で、ドラマだけでなく映画でもグッと存在感を増していく。実話を基にした『ターゲットー出品者は殺人鬼―』(23)では犯罪に巻き込まれる会社員役で主演。以前からスリラー作品に出演したかったというシン・ヘソンは、詐欺の被害者となっても泣き寝入りせずに犯人を追ううち、危険な目に遭う主人公を繊細に演じた。
人気インフルエンサーの裏の顔を繊細に表現した『#彼女が死んだ』 / [c]2024 NGENE FILM ALL RIGHTS RESERVED
ドラマはどうしてもラブコメディやロマンスジャンルにかたよりがちなため、映画ではそうした要素のない作品をあえて選んでいると聞く。2020〜21年にかけて撮影され、韓国では24年にようやく公開された『#彼女が死んだ』で演じたのはタイトルが示す通り、殺された人気インフルエンサーのハン・ソラ。前半はソラの他殺死体を発見したピョン・ヨハン演じる不動産屋の視点で描かれるため、もしかしてシン・ヘソンは特別出演?とも思わせるがさにあらず、後半は彼女の独壇場となる。なかでも終盤の狂気を滲ませた演技は必見だ。学ぶべき点も共感もできないキャラクターだったと言いつつ、完璧に演じているのがすごい。
『勇敢な市民』のイ・ジュニョンとの対決シーンは圧巻! / [c]2023 Content Wavve Corp. ALL RIGHTS RESERVED
そして『勇敢な市民』(23)では172cmの長身を生かして初の本格アクションに挑戦。非正規教師のソ・シミンが、隠していた格闘技の実力を発揮して、イ・ジュニョン扮する極悪生徒を成敗する様子を痛快に演じた。180度開脚の足蹴りに始まり、傷だらけの激闘まで、キレキレのシーンの連続で魅了する。自身を運動音痴だと言うが、「ただひとつの愛」の時にバレエレッスンを受けて以降、ずっとストレッチを続けてきたのが大いに役立ったそうだ。加えて半年近い徹底的なトレーニングの成果もあって、見事にアクション俳優へと変身。作品ごとに深みある演技で人の心を掴むシン・ヘソン。今後もさらに進化を続け、より成熟していくに違いない。
文/小田 香