今、化粧療法(メイクセラピー)は、高齢者の心身の健康や生活の質(QOL)の向上を目指すケア方法として注目されている。「眉毛を描くことができなくなったことが認知症の初期症状だったこともあります」と語るのは、エステティシャン3年目、介護士10年目の吉岡つかささん(42)だ。彼女はなぜ高齢者にメイクすることを始めたのか、その効果について、聞いた。
「表情が生き生きしてきます」
美への飽くなき欲求は、21世紀の今に始まったことではない。古くは、クレオパトラのミルク風呂などが有名だが、女性は美と若さを追い求めてきた。高齢になると、その欲求はなくなるのかといえば、そうではない。
吉岡つかささんは、富山県在住で、介護福祉士実務者研修を経て、今年は介護福祉士を目指す女性だ。
富山型の、不登校児から高齢者・障害者までケアする包括的なデイサービス事業所で働きながら、2024年3月に介護美容セラピストとして活動を始めた。
現在は、障害者や高齢者に、メイク・ネイル・フェイシャルエステ・健康や美容のための体操サービスなどを提供している。
なぜ、このような事業を始めたのか。
「もともと田舎生まれで、いわゆるお祖父ちゃん・お祖母ちゃんっ子でした。介護士として働いている中で、1人1人ともう少し向き合っていきたい、ゆっくりとコミュニケーションを取って、それぞれが抱える寂しさとも向き合っていきたいと思いました。それが、ネイルやエステでした」
利用者としては、70歳以上の高齢者が多いという。
「最初は、“結構です” と断る方でも、“眉毛だけでも描いてみますか?” と聞いていくと、心が動いていきます。口元に食べカスがついていたりと、ケアが行き届いていない方でも気持ちが明るくなり、表情が生き生きしてきます」
メイクをすることで、見た目も華やかになるが、高齢者の表情が変わるのがやりがいにつながるのだという。
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メイクの心理的・身体的効果
国内では、資生堂の化粧療法プログラムが有名だが、同社は化粧療法の研究を長年にわたり行っており、その成果を公式ウェブサイトやブログ「化粧療法研究室」で公開している。
特に、以下のような研究内容が確認できる。
心理的効果:化粧が抑うつ傾向を改善し、自己効力感や外出意欲を高める効果
身体的効果:化粧動作が筋肉を活性化し、握力の向上や日常生活動作(ADL)の改善に寄与することだ
他にも、岡山大学は、認知症患者を対象とした化粧療法の臨床試験を実施し、以下の効果を科学的に証明している。
情動機能の改善:化粧療法直後から認知症患者の情動症状(BPSD)が改善
見た目年齢の若返り:AI解析により、化粧後の見た目年齢が若返り、喜びの感情が増加したことを確認
厚生労働省は、健康寿命の延伸を目指した政策の一環として、介護予防やフレイル(加齢によって心身の活力が低下し、要介護状態に近づいてきた状態)対策に注力している。
吉岡さんは、リハビリ効果を期待し、自分でつけやすく、お湯で落とせる「水性ネイル」を使っている。
「ネイルペンをひねる行為で認知機能の低下を防げます。救急搬送された時などは、アルコール消毒液で、一瞬ではがずことができます。
また、抗がん剤治療をしている方の爪にも優しいです。抗がん剤をしていると爪が黒ずむのですが、好きな色を塗ると、前向きな気分になれるといいます。
お客さんの中には、障害者施設の部屋にこもりがちだけど、レクリエーションにネイルを取り入れたら、外に出てきてくれる人もいます」
ひきこもっている状態で、メイクも髪にも気を使っていなければ、ますます外出する気にならないだろう。メイクが、ひきこもりの人が外出するきっかけになるといいと吉岡さんは語る。