「ありえない」粒子の実在性が示される:フェルミでもボソンでもない / Credit:Canva . 川勝康弘
量子力学の常識を揺さぶる新発見が報告されました。
私たちが日常的に知っている「物質」の最小単位は、電子や陽子などの“粒子”です。物理学の世界では、これらの粒子は長らく2種類に分類されると考えられてきました。
1つは電子やクォークなどの「フェルミ粒子」で、もう1つは光子などの「ボソン粒子」です。
2つの粒子の違いは明白です。
1つ目のフェルミ粒子は、宇宙にある「物体」を構成するための粒子であり、そのため2つのフェルミ粒子は同じ空間座標に重なることができません。
たとえばフェルミ粒子である「電子」を同じ空間座標に無理矢理押し込んで「電荷マイナス2のスーパー電子」を作り出すことが不可能なのは、なんとなく理解できるでしょう。
一方、光の粒である光子などのボソン粒子は、エネルギーを伝達するための粒子であり、2つのボソン粒子は同じ場所に重なることができます。
レーザー光のような強力でまとまりのある光を生み出せるのは、無数の光子が重なり合ってエネルギー密度を増加させられるからです。
物理学の根幹を担う標準模型(Standard Model)は、物体を構成するフェルミ粒子と力の伝達を担うボソン粒子が基本となる枠組みとして確立されてきました。
しかし新たな研究ではフェルミ粒子でもボソン粒子でもない新たなタイプの粒子が存在するとする研究結果が発表されました。
論文著者であるマックス・プランク研究所のワン氏は「私たちの論文は、フェルミ粒子とボソン粒子を超えた何かが実際に存在することを初めて証明しました」と述べています。
また共同著者であるライス大学のハザード氏は「私たちはフェルミ粒子やボソン粒子ではない物体が既知の法則に反することなく現実に存在できることを示す理論を構築した」と述べています。
さらにワンとハザードはまた、数学的に否定できないためパラ粒子が基本粒子として存在する可能性もあると述べています。
彼らの研究は、フェルミ粒子やボソン粒子では説明できない新しい準粒子「パラ粒子」を数学的にモデル化し、それが物理的に観測可能であることを示したのです。
この発見の鍵となるのは、新しい数学的フレームワークです。
これまで鉄壁だった「フェルミ粒子とボソン粒子だけ」という常識が打ち破られた場合、宇宙の真の姿は、物体を構成する粒子とエネルギー伝達する粒子という2元論では記述できないことが示されるでしょう。
新たに実在性が示された「パラ粒子」とはいったいどんなものなのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年1月8日に『Nature』にて「フェルミ粒子とボソン粒子を超えた粒子交換統計(Particle exchange statistics beyond fermions and bosons)」とのタイトルで発表されました。
目次
フェルミ粒子でもボソン粒子でもないパラ粒子数学の力で「ありえない粒子」をあぶり出す
フェルミ粒子でもボソン粒子でもないパラ粒子
既存の標準理論では観察可能な物体はフェルミ粒子とボソン粒子で構成されていると考えられています / Credit:名古屋大学
フェルミ粒子とボソン粒子の2元論を疑え
パラ粒子(パラ統計)の概念が最初に大きく注目されたのは、1950年代に物理学者ハーバート・グリーンが提唱した理論がきっかけです。
当時の量子力学では、あらゆる粒子は「フェルミ粒子」か「ボソン粒子」のどちらかに分類されるという常識が確立されていました。
電子や中性子のような物体を構成するフェルミ粒子は、いわゆるパウリの排他原理によって「同じ状態に二つ以上が入れない(1個しか占有できない)」という特徴を示します。
一方、ボソン粒子の代表例は光子(光の粒)で、無数の粒子が同じ量子状態を共有できる性質を持っています。
実験的にも、この区別は多くの物理現象と見事に合致していたため当たり前のルールとして広く受け入れられていました。
このフェルミ粒子とボソン粒子はスピン数をもとにする考えで分けることができます。
スピンという単語にアレルギーを持つ人もいるかもしれませんが、大丈夫です。
実際、そんなに難しい話でもありません。
スピンというのは言ってみれば、量子の性質を区分けする方便のようなもので、言葉の意味するように量子が本当に回っているわけではありません。
スピンの正体は「粒子固有の方向感覚」や「印(しるし)」のようなものだと考えるとわかりやすいでしょう。
この“方向感覚”が半分の単位ならフェルミ粒子、丸ごとの単位ならボソン粒子というふうに大まかに分かれます。
(※よく言われる「スピンが整数ならボソン粒子、半整数ならフェルミ粒子」というものです)
また数学的な表記ではフェルミ粒子は位置交換によって波動関数がマイナスになるという特質があり、一方ボソン粒子は位置交換でも波動関数がプラスのままという性質が知られていました。
しかし、理論家たちは「フェルミ粒子のように交換すると波動関数にマイナス符号がかかるパターン」と「ボソン粒子のようにプラス符号がかかるパターン」だけが、どんな次元でも本当にすべてなのだろうかという疑問を抱きました。
特に、数学的な観点からは「ボソン粒子でもフェルミ粒子でもない交換特性」を持つ粒子統計、いわゆる“パラ粒子”が可能ではないかと示唆されていたのです。
ただこれまでは、パラ粒子をフェルミ粒子やボソン粒子と区別する理論的枠組みがありませんでした。
「理論的には違うものだが、実世界では観測によって区別できない」ならば、それは実質的に違いが無いとみなされてしまいます。
次はそんな理論だけと思われていたパラ粒子の性質について解説します。
パラ粒子とはフェルミ粒子とボソン粒子の中間的性質を持つ
パラ粒子は普通の粒子と何が違うのか?
その最大の特徴は「位置交換」というルールの違いです。
普通の3次元空間で粒子を入れ替えるとき、波動関数(粒子の状態を表すもの)は「プラスに変わらない」か「マイナスに変わる」かの2通りしかない、というのが定説でした。
フェルミ粒子が同じ場所をシェアできない理由は、同じ座標を占めると波動関数が完全に重なって区別がつかなくなり、フェルミ粒子特有の“マイナス符号”が作用して波動関数がゼロ(=物理的に起こらない状態)になってしまうからです。
リチャード・ファインマンはこの現象について「同じ量子状態に二つの電子が来ようとすると、確率振幅(wave amplitude)が 位相のひっくり返り(phase flip) を起こして消えてしまう」と述べています。
たとえば、ダンスに例えるならば「同じ席に2人が座ると、2回入れ替えのステップで踊りが崩壊する」ようなもので、それ自体がルール違反として“存在できない”わけです。
一方、整数スピンの粒子(ボソン粒子)にはそんな裏返し(マイナス符号)が生じないので、複数が同じ場所にぎゅっと重なっても波動関数は問題なく成立します。
実際、たくさんの光子(ボソン粒子)が一つのレーザー光に“束ねられる”のは、こうした性質によるのです。
つまり波動関数がプラス側であるボソン粒子は重なっても大丈夫でフェルミ粒子はマイナス側にいくことがあるため同じ場所を共有できない、というわけです。
一方でパラ粒子の場合は、入れ替えるたびに「プラスかマイナスか」に単純には収まらず、まるで複数のパズルピースが回転・組み替えられるかのように状態が混ざり合うマトリックス(行列)変換を起こす可能性があります。
イメージとしては、ボソン粒子やフェルミ粒子なら円形か三角形かどちらかしか存在しないとされていたパズルに、四角形や星形が追加されるようなもので、「ここから先は新しい形が組み込めるかも」と期待されているわけです。
もうひとつの重要なポイントは、パラ粒子の「排他原理」に関する独特の性質です。
繰り返し述べているように、フェルミ粒子は「同じ量子状態を絶対に共有できない」(定員1名の超絶厳しいルール)で、ボソン粒子は「いくらでも共有OK!」(定員無制限)という対照的なふるまいを示します。
ところがパラ粒子は「ある定員数まではOK、しかしそれを超えると一切入り込めなくなる」という、中間的なルールを持つと考えられているのです。
もし本当にこの性質が存在し、しかも観測可能な形で実現するならば、「1人きりか、または大勢か」という二択しかなかった世界に新たな選択肢が加わることになり、量子力学は大きな変革の時が訪れるでしょう。
次はパラ粒子を見つけるためにつかった数学的なテクニックを言語化して紹介していきます。
(広告の後にも続きます)
数学の力で「ありえない粒子」をあぶり出す
数学の力で「ありえない粒子」をあぶり出す / Credit:Zhiyuan Wang & Kaden R. A. Hazzard . Nature (2025)
観測が困難だったパラ粒子をどうやってあぶり出すのか?
研究チームはまず理論の組み立てからはじめ、従来の考えにアインシュタインの理論を組み込み、光より速い情報伝達が起きないことや、時間変化が破たんしないこと(ユニタリティー)といった原則を守りながら、パラ粒子を「自由粒子」という扱いやすい形に整理しました。
これまで「どうせ観測できない」と思われていたパラ粒子を、実際に物質の中で“集団の振る舞い(準粒子)”として観測できる場合、どんなものになるかシナリオを描いたのです。
さらに、研究者たちは量子スピンモデルというシンプルな理論空間を用意し、シナリオ通りにパラ粒子が振る舞うかを検証しました。
具体的には1次元や2次元のスピン鎖(たとえば、整然と並んだコマのようなものをイメージしてください)をコンピュータで再現し、その中でパラ粒子らしい交換統計が自発的に生まれる様子を検証しました。
そして大事なのは、これらがただの数式上のお話ではなく、実験によって検証できる形でデザインされていることです。
もし特定の材料や測定技術をそろえれば、スピン系のエネルギーの模様(励起スペクトル)や衝突実験(散乱)を通じてパラ粒子の足跡を追えるかもしれないといいます。
これは「フェルミ粒子でもボソン粒子でもないような粒子は、結局同じに見えてしまう」という古い定説をくつがえす挑戦であり、量子の世界に新しいルールがあると証明できるかもしれない、というわけです。
さらに論文著者であるワン氏とハザード氏は、パラ粒子が準粒子ではなく基本粒子として存在する可能性についても述べています。
もしパラ粒子が基本粒子として存在するならば、標準理論が唱える2元論に挑むものになるでしょう。
英国リーズ大学のジャンニス・パチョス氏は、「彼らが示した準統計の存在可能性は、科学の歴史に残る画期的な成果だ」と述べ、研究の重要性を強調しました。
さらに、この研究は哲学的な問いを呼び起こします。
私たちが物理学で観測する現象は、本当に宇宙の全貌を反映しているのでしょうか。
それとも、観測可能な現象は、より広大な真実の一部に過ぎないのでしょうか。
この問いは、科学がどのようにして未知を追求し続けるかという根本的な問題にも関連しています。
この議論はまた、一般の人々にとっても重要な意味を持ちます。
私たちが理解している宇宙の仕組みが、これまで考えられていた以上に複雑であることを示唆しているからです。
研究者たちは、今後さらに多くの実験を通じて理論を検証し、この未知の領域を探求する予定です。
技術的な側面では、パラ粒子は量子コンピュータのエラー耐性を強化する可能性があります。
従来のフェルミ粒子やボソン粒子とは異なる統計特性を持つこれらの粒子は、新しい物質の設計やトポロジカル相転移の研究にも役立つでしょう。
研究者たちは「パラ粒子が実際に現れて、かつ観測される可能性を示すのは非常に興味深い。量子コンピューティングへの応用を視野に入れるなら、こうした新しい粒子統計はエラー訂正や情報符号化の仕組みを根本から変えるポテンシャルがあるでしょう」と述べています。
しかし、この分野にはまだ多くの未解決の課題があります。
特に、3次元でのパラ粒子の実現可能性や、それが自然界に存在する証拠を見つけることは、次の大きな挑戦となるでしょう。
ワン氏自身も「実験で証明するにはより現実的な理論的提案が必要になるだろう」と述べています。
元論文
Particle exchange statistics beyond fermions and bosons
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08262-7
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部