2025年のF1はフィンランド人ドライバーがゼロに……1989年J.J.レートから続く系譜が遂に途切れる。その理由を考察する

 かつてF1には「勝ちたいならフィンランド人ドライバーを雇え」という格言があった。しかし2025年には、いずれのチームもその格言に従うつもりはないようだ。

 フィンランドの総人口はわずか560万人にすぎない。しかしF1の歴史に多大な貢献をしてきた国である。

 この国は、F1を開催したことも、F1チームの本拠地が置かれたこともない。しかしこれまでF1に参戦したフィンランド人ドライバーは9人。そのうち3人(ケケ・ロズベルグ、ミカ・ハッキネン、キミ・ライコネン)がワールドチャンピオンに輝き、この3人にヘイキ・コバライネンとバルテリ・ボッタスを加えた5人が優勝、そしてさらにミカ・サロとJ.J.レートを加えた7人が表彰台を獲得している。

 これは驚きの確率だと言えよう。それには、寒いフィンランドの環境が影響しているという話もある。

 フィンランドの著名なF1ジャーナリストであるヘイキ・クルタは、こう語っている。

「フィンランドで生き残るためには、本当に良いドライバーでなければいけない。道は常に滑りやすく、凹凸があるからだ」

 しかしコバライネンは、このクルタの意見に同意しない。

「僕らは幼い頃から、ある種の厳しく滑りやすい環境に慣れている」

「一旦路面に出たら、生き残り、滑りやすい路面の上に留まり続けるために、普通以上のスキルが必要になると思う。多くの人がそう言うけど、僕の感覚では、それは思ったほど大きな要因ではないと思うんだ」

 その代わりとして、コバライネンは他にいくつかの条件があると考えている。そのひとつ目は、ラリー界でも成功を収めている国における、モータースポーツに対する不朽の情熱である。

 ラリーの世界では、F1以上にフィンランド人ドライバーが活躍している。アリ・バタネンからカッレ・ロバンペラまで、実に8人のドライバーがWRCのワールドチャンピオンに輝いている。次点はフランスの3人である。

 コバライネンが子供だった頃、ユハ・カンクネンとトミ・マキネンがWRCを席巻し、ハッキネンがF1で波に乗っていた。コバライネンがモータースポーツに興味を持つのは、当然のことだった。なおコバライネンは、F1引退後には日本で活躍し、スーパーGTと全日本ラリー選手権でチャンピオンに輝いている。

「彼らがニュースに頻繁に登場していたから、それを見ずにはいられなかった。どこでも、彼らの姿を見かけることになった」

 そうコバライネンは言う。

「おそらくそのことが、僕をはじめ多くの人たちに影響を与えたのだろう。ニュースを見て、マシンを見て、彼らが走るスピードを見て……それがモータースポーツへの情熱を育てたのかもしれない」

 コバライネンはさらに続ける。

「そしてもうひとつは、フィンランド人のメンタルが、とても自然だということだ」

「僕らは比較的ナチュラルな人たちで、人生において極端に良い時とか悪い時がないんだ。ごく普通で、平均的な日々を過ごしている。F1のようなプレッシャーに高い環境では、それは良いことなんだ」

「F1のプレッシャーは大きく、注目を浴び、対処すべきこともたくさんある、冷静でいられると、そういう時に非常に有利になる。フィンランド人は、そういう点について特に努力する必要はないみたいだ。状況が厳しく複雑でも、冷静でいられるんだ」

 ただそんな栄華を築いてきたフィンランド人ドライバーが、厳しい状況に立たされている。2024年シーズン唯一のフィンランド人ドライバーだったボッタスは、2025年のレースシートを獲得することができず、メルセデスのリザーブドライバーに就任することになった。

 ボッタスが2025年に1戦も走ることがなかったなら、1988年以来フィンランド人がひとりも走らなかった初めてのシーズンということになる。ちなみに1989年は、ポルトガルGPでレートがオニクスからF1デビューしている(予備予選落ちだったが)。つまりその年から2024年まで、少なくともひとりはフィンランド人ドライバーがF1を戦っていたのだ。

 ボッタスのシートを奪ったのは、ベテランのニコ・ヒュルケンベルグだった。このことについてコバライネンは、非常に驚いたと語る。ちなみにザウバーは、2026年からアウディのワークスチームとなることが決まっている。

「ザウバーが、バルテリより先にヒュルケンベルグと契約した時には驚いた。ヒュルケンベルグがシートを獲得したが、バルテリのパフォーマンスは少なくともヒュルケンベルグと同程度だと思っていたからだ。おそらくマーケティング上の理由などもあるのだろうが、それが事実だったら少し残念だ」

「通常アウディのような大手のブランドは、トップチームになりたいのであれば、マーケティングではなくパフォーマンスを優先してドライバーを決めるはずだからだ」

「そうは言っても、ヒュルケンベルグのパフォーマンスはなかなか良い。彼が間違った人選だと言っているわけではない。だが、バルテリは3年も在籍したのに再契約しなかったのは、何か関係で欠けているモノがあったように思えてならない。バルテリがチームを気に入らなかったのか、それともチームがバルテリを自分たちの計画に合致しないと思っていたのか」

 ボッタスは2013年にウイリアムズからF1デビューを果たした。しかしそれ以降、F1デビューに近づいた若手のフィンランド人ドライバーが誰もいない。過去15年の間にF1直下のGP2もしくはF2を戦ったのは、2016〜2017年にレッドブルのジュニアドライバーだったニコ・カリのみだ。

 ただそのカリも、F2に参戦したには2018年の最終2ラウンドのみ。しかも2020年のELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)以降は、本格的なレースには参戦していない。

 なぜジュニアカテゴリーにフィンランド人ドライバーが少ないのか? そう尋ねると、コバライネンは次のように語った。

「それは良い質問だ。でも僕は正しい答えを持ち合わせていない」

「テレビの仕事をしていた時にも、スタジオで議論したことだ。でも、明確なコンセンサスはなかった」

「僕がルノーのジュニアプログラムに参加した頃と今では、大きな違いがある。当時私がそのプログラムから得た主なモノは、財政的支援だったということだ。だから、ジュニアカテゴリーでの僕のレース費用は、全てルノーが負担してくれた」

「しかし僕が今理解しているところでは、フェラーリやメルセデス、その他のジュニアプログラムに選ばれたとしても、ほとんどのドライバーは自分でいくらかの予算を調達してこなければいけない。これはかなり大きな障害なんだ」

「その予算はかなり膨大だ。でもフィンランドでは、それほど大きな市場ではない。しかも経済が低迷している昨今においては特にそうだ。多くの企業、多くの家庭にとって今は、非常に厳しい時期だ。レースのようなイベントのために資金を集めるのは、特に困難なんだ。それが理由の一部だと思う」

「もうひとつの側面は、非常に優秀なドライバーが採用されるということだ。自分が優れた才能を持ち、何か特別なことをしているということを示すことができれば、そういうドライバーは採用されることになる。資金を調達するのが難しいのと同時に、ジュニアドライバーの中には自分を見つめ、そこに理由の一部を見つけることができる人もいるだろう」

「時々、何か特別なことをしなきゃいけない。必ずしも、ジュニア選手権や出場する全てのレースで勝つ必要はないと思う。でも、何か傑出したこと、人々が注目するようなことをしなければいけない。それがF1を目指そうとするドライバーたちに欠けているモノなのだろう」

 誤解してほしくはないが、コバライネンの頃は楽だったと言っているわけではない。

「自分の仕事をきっちりとこなし、彼らがそれに満足すれば、僕のキャリアを前に進め、次のレベルに引き上げてくれるということは、かなり早い段階から明らかだった」

 しかも当時コバライネンのライバルとなったのは、錚々たる面々だった。ロイック・デュバル、ジェローム・ダンブロジオ、ルーカス・ディ・グラッシ、ギド・ヴァン・デル・ガルデ、ホセ-マリア・ロペス……F1やWEC、フォーミュラEなど、世界選手権で活躍したドライバーばかりである。

「競争は激しかった。ルノーのジュニアプログラムが始まった当初は、全部で六人がいた。最後まで残り、最終的にルノーのF1ドライバーになったのは僕だけだった」

「出場した全ての選手権でチャンピオンになったわけではないが、毎年ポールポジションを獲り、レースに勝ち、注目を集めることができた。彼らはそれを気に入ってくれた。それが基本的に、僕がF1まで上がる鍵となった」

 なお最近では、フランス系フィンランド人のマーカス・アマンドが、2019年にCIK-FIA欧州選手権のOKジュニア部門でチャンピオンを獲得し、カート界で輝きを見せた。しかしシングルシーターではうまくいかず。3年間にわたってFIA F4とフォーミュラ・リージョナルを戦ったが、優勝には手が届かず、昨年はポルシェ・カレラカップ・フランスに活躍の場を移した。

 しかし将来期待の才能もいる。それが、2025年にFIA F3に参戦するトゥッカ・タポネンである。タポネンはフェラーリ・ドライバー・アカデミーに所属するドライバーであり、フィンランド国内で3度にわたってカートチャンピオンに輝いている。昨年はフォーミュラ・リージョナルの中東選手権でチャンピオンとなり、欧州シリーズでもランキング3位となった。

 タポネンのF3での所属チームはARTグランプリ。フィンランド人の先輩であるボッタスも所属したチームだ。2025年にF3チャンピオンとなり、2026年にF2チャンピオンとなれば、2027年にF1デビューする道も開けるが、今のF1はシートに空きがなく……まだまだ険しい道のりが残っていると言わざるを得ない。